97.新たな決意
「ここは……?」
「よく戻ったの」
「あ、モーゼフ様」
「モーゼフ!」
エリシアとナリアが戻ってきたのはモーゼフとオリジンの待つ広間――試練を受けるために旅立った場所だった。
そこには出た時と変わらずに、モーゼフとオリジンの姿がある。
だが、さらに不思議な事があった。
「あれ、ウィンガルもいる!」
「ああ、私もお邪魔させてもらっているよ」
「ウィンガルさん……?」
「ほっほっ、ウィンガルもここまで辿り着いたようじゃの」
「そうなんですか?」
「森の中で昼食を摂っていたら迷ってしまってね」
小さな少女の姿でそう答えるウィンガル。
モーゼフとオリジン――そしてウィンガルの三人は先ほど戦闘を終えたばかりだ。
けれど、エリシアとナリアに悟られる事なく自然な態度で二人を迎え入れた。
「どうじゃった?」
「はい。お母さんに会いました」
「む、それはどういう――」
「フリフラの試練だね」
モーゼフの言葉を遮るようにオリジンが答える。
オリジンの言葉を聞くと、モーゼフは静かに頷いてエリシアの方に向き直った。
エリシアの目の周りは少しだけ腫れているように見える。
それでも落ち着いた様子で話すエリシアを、モーゼフは優しく撫でる。
「わしは試練の内容を知らないが、お前さんが頑張ったという事はよく分かる。だからこれは、素直なわしの気持ちじゃ。よく頑張ったのぅ」
「ありがとう、ございますっ」
エリシアもモーゼフの言葉を聞いて素直に頷き、笑顔で答えた。
本物の母ではないのだろうが、エリシアにとっては特につらい試練だっただろう。
それこそ、すでにこの世にはいない人物と会ったのだから。
ナリアも嬉しそうに、「おかあさん元気だったよ!」とモーゼフに伝えた。
ナリアの事も、モーゼフは優しく撫でてやる。
モーゼフが心配していた事は、エリシアやナリアのところにまで――死者がやってきたのではないかという事だ。
そのような事象が発生していたとすれば、それこそ誰かの魔法というレベルの話ではなくなってしまう。
世界がそういう風に変質してしまっている――そうモーゼフは疑いを広げざるを得なくなってしまうからだ。
少なからず、そういう心配をする必要はないようだ。
今は、エリシアとナリアが無事に試練を終えて戻ってきた事を喜ぼうとモーゼフは考えた。
「よく戻ったね、二人とも。まずはおめでとう」
「オリジン様……ありがとうございます」
「ありがとーっ」
「君達のような若い娘が試練を無事に終えるという事は本当に見事な事だよ」
「ですが、フリフラさんのいた道を通ってしまいましたけど……」
「いや、そういう方法でしかおそらく来られなかったと思うよ。真っ直ぐ森の中を突き抜けて来られる者は少ないからね」
オリジンはそう言いながらモーゼフの方をちらりと見る。
モーゼフは肩をすくめた。
真っ直ぐやってきた経験のあるモーゼフにとっては、何とも答え難い事だったからだ。
「えっと……?」
「あはは、気にするような事じゃないのさ。さて、試練を終えた君達にはボクからプレゼントをあげよう」
「わーい! 何くれるの!?」
「君達に合った物をそれぞれチョイスしたつもりだ」
オリジンがそう言うと、地面から二本の根が生えてくる。
二本の根はそれぞれ《短刀》と《弓》の形状をしていた。
オリジンはそれぞれ、ナリアとエリシアに手渡す。
「ナリア、君には短刀を。エリシア、君には弓を渡そう」
「わぁ、かっこいい!」
それはまるで、モーゼフの持つ剣をイメージしたような短刀。
ただし、何かを切れるように鋭いものではなく、見栄えこそ綺麗ではあるが武器には見えないものだった。
一方のエリシアも、渡されたものは一見すると普通の弓だ。
だが、いずれもオリジンが渡した代物――すなわち、このユグドラシルで作られたものなのだ。
「これ、すごくしっかりしていますね。それに何だかしっくりもくるような……」
「君達に合わせた物だからね。それは君達にユグドラシルの祝福を与える」
「ユグドラシルの……?」
「ああ。使い方は――まあ、モーゼフから学べばいいさ。だろう?」
「そうじゃのぅ。二人がそれを手に入れたのならば、それを教えるのもわしの役目じゃろう」
オリジンの言葉に、モーゼフは頷いて答える。
エリシアとナリアが手に入れた物――それはモーゼフの持つ剣と同等のものだ。
そして同時に、ユグドラシルからの魔力も扱う事ができるようになったという事。
エリシアにとってはより学ぶ事が増え、ナリアにも教えていく機会が増える事になるだろう。
そうモーゼフは感じていた。
「ほっほっ、頑張らんとのぅ」
「えっと、その……またよろしくお願いします」
「わたしにも教えてねっ」
「うむ。お前さん達には素質があるからのぅ。きっと、上手く使えるじゃろう」
「ユグドラシルの力、か。私も興味があるね」
「君も試練を受けるかい? 望むのならば、特別に認めるよ」
オリジンがそう答えと、ウィンガルはすぐに首を横に振る。
「いやいや、冗談だよ。私はそういう試されるような事は得意ではなくてね」
「おや、そうかい」
実際のところ、エリシアとナリアに対してオリジンも軽い感じで渡しているが、ユグドラシルで作られた物というのはこの世に数種とない物なのだ。
そのための試練というのも、それこそ人によってまったく異なる。
ウィンガルもそれが難しいという事は分かっているのだろう。
だからこそ、あえて拒否していた。
もとより、ウィンガル自身にそのような力が不要だという事もあるが。
「さて……ボクからモーゼフへの話も終わっているし、エリシアとナリアの試練も終わった。しばらくここでゆっくりしていってもいいけれど、どうする?」
「ふむ。ゆっくりとは言うが……」
「そう、ですね。ヴォルボラ様が待っていますから」
「ヴォルボラ、待ってるかな?」
「おっと、彼女の事を忘れていたね。あまり長く一人にしていると拗ねるんじゃないか?」
「ヴォルボラ様はそんな事で怒ったり……しませんよ!」
エリシアが一瞬だけ悩んだ姿を見せた。
ヴォルボラは怒らないだろうが、間違いなく拗ねるだろう。
いや――あるいは近々の出来事もある。
エリシアとナリアの事を心配してそわそわしているかもしれない。
早めに戻った方がいいだろう、とモーゼフは考えていた。
「またいずれ……お前さんが道を開いてくれたらいつでも来られるんじゃが」
「あははっ、ユグドラシルはそんなに簡単な場所ではないよ。だからこそ、人々はここを求めてやってくるのさ。ただ、そうだね。また近いうちに会う事もあるかもしれない。その時は、もう一人も連れてくるといいさ」
オリジンがそう言うと、周囲を囲っていた緑の木々が次々と開いていく。
そこに出来上がったのは、深い森へと続く道だった。
「この先に進めば元の場所へと戻れるよ」
「あの、ありがとうございました。こんなものまで頂いて」
「ありがとっ、オリジン!」
「それは君達の力で得た物さ。礼など不要だよ。僕はただ、君達がユグドラシルに選ばれた者としてその力を使う事を願うだけさ」
オリジンがそうエリシアとナリアに答える。
オリジンはユグドラシルの主と呼ばれているが、実際にユグドラシルの力を得る資格がある者はユグドラシル自身が決めると言っている。
だからこそ、今までユグドラシルの試練を終えた者達の事をオリジンは信じていたいと考えているのだろう。
その気持ちは、モーゼフにもよく分かる。
エリシアとナリア、そしてウィンガルが森の方へと歩いていく中、
「モーゼフ」
オリジンがモーゼフを引きとめた。
「分かっておる」
モーゼフは振り返る事もなく、そう一言だけ答えた。
オリジンもまた、それ以上モーゼフに言う事はない。
モーゼフのやるべきことが新たに増えた――ただそれだけの事だと。
モーゼフは新たな決意を胸に、ユグドラシルを後にするのだった。