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96.新しい誓い

「ほら、私魔法が使えるようになったよ」


 エリシアは自慢げにそう言いながら、魔法で作り出した矢を見せる。

 フィリエが驚いた様子でそれを見ていた。


「まあ、本当に……そのモーゼフさんという方に教えてもらったのね」

「うん。モーゼフ様はすごい魔導師様でね。一緒に冒険者にもなってくれたの」

「あら、エリシアは冒険者になったの? 大丈夫かしら……」

「優しい人ばかりだから、大丈夫だよ。今は王都にいてね。大きなところなんだ。ヴォルボラ様っていうドラゴンもいてね」

「ウィンガルっていう吸血鬼もいるよっ!」

「私の知らないところで色々な事があったのね……。ドラゴンや吸血鬼はちょっと想像ができないけれど、大冒険じゃない」

「うんっ! モーゼフは『ゆーふく』分けてくれるんだよ!」

「そう……安心したわ。二人とも良い人達に巡り会えたのね」


 フィリエの言葉に、エリシアとナリアが頷く。

 目の前にいるのは偽物――確かにフリフラはそう言っていたが、エリシアから見てもフィリエは本物と何ら変わりはなかった。

 こうして話している時の表情も、手の温もりも全て本物のようにしか思えない。

 普段からエリシアは母の話し方をイメージして話していた。

 だから、フィリエの前では少し幼い口調になってしまっていた。

 そんな事も、エリシアは気にする様子はない。

 だが――それでも周囲の異変には気付く事はできた。


「あれ……?」

「どうしたの、エリシア」

「あ、ううん……少し、そこの穴が小さくなっているような気がして」

「穴? ああ、ここの出口ね」


 フィリエが知っているような様子でちらりと出口を横目で見ていた。

 エリシアはフィリエの前で安心しきった様子だったが、モーゼフとの修行の成果があった。

 こんな状況でも、周囲には気を配る事ができていたのだ。

 だからこそ、その異変に少なからず気付く事ができたと言える。

 ナリアがフィリエの手を引くと、


「おかあさんも行こうよ! モーゼフと待ち合わせしてるんだよっ」

「ああ、そうなのね。でも――私は一緒には行けないわ」


 フィリエは変わらない優しげな表情で、そう答えたのだった。


「え……」

「えー、なんで!?」

「……ごめんね、二人とも」

「うふふっ、それは当然の事よぉ」


 ひらひらと、どこからともなく舞い降りたのはフリフラ。

 エリシアの胸元までひらひとやってくる。

 そして、小さな声でその事実を告げた。


「フィリエは私ぃが作り出した偽物。彼女がいられるのは『ここ』だけなのよぉ」

「あ……」


 エリシアも、再びその事実を認識する。

 目の前にいる母のフィリエはやはり偽物――どれほど本物に似ていても、本物と同じように答えてくれても、もうこの世にはいない存在なのだ。


「でも――」


 そう思っていたエリシアに、フリフラはゆっくりと羽をパタパタとしながら続ける。


「ずっと一緒にいる方法はあるわぁ」

「そ、そんな事って――」

「あるわよぉ。ずっとここにいればいいのだからぁ」

「っ! ずっとここに……?」

「そう。私ぃの作り出した偽物だけれど、ここにいる限りは本当の事なのよぉ。だから、エリシアちゃんが望むのなら、この場所にずっと居てもいいのよぉ」

「そ、そんな事、できません」

「できるわぁ。エリシアちゃんが望むのなら、それは叶うのよぉ。エリシアちゃんはお母さんと一緒にいたくないのぉ?」

「それ、は……」


 一緒にいたくない――そう答えるのは嘘になる。

 けれど、ずっとここにいるわけにはいかない。

 そうエリシアが答えようとすると、


「どうしてここにいられないのかしらぁ?」

「……え?」

「だってそうでしょう。妹ちゃんもエリシアちゃんもお母さんといられて、幸せな暮らしが約束されているのよぉ。ここにいる限り、あなた達は私ぃの保護下に入る。お母さんとの幸福な時間を永遠に過ごす事ができるのぉ。迷う事なんてあるかしらぁ」

「……っ」


 フリフラの言葉には、悪意にも似たものがあった。

 甘い言葉ばかりだけれど、そこに嘘はない。

 全て真実を告げているのだと、エリシアに感じさせるものがあった。

 そんな事は間違っている――死んだ人は戻って来ない。

 けれど、エリシアにはそれを否定する存在もいた。


(モーゼフ様は……すでに死んでいるのにこの世界にいる。お母さんも、それと同じ事になるの……?)


 エリシアが望みさえすれば、いなくなった母とずっと一緒に過ごす事ができる。

 それが間違いだと心の中では分かっていても、心が揺らいでしまう。

 ナリアだって、きっとフィリエと一緒にいたいだろう。

 フリフラがエリシアに問いかけてくるのは、この選択権がエリシアにあるからだ。


「ここを出れば、もうお母さんには会えないわぁ」

「お母さんに、会えない……」

「そう――エリシアちゃんがお母さんの事を選ばなかったのだからぁ、それは当然よねぇ」

「選ぶなんて、そんな……っ」

「ごめんなさいねぇ。私ぃは昔から話し方についてはよく怒られるのよぉ。けど、事実を告げているの。だって、選ばなかった相手にまた会えるなんて都合のいい話はないわぁ。私ぃは人の幸せが好きだけれど、お人好しではないのよぉ。ずっとここにいるという選択をしてくれた人にだけ、私ぃは永遠の幸福を約束するわぁ」


 それはエリシアにとって残酷な選択を迫っていた。

 もう二度と会えないと思っていたフィリエと、もう一度別れるかどうかを迫られているのだから。

 答えるのは簡単だ――フィリエはもうこの世にはいない。

 これからはナリアと一緒に生きていく、そう言うだけでいい。

 けれど、ここでフィリエと暮らしていく以上の幸福があるのだろうか。

 そんな疑問が浮かんでしまう事自体が、エリシアを苦しめる。


「私は……」

「ここにいたいでしょう」

「いたい、けど」

「いいのよぉ、エリシアちゃん。あなたの幸福を選びなさい。他の誰でもない――あなたにとって幸せな事を」

「私の……?」


 そんな事、考えた事もなかった。

 なぜなら、ナリアが幸せならそれでいいと思っていたから。

 フィリエがいなくなったから、そのかわりにナリアを幸せにすると誓ったのだから。

 ちらりとナリアの方を見る。

 フィリエは一緒に行けないという言葉を聞いて、ナリアは残念そうな表情を浮かべていた。


「うーん、そっかぁ。おかあさんは来られないんだ……」

「ごめんね。もっと一緒にいたいのだけれど」


 フィリエは一緒にいてほしいとは言ってこない――それこそ、一緒にいてと誘ってくれた方がまだ楽だった。

 その方が、フィリエが本当に偽物だという事が分かるから。

 エリシアは残るとは言わないだろう、そんな風にフィリエが言っているのだ。

 けれど、エリシアが望めばフィリエは喜んでくれる。

 ズズズッと、出口が小さくなっていくのが見えた。

 エリシアが迷えば迷うほど、その答えが迫られているという事が分かった。


「わ、私は――」

「じゃあ、今度モーゼフ紹介してあげる!」

「!」


 エリシアがはっとした表情でナリアを見る。

 ナリアは今の状況が分かっていない。

 ここでフィリエと別れたら、もう会えるという事はない。

 だからこそ、今度という言葉を出す事ができるのだ。

 けれど、ナリアの言っている事がエリシアにとっての答えでもあった。


「ヴォルボラもウィンガルも……あとサヤとフィール! いっぱい友達いるんだよっ!」


 モーゼフは以前エリシアを助けれくれた。

 今も魔法を教えてくれて、それで自分達の事を気にかけてくれている。

 何より、恩を返すという事もできていない。

 ヴォルボラとも――約束をした。

 エリシアとヴォルボラは友達なのだ。

 ここでエリシアが戻らないという選択をするわけにはいかなかった。

 今までに出会った人々との別れ――それを選択する事など、始めからできるわけもなかった。


(それでも迷うのは、やっぱり私の気持ちが弱いからなんだ)


 フィリエを前にして揺らぐ気持ちのまま、それでもエリシアははっきりと答えた。


「私は――いえ、私達は戻ります」

「お母さんとの暮らしを捨てるのぉ? ここに最高の幸福があるのに」

「お母さんと一緒にいられたら、幸せだと思います。きっと、それは私の幸せなんだって」

「だったら――」

「でも、私はお母さんにも誓ったんです。ナリアを幸せにするって」

「それは、ここでお母さんと別れてでもやらないといけない事なのぉ? それがエリシアちゃんの幸せなのぉ?」

「いえ……だから、今からまた誓おうと思います」


 エリシアはフリフラにそう答えると、改めてフィリエに向き直った。

 フリフラはパタパタとエリシアの胸元から離れ、その様子を見守るように周囲を飛ぶ。


「お母さん」

「ん、なぁに?」

「私達、そろそろ行くよ」

「そう――あなたならそうすると思っていたわ」

「うん。お母さんとの約束、守るよ」

「ナリアを幸せにするって事?」

「ううん。ナリアと――私も幸せになるよう頑張る」


 それはまだ考えた事もなかった。

 ナリアの幸福だけでなく、自分のために生きるという事。

 そんな我儘が許されるのかと思いながらも、フィリエの前でそう誓うと決めたのだ。

 エリシアの宣言を聞いて、フィリエはそっとエリシアの頬に触れた。


「私が言わなくてもよかったみたいね」

「え……?」

「昔から思い詰めるところがあったから。私のせいでもあると思うのだけれど」

「そ、そんな事ないよ」

「ふふっ、そうね。あなたはあなたの幸せを、これから探せばいいのよ。だって二人ともまだ子供なんだから。本当なら、私も一緒に見つけてあげたいのだけれどね。だから、ナリア。前にした約束覚えている?」

「おねえちゃんは私が守るよっ!」

「! そんな約束していたの?」

「うんっ、おかあさんとの約束!」

「そう。あなただけで頑張る必要はないわ。二人で頑張るのよ」

「……っ! うん、頑張るから!」


 フィリエがエリシアとナリアを抱き寄せる。

 そんな事をされたら、まだ心が揺らいでしまう。

 けれど、エリシアの気持ちは決まっている。

 エリシアは笑顔を浮かべて、フィリエに別れを告げた。


「いってくるよ、お母さん」

「いってくるねーっ!」

「いってらっしゃい」


 フィリエの笑顔に見送られて、エリシアとナリアは出口の方へと向かう。

 振り返るような事はしない。

 部屋から出ると、すぐに出口だったところは閉じていった。


「……」

「モーゼフにおかあさんに会った事教えてあげよーっと」

「そう、ね」

「……? おねえちゃん、大丈夫?」

「あ、ごめんね。行こっか」


 エリシアが歩き出そうとしたが、ナリアがくいくいっとエリシアの手を引く。

 エリシアは膝をついて、ナリアと向き合った。


「どうしたの?」

「おねえちゃんはね、わたしが守るって約束。おかあさんとしてたんだよ」

「ありがとうね」

「うんっ! だから、おねえちゃんが元気になるようわたしの元気を分けてあげる!」


 ぎゅっとナリアがエリシアの事を強く抱きしめる。

 ナリアだって、母と別れたばかりだというのに――エリシアにそんな風にするのは、きっとエリシアがナリアに心配させるような表情をしていたのだろう。

 そう思ったけれど、エリシアもナリアの事を優しく抱きしめた。


「ナリア、もう少しだけこうしていてもいい?」

「どんとこいだよっ!」

「ふふっ、また変な言葉覚えて……」


 我慢していたものが溢れ出す。

 けれど、それを見せないようにナリアを抱きかかえた。

 さっき約束したばかりだから――今は妹のナリアに頼ってしまおう。

 そんな風な我儘を、エリシアは通したのだった。


「うふふっ、迷いながらも選択する勇気――気高く純粋な心とでも言うのかしら。それは何よりも美しいものね。とても素晴らしいわ」


 二人を見送ったフリフラがそう呟いた。

 フィリエはまだそこにいる。

 フリフラの方を向いて、フィリエが答えた。


「私の自慢の娘達だから、当然よ」

「そうねぇ。あのくらいの歳なら残る選択をして然るべきだと思うのだけれどぉ」

「あなたの試練って悪質よね。私が死人じゃなかったらぶん殴っているわ」

「うふふっ、娘の前じゃあんなに優しい感じなのに、そういう事を言うタイプなのね。エリシアちゃんの記憶から作り出されているから……おぼろげながらそういう事も覚えているのかしら?」

「母として当然の事を言ったまで。でも、そうね。私は偽物だけれど、二人に会えてよかった。それは本当」

「私ぃみたいな事言うのねぇ」

「あなたから作られたからかしら。けれど、私が望むものは変わらないわ。娘達の幸せ――それを支えてくれる人達がいるのなら、私は安心して消えられる」


 フィリエはそう言うと、静かに光と共に消えていく。

 エリシアとナリアが部屋からいなくなった事で、フィリエの存在を維持しきれなくなった。

 パタパタとフリフラは羽をはばたかせ、来た道の方へと引き返していく。


「家族の別れなんて……寂しいものを見せられてしまった私ぃの『負け』ね、見事だわぁ。だから、次に会う時はそれ以上に幸せになったあなた達に会いたいものねぇ」


 そう言って、フリフラは奥の方へと消えていく。

 フリフラの試練は、こうして終わりを迎えたのだった。


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