91.その人は
森の中で、四人は向き合う形となった。
フェルクス・アグナーは《陽炎》と呼ばれた炎の使い手の魔導師。
その実力は、かつてモーゼフが相対した時には決着が付かなかった。
《音狂師》と呼ばれたフレスト・ボトルトフはまた、違った方向に恐ろしい能力を持つ。
彼の奏でる音の魔法――それは、魂を揺さぶる音楽と言われるように、どんな相手だろうとその音楽は届く。
そして、魅了された相手は動きを止める――それがフェクルスの魔法だった。
「《サイレント・フォレスト》」
オリジンがそう言うと、四人を中心にドーム状に木々が伸びていく。
その様子を見ても、フェルクスとフレストは動かない。
二人は撤退するつもりなのだろうが、現状では慌てる様子は見せていない。
「これで周囲に音は聞こえなくなったよ」
「おやおやぁ、ワタシ対策でございますかぁ?」
「ふふっ、どうだろうね」
笑って答えるオリジンだが、この木々によって作り出されたドームは、《ユグドラシル》内において戦闘の痕跡を他の者達に気付かれないようにする事。
初めの爆発音はエリシア達に届いているかもしれないが、これ以降は届く事はない。
オリジンも戦う仕草を見せるが――モーゼフがそれを手で制止する。
「オリジン、お前さんは下がっておれ」
「君一人でやるのかい?」
「お前さんは根本的に相性が悪い。特にフェルクスとはの」
「はっ、よく分かってるじゃねえか。だが、それはお前も同じなんじゃねえか」
フェルクスがそう言うと、周囲の熱量が上昇していくのが分かる。
燃えたぎるような暑さは、熱さとなって周辺の木々を燃やし始める。
《炎》の使い手としては――モーゼフの知る上で最高峰の魔導師だった。
「お前一人で俺とフレストを止められると思うのか! 俺とお前は互角だって事を忘れてんじゃねえだろうな!」
ゴウッと燃えたぎる炎がフェルクスを包み込む。
その熱量がフェルクスの姿を揺らめかせ、直接的な攻撃すらも当たりにくくなる。
陽炎と呼ばれるのはそこからだった。
「さてさて、ワタシの出番はあるのでしょうかねぇ」
そう言いながらも、フレストもバイオリンを構える。
モーゼフの動きを止めて、確実に攻撃を通そうという算段だろう。
二人は逃げると言いながらも、モーゼフを仕留めるような動きでいた。
ある意味それが確実に逃げられる方法だからだ――ただ、フェルクスとフレストの誤算は、相手がモーゼフであるという事だった。
「お前さん達は失念しているようじゃの」
「なんだと?」
「お前さん達が死んでから、何年経過しておると思う?」
スッとモーゼフが手を前に出す。
水の球体が無数に、モーゼフの周辺に出現した。
渦を巻くそれはまるで竜巻であるかのような轟音を立てる。
「《アクア・スクリュー》」
水の球体は変形し、槍のように姿を変えながらうねりを上げた。
フェルクスが手を振るうと、炎が自在に動き回り、衝突する。
水蒸気が再び周囲を包み込んだ。
「無駄だ。俺の炎に水の魔法は――」
「届かないか?」
「っ!?」
フェルクスの眼前にいたのはモーゼフ。
骸骨の姿で、突如としてモーゼフは距離を詰めた。
フェルクスがなぎ払うように腕を振るうと、炎が鞭のようにしなりながらモーゼフを襲う。
だが――モーゼフは霧のようにその場から消滅した。
「これは……」
「《ミラー・ワールド》――水属性の幻影魔法じゃ。お前さんとわしの魔法がぶつかれば霧と呼べるレベルの水蒸気が発生するが……ほっほっ、どこにおるか分からんじゃろう」
「くだらねえ事を。フレスト!」
「はいはい。ワタシが動きを止めればいいという事ですねぇ」
フレストが奏でる音楽には、リッチであるモーゼフにも有効だった。
その曲を聞けば、モーゼフの動きも止まる――キィンと周囲に音が響く。
だが、フレストの前にモーゼフが現れる。
その動きは、制止状態になかった。
「なんと……? ワタシの音楽を聴いて止まらないとは!? 魂を揺さぶる音楽だと言うのに!」
「ほっほっ、年老いて耳が遠くなってしまったのかもしれんの」
モーゼフはそう冗談めかして答えるが――現実はそうではない。
飄々と話しているように見えるが、今のモーゼフは全力に近い魔力を身体に身に纏っている。
この状態のモーゼフは、リッチになった事も相まってほとんどの魔法の効力を受けなかった。
フレストの動きを止めるように、周囲の木々が動き始める。
「させるかよ」
それを燃やしつくそうと、フェルクスが動く。
そんなフェルクスの前に現れたのは――巨大な氷塊だった。
「……氷、だと!?」
「ほっほっ、岩だとお前さんを潰してしまうのでの」
「舐めるなよ……炎使いを!」
フェルクスが操る炎が燃え盛る。
降り注ぐ氷塊に対して、フェルクスの炎が衝突した。
再び周辺を霧が包み込むが、その霧を裂くように直進したのはモーゼフの放った氷塊だった。
それは槍の形状となると、フェルクスの腹部を貫通する。
「がっ――」
「動くでない」
さらに、モーゼフはすでにフェルクスの背後に立っていた。
フェルクスがモーゼフの方に向かっていたと思っていたのも、《ミラー・ワールド》による幻覚だった。
すでに木の根によって動きを封じられたフレストと、首元に剣を当てられた状態のフェルクス。
モーゼフは一人で、二人の動きを止めた。
「言うたじゃろう。以前とは違う、と」
「……確かに、そうみたいだな」
「はははっ、フェルクスさん、腹に穴が開いてますねぇ!」
「うるせえ、分かってんだよ」
「ふむ、この状態でも余裕があるところを見ると……お前さん達も死んでいる、という事じゃのぅ」
「だから言っただろうが。その通りだってよ」
だが、フェルクスはそのまま両手を上げる。
どう判断しても、モーゼフの方が剣を振るのが早いと判断したのだろう。
離れていたオリジンも、状況を見ながらやってくる。
「中々小規模で済んでくれて助かったよ」
「ほっほっ、さすがに暴れすぎるわけにはいかんのでな」
再生能力を持つ吸血鬼ならばともかく――特に普通の人間ではモーゼフの相手は務まらない。
だが、フェルクスとフレストも再生能力は持ち合わせていないようだが、不死に近しい身体を持っている事は分かった。
モーゼフが聞きたい事はそこにある。
「さて、お前さん達に聞きたい事はいくつかあるが……」
「答えると思うかよ?」
「答えないのであれば、用はない」
モーゼフはそう言い放つ。
およそエリシアやナリアの前では言わないような事だった。
フェルクスは肩を竦めるような姿を見せる。
「聞きたい事ねえ。例えばどういう事だよ?」
「ほっ、お前さん達を生き返らせたのは誰か、とかの」
「核心を突くねえ。そういうのは後で聞くもんだろ?」
「ほっほっ、はぐらかす事でもあるまいて。さあ、答えてもらおうか」
「……フレストの奴に聞けよ。あいつなら聞けば答えるぜ」
「ふむ、お前さんは答えないと?」
「分かんだろ。俺はそういう男だぜ」
フェルクスはそう答える。
確かに、首元に剣を当てられた程度で色々と喋るような男ではないと分かっていた。
モーゼフが取るべき行動は、すでに決まっている。
「お前さん達はもう何十年も前に死んだ身じゃ。ここらでもう一度戻ってはどうじゃ?」
「はっ、それをお前が言うのかよ。リッチにもなって、お前は何をしている?」
「わしは――ほほっ、楽しみにしている事があるのでの」
モーゼフの楽しみとは、エリシアとナリアの成長の事だ。
二人を見守る事が、死んだモーゼフにとってのやりがいであり、今のやる事なのだ。
そんなモーゼフの答えを聞いて、フェルクスはにやりと笑う。
それはモーゼフを嘲笑するものではなく、まったく別の意味合いのものであると即座に理解した。
「はっ、悪いな。少しばかり時間を稼がせてもらったぜ」
「これは――」
モーゼフがすぐに剣を振るう。
だが、パァンと渇いた音が響いてモーゼフの剣が弾かれた。
フェルクスの胸元に黒い渦が浮かび上がり、そこから人陰が姿を現す。
ローブに身を包んでいたが、モーゼフは一瞬動きを止めた。
「――まさか」
「……」
「モーゼフッ!」
オリジンが叫ぶ。
だが、モーゼフは反応が遅れてしまった。
その一瞬の隙を、モーゼフは突かれた。
ズンッという音と共に、禍々しい形状をした黒い槍がモーゼフの胸部を貫く。
パサリと、ローブが落ちたその姿は昔と変わらない女性の姿だった。
「……久しいですな。カルテナ殿」
胸部を貫かれた状態でも、モーゼフは変わらぬ声色でそう話す。
モーゼフがそう呟いた相手――姿を現したのはまさに、モーゼフの師であるカルテナ・バルティスだった。




