9.キメラと元賢者
キメラ――本来ならこの世に存在することのない魔物をそう呼ぶ。
いくつもの魔物を合成した《人工複合魔物》だ。
魔導師が自身の目的に合わせて構成し、使い魔として使うことはある。
モーゼフはそういった類のものは持たない。
こんなところにそのキメラがいるということは、
「近くに魔導師がいるということか……あるいは何か目的があるのか」
黒い獅子型の魔物を本体として、尾には蛇型の魔物が使われている。
背中の羽を見ると飛竜型の魔物も混ざっているようだ。
モーゼフから見て、それなりに強い魔物であるということは分かった。
ナリアがモーゼフにしがみつく。
「おねえちゃんっ」
ナリアがエリシアに向かって声をあげると、エリシアは動いた。
慌てる様子はなく、キメラに向かって矢を放つ。
見事に四肢をとらえるが、細い矢では有効打にはならない。
それどころか、エリシアに向かってその強力な足を使い、飛びかかった。
身体能力の高いエリシアでも、キメラの速度には反応できない。
「……っ!」
エリシアに襲い掛かる寸前で、キメラは大きな身体を反転させて下がった。
直後、エリシアとの間に岩の壁が出現する。
「こ、これは……」
「ほっほっ、なかなか良い反応をする」
エリシアの背後には気づけばモーゼフが立っていた。
そのままモーゼフはエリシアをかかえる。
「わっ!? モ、モーゼフ様?」
「ナリアのことを守ってやりなさい。こいつの相手はお前さんにはちと荷が重いの」
そうして、木の上までエリシアを運ぶ。
上で待っていたナリアがエリシアに抱きついた。
「おねえちゃん、だいじょうぶ?」
「え、ええ」
「ゴァアアアアアアッ!」
直後、キメラは火球を作り出し、それを吐き出した。
木の上にいる三人を狙ってのことだ。
だが、それはモーゼフの目の前でとまる。
モーゼフが手をかざしただけで、火球はその場に静止した。
「魔法も使えるか。だが、力はそれほどでもないようだの。ナリア、少し目を瞑っておれ」
「うんっ」
ナリアはエリシアにしがみつくように目を瞑る。
エリシアは心配そうにこちらを見ていたが、ぽんぽんとモーゼフは頭を優しく撫でる。
そうして、再びキメラに向き合った。
ボンッという爆発音とともに、飛ばされた火球はキメラの顔面めがけて返される。
それはキメラの飛ばした速度の比ではない。
それでも、キメラは避けようとすると、四本の足が氷漬けにされていることに気づく。
モーゼフがすでに回避を封じていた。
キメラは避けることができずに顔に直撃すると、
「ゴア――」
爆発とともに、キメラの頭部を丸ごと吹き飛ばす。
よろよろとキメラは身体のバランスを失いかけるが、再び四本足で立った。
頭部の再生が始まったのだ。
「再生……虫の系列か何かを混ぜているのかのぅ」
「モーゼフ様……」
「ああ、心配いらん。どのみちもう終わっている」
モーゼフの言葉と同時に、キメラの身体が再び爆発した。
再生中だった頭部は再びなくなり、連鎖的に体内から爆発していく。
キメラの火球の効果ではなく、モーゼフが返したときに効果を上乗せしたものだ。
爆破魔法。
一度直撃すれば連鎖的に発火と爆発を繰り返す上級の火属性系列の魔法。
それでも、キメラは動きを止めない。
再生できないことを悟ったのか、蛇の尾がこちらを見定め、その巨体を再びモーゼフ達のもとへと飛ばした。
捨て身の体当たり――だが、モーゼフの手前でキメラは動けなくなる。
地面から伸びてきた一本の岩がキメラの身体を貫いたからだ。
そのまま、岩は生き物のようにキメラの身体を包もうと集まり、勢いよく地面へと叩きつける。
キメラは大地へと吸収されていくように消えていった。
「ま、こんなもんじゃの」
「す、すごい……」
エリシアは驚きに目を見開く。
これが魔法というもの――ただ、モーゼフは通常の魔導師に比べれば魔法の質は圧倒的に高い。
モーゼフを基準にしてしまうと後々大変なことになるのだが。
「ほほっ、人並みよりは少しできるようになっただけじゃ」
「ど、どうなったの?」
ナリアは相変わらずエリシアにしがみついたまま、目を瞑っていた。
モーゼフに言われた通り約束を守っている。
「ほっほっ、もうあけてよいぞ」
「……? あれ、こわいのいなくなってる!」
「わしが追い返したからのぅ。もう心配はいらんぞ」
追い返したのではなく、完全に滅ぼしたのだが、ナリアは目を輝かせて喜んでいる。
「モーゼフすごいっ! つよい骨なんだっ」
「ほっほっ、もっと褒めてくれてもええんじゃよ」
なぜここにキメラがいるのか――それは分からないが、特に追い打ちをかけるという様子もない。
モーゼフ達は再び警戒をしながらも、町の方を目指して進むことにした。