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89.森往く二人

「どら焼きのー、森の中にはー、カブトムシがいっぱいー」


 謎の歌を口ずさみながら、ナリアが森の中を歩いていた。

 モーゼフ達と別れてから数十分――エリシアとナリアが出てきたのは大樹から遥か離れた場所だった。


(あんなに遠くに……)


 オリジンとモーゼフがいる場所は大樹の地下という話だった。

 つまり、少なくとも数日間はここから歩いてかかるという事になる。

 ガーラントが近道を作り出して辿りついた場所だったからだ。

 外に出た時、一緒に出たと思っていたガーラントは姿を消していた。

 試練と呼ばれるだけあって――近くにいるのかもしれないが姿は見せてくれないのかもしれない。

 ナリアはというと、今も元気に謎の歌を口ずさみながら、拾った木の枝を振りまわしている。


「食らえー! ファイナルデスライトブリンガー!」

「ど、どこで覚えたの?」

「知らない子が言ってたの!」


 ユグドラシルを未だに言えていないナリアだが、変な言葉はしっかりと覚えていた。

 ナリアはどうでもいい事への記憶力は高い。

 ユグドラシルは非常に広いが、ナリアが疲れる事はないとモーゼフも言っていた。

 少なくともその心配はない。

 後はナリアが不安になるような事はないかと思ったが、ナリアは森の中での生活に元々慣れている。

 むしろ、そういう不安を抱えるのはエリシアの方だった。

 辿りつけるかどうか不安――それを考えてしまうのがエリシアだ。


(始まったばかりでそんな事、考えてはダメね)


 パンッと軽く両の頬を叩き、エリシアはナリアに心配をかけまいといつも通りの表情に戻る。

 時折、エリシアとナリアの様子をうかがうように森の中から動物達が姿を見せる。

 それは、外で見る魔物達とはまた違い、いずれも特異なモノに見えた。

 けれど、どこか普通の動物なのだ。


「魔物……なのよね?」

「かわいいっ!」


 長い角の生えた鹿――鹿の魔物と言えば、森の中でもよく見かけた。

《ホーン》系とも呼ばれる魔物だが、いずれとも種類は異なる。

 ナリアが気付くやいなや近づこうとする。

 こちらを見ているが、襲ってくる様子もなくふいっとそっぽを向くと森の奥の方へと消えていった。


「あ、待ってー」

「ダメよ、ナリア。鹿さんは忙しいのよ」

「そっかぁ……またねーっ!」


 ぶんぶんと手を振って、ナリアと鹿を見送る。

 ユグドラシルの中にはそこで育った特有のものなのか、そういう生物が多い。

 実際、ガーラントのような喋るカブトムシ自体稀有な存在だった。

 大きさも普通に比べると圧倒的だが、魔物に比べて禍々しさが存在しない。

 独自の存在――オリジンの言っていた《精霊王》という言葉を考えると、ここにいるのは《精霊》という事になるのかもしれない。


「なんか、懐かしい感じがするねっ」

「森での暮らしの事?」

「うん! なんだか落ち着く」


 ナリアがそう口にする。

 森での生活――エリシアはナリアと、そして母との生活を思い出す。

 二人のために、エリシアが森の中で狩りをしていた。

 母も病気になる前にエリシアに狩りを教えてくれたのだ。

 そのおかげで、エリシアはナリアと二人でも生活をする事ができた。

 それともう一つ――森の中でモーゼフに初めて出会った時の事もある。

 あの出会いがなければ、ひょっとしたらエリシアは今ここにはいないかもしれない。

 ナリアの事を思って、エリシアは町へと出てきたが、ふとした疑問を口にする。


「ナリアは、森に戻りたいと思う事はある?」

「森に?」

「そう。私達が暮らしていたところよ」


 そこには母の墓がある。

 ナリアには、きちんと説明した事はない。

 それでも、ナリアは理解しているのかもしれない。

 その場所へ帰りたいかどうか、エリシアはナリアに問いかけた。


「うーん……? 森の中はいいところだけど、わたしは今が楽しいよ?」

「そっか。それならいいのよ」

「おねえちゃんは森に帰りたいの?」

「私は――たまに、帰りたくなる事もあるわ」


 エリシアは隠さずに、そう答えた。

 森の中での暮らしというのは、エリシアにとって自然体で暮らせる場所だった。

 町中では、フラフではそこまででもなかったが――王都では特に物珍しいものを見るような視線を受ける。

 ようやく慣れてきたところだが、それでも目立つ事をエリシアは好まない。


「そうなんだ……じゃあわたしは森の中でもいいよ?」

「ううん、ずっと居たいわけじゃないから。ただ、たまにそう思う事があるの」

「ほーむしっく?」

「どうかしら。私もナリアも、今は宿で暮らしているし……そうだ。いつかは家を買ってみたいわね」

「お家?」

「そう。ナリアはどんな家がいい?」

「えー、どうしよう……お菓子の家?」

「お菓子の家かぁ……けど、虫さんに食べられちゃうかもよ?」

「そうなの!? じゃあ、骨の家は?」

「ええ? それはどうかしらね……」


 それはきっと、モーゼフがモチーフになるのだろう。

 いつか家を持つとしたら、そこにモーゼフはいてくれるだろうか。

 そんな事も、時折心配になってしまう。


(モーゼフ様はもうアンデッドだから、いなくなる心配はないのかしら)


 エリシアもナリアも長命だ。

 それに対し、モーゼフは死という概念を超越している。

 今でこそ一緒にいてくれるが――先ほどのモーゼフの師匠の話の時の表情を思い出す。

 今までにないような表情をしていた。

 それほどの衝撃があったのだろう。

 モーゼフの師匠が今、生きているという事が。


「モーゼフ様のところに急ぎましょうか」

「うんっ、走っていこう!」

「それじゃあ、あの樹まで競争かしら」

「負けないもんっ」


 エリシアとナリアがそう言って走り出そうとした時――遠くて爆発音のような大きな衝撃が耳に届く。

 二人が足を止めた。


「え、今のは……?」

「心配はいらないとも」


 エリシアとナリアの下に、姿を隠していたガーラントが現れる。

 ガーラントはそのまま、ナリアの頭の上に着地する。


「たまにああいう事が起こるんだ。君達はそのまま主の下を目指すといい」

「そうなんですか……? 意外と騒がしいところもあるんですね」

「びっくししたよっ」

「ふふっ、ユグドラシルはビックリハウス――そんな要素もあったりなかったり」


 ガーラントはそう言うが、エリシアは内心少し落ち着かなかった。

 自分達の知らないところで、また何かが起こっているのではないかと。

 けれど、今のエリシアにできる事は、ナリアを連れてモーゼフの下へと戻る事だけだった。

 だからこそ、急いで戻らなければ――そう決意したのだ。

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