82.昇格試験
王都には冒険者協会の建物がいくつか存在している。
中央付近にあるのが協会本部と呼ばれ、非常に広い立地に大きな建造物がある。
この王国内における冒険者達を管理する施設の総本山なのだから、当然と言えば当然だが。
モーゼフとエリシアがやってきていたのは、北方支部というところだった。
王都では東西南北に支部があり、いずれも昇格試験についての説明を受ける事ができる。
今回、エリシアが受ける昇格試験は《ウォール・ボア》という渓谷に住む魔物の討伐だった。
ランクにしてシルバーの《三》相当が討伐する魔物なのだが、エリシアの依頼達成の履歴などを見て、それが妥当だと判断された。
つまり、飛び級でエリシアは昇格試験を受けられる事になる。
モーゼフも同じように試験を受ける事になった。
モーゼフもまた、同じ魔物の討伐である。
このランク帯では一緒に討伐する事も許されているが、これはエリシアのための試験でもある。
モーゼフが手を出すつもりはなかった。
「ほほっ、準備はよいか?」
「はいっ」
王都の北口で、モーゼフはエリシアに確認する。
エリシアが元気よく返事したのを見て、モーゼフも笑顔で頷く。
二人は北口から出発し、そこからおよそ数十分先にある《キルガス渓谷》を目指す。
その付近にはランクの低い魔物が出没するが、数が多い。
そこを突破できるかどうかも、今回の昇格試験には含まれているのだろう。
二人は目的地を目指して歩く。
いつもの事だが、ヴォルボラとナリアは留守番だった。
少し問題なのは、そこにウィンガルもいるという事。
あの二人が喧嘩をしなければいいが、とモーゼフは考えていた。
エリシアも同じように心配していたらしく、
「お二方は、大丈夫でしょうか?」
「ヴォルボラとウィンガルか?」
「はい……あまり仲がよさそうではなかったので」
エリシアもそう口にするくらい、二人は表立って仲が悪い。
主にヴォルボラがウィンガルを敵視しているのが原因ではあるが、それは仕方のない事でもある。
ただの吸血鬼ならばまだしも――ウィンガルはその中でも王と呼ばれる存在だったのだ。
ヴォルボラが警戒するのも無理はなかった。
ただ、あそこにはナリアがいる。
少なくとも、ナリアがいる限りは二人が争う事もないだろうとモーゼフは考えていた。
「まあ、心配せんでも大丈夫じゃろう。今は試験に集中するんじゃ」
「はい。分かっていますっ」
今はエリシアの試験の事だ。
もっとも、少し緊張している様子のエリシアに対し、モーゼフはそこまで心配はしていなかった。
元々、エリシアの実力ならばそのくらいの事は造作もない事だと思っている。
高い身体能力を持つエリシアに、今の魔法の実力も加わればゴールドに近い実力はあるかもしれない。
唯一のネックは持続力――エリシアはまだ魔法を長い時間扱いきれない。
そこを鍛えるために、ここは良い場所でもあった。
「いきますっ」
先行するのはエリシアだ。
モーゼフがここでは手を貸すつもりはない。
もちろん危険が迫れば助けるが、極力エリシアの実力だけでここを突破させるつもりだった。
キルガス渓谷の入り口付近――すでに数匹の魔物達の気配がある。
エリシアもそれには気付いているようだった。
周囲を確認しながら、弓を構える。
(ほほっ、心配する必要もないようじゃな)
エリシアは相変わらず、よい集中力を見せていた。
動きのある者に敏感に反応できる。
多少緊張はしているようだが、動き自体にも問題はない。
草陰から飛び出した魔物に対し、エリシアは動揺する事なく矢を放つ。
一撃で、魔物を打ち抜き討伐した。
「ほっ、見事じゃ」
「ありがとうございます」
「お前さんは魔物の気配が良く分かるようじゃの」
「昔から狩りをしていたからなんでしょうか。あと、エルフは音には結構敏感なので」
そう言いながら、エリシアは軽く自分の耳に触れる。
エリシアの耳はエルフ特有の尖った形をしている。
「遠くのものも聞こえるんじゃの」
モーゼフはそう言いながら、エリシアの耳に軽く触れてみる。
すると、
「ひゃああっ!?」
「おおっ?」
モーゼフも驚くくらい、エリシアが甲高い声をあげた。
エリシアが少し後ろへと下がる。
耳を押さえながら、少し涙目になってモーゼフを見ていた。
「すまんすまん、まさかそんなに驚くとは……」
「あ、ごめんなさい……。私、耳は弱くて……」
エルフ特有、というわけではないらしい。
確かにモーゼフもあまり特徴的なところを触ろうとしたりはした事はなかった。
「気を付けるとしよう。ナリアも同じかの?」
「あ、いえ。ナリアは耳を触ると喜ぶと思います」
「喜ぶのか」
ナリアは大体何をしても喜びそうだと、モーゼフも思ってしまう。
何でも楽しめる事は良いのかもしれないが。
そんな事がありつつも、エリシアとモーゼフは問題なく渓谷を進んでいく。
エリシアは気配を消す事も得意としている。
魔物の数は多かったが、少ない戦闘で渓谷を突破していた。
多く戦闘をこなせば経験にもなるが、エリシアの体力にも限界がある。
むしろ、自身の実力をよく理解した方法だと言える。
《ウォール・ボア》は大きな壁の付近を好んで走る。
壁に生えたキノコを主食としているからだ。
体長は二メートルほどで、魔物としては比較的大きな部類だ。
身体は分厚い毛皮に覆われていて、大き目の牙を持つ。
鋭い剣よりも、斧のような遠心力のある武器の方が向いているだろう。
ただ、それはあくまで物理による攻撃の話だ。
魔法ならば、また話は変わってくる。
エリシアはウォール・ボアを見つけると同時に、木の上まで素早く登るとそのまま狙いを定める。
万が一のカウンター対策でもあるのだろう。
エリシアの魔力によって生成された矢の形状は非常に鋭く、確実に相手を仕留める形となっていた。
「ふっ――」
一呼吸――頭部をめがけた一撃は、ウォール・ボアを一撃で仕留める。
一連の流れには、モーゼフも目を見張るものがあった。
「ほほっ、美しい流れじゃった」
「あ、ありがとうございます」
降り立ったエリシアは、少し恥ずかしそうにして俯く。
目の前に入るエルフの少女が、あの一連の動きをやったと考えると、やはりその点も驚くべきところがある。
「以前よりも動きがよくなっておるの」
「モーゼフ様の教えのおかげです」
「いや、わしが教えているのは魔法じゃからの。動きはお前さん特有のものじゃ」
モーゼフはそう言いながら、くんっと軽く手を動かす。
近くにいたもう一体のウォール・ボアの身体を、地面から出現した根が貫く。
一瞬の出来事で、エリシアが気付くのに遅れるほどだった。
「え? 今、倒されたのですか?」
「うむ。これで試験は終了じゃな。指定の素材を持ち帰るとしようか」
「は、はいっ」
エリシアもモーゼフと一緒にいて、慣れてきたようだ。
それ以上モーゼフの行動について問いかけてくる事はなかった。
モーゼフならばそれくらいの事は簡単にする――そう理解したのだろう。
モーゼフも仮に詳しく聞かれたとしても、すぐにできるようになるなどと無責任な事は答えない。
ここまですぐなれるはずなどないのだから。
それでも、エリシアは良い冒険者になるとモーゼフは感じていた。
二人の昇格試験は、こうして静かに終わったのだった。




