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81.王都の朝

 王都――《カランタ》では早朝からでも賑わう場所がある。

 王都近辺では取れない果物や野菜、魚介類などを取り扱った市場が開催されている。

 ここでは辺境の地から足を運び、品物を販売している者達もいるくらいだ。

 王都に出現した吸血鬼の事件の噂は、すぐに都に広まっていた。

 それでも、彼らの生活が大きく変化するような事はない。

 もちろん過敏に警戒するようになる者も少なからずいるが、人が多ければ多いほど出来事への関心も薄れやすいものだった。

 モーゼフ達が王都に来てから一週間が過ぎた。

 改めて平和を取り戻した都の中を、モーゼフは散歩していた。

 まだエリシア達は寝ているような時間だったが、一人だけ起きている者がいた。


「まさか、お前さんがついてくるとはの」

「はははっ、何を隠そう私も暇でね」

「ほほっ、暇なのは分かっておる」


 金髪の吸血鬼、ウィンガルだ。

 出会ったときは青年の姿をしていたが、今のウィンガルはまるで少女のような見た目をしている。

 身長にしてもナリアと同じくらいにしかない。

 だが、その格好は少し目立っていた。

 金髪に赤い瞳もそうだが、黒いコートに身を包んだ男装――正確に言えば男装ではなく男が男としての服を着ているだけなのだが、朝の市場を歩くその姿はそれなりに目立つ。

 後ろで結った長い髪をゆらゆらと揺らして、足取り軽くウィンガルはモーゼフの隣を歩く。


「お前さん、朝は苦手ではないのか?」

「得意か不得意か、どちらかで言えば不得意だ。私は吸血鬼だからね。しかし、その程度でどうこうなる程弱い存在でもない」

「まあ、そうじゃろうな。むしろ元気そうに見える」

「ふっ、そうかな? それならきっと、久しぶりにこうして表を歩けている事に喜びを感じているのかもしれないね」


 ウィンガルがモーゼフの方をちらりと見て、にやりと口角をあげた。

 見た目こそ少女のようだが、笑い方は純粋さから程遠い事はよく分かる。

 何せ、ウィンガルも吸血鬼の中で《王》を名乗る存在なのだから。

 その名を冠する事には二つの条件があるとされるらしい。

 一つ目は、多くの吸血鬼から認められた存在である事。

 これが通例であり、王を名乗るにふさわしい存在は自然とそう呼ばれるようになる。

 二つ目は、自ら王を名乗り出る事。

 これは名乗った場合――すでに存在している吸血鬼の王達への挑戦という事にもなる。

 つまり、全ての吸血鬼の王との戦いが避けられない事になるわけだ。

 それでも生き残った者は、自らを王と名乗る事が許される。

 ウィンガルは二つ目の項目に当てはまる吸血鬼だった。

 だが、きっと今の彼にはその王としての面影は見られる事はない。


「中まで赤い果実か……あまり見た事がないな」

「ああ、ここらじゃ取れない代物さ。一つどうだい、お嬢ちゃん」

「ふむ、いただこうか」


 気がつけば、モーゼフの下から離れて小さな出店の果物を試食している。

 吸血鬼は血を好むが、決して普通の物も食べられないわけではない。

 ウィンガルが手渡された果実を頬張り、小さく唸る。


「なるほど、悪くないね」

「ほっほっ、ならばもっと買っていくか?」

「そうしようじゃないか」

「はいよ、毎度あり!」


 モーゼフの問いかけにも特に遠慮する様子もなく、店先で試食した果実を購入する。

 他人から見たら、孫と祖父のようにしか見えないのかもしれないが、


「ついでにあそこにいる女性の血も吸いたいね」

「それはいかんじゃろ」

「はははっ、冗談だとも!」


 そんなやり取りがなされている事は誰も知らない。

 こんな性格だが、エリシアとナリアとの関係は良好であった。

 以前、二人を狙ったという事実は変わらないが、やはり二人はウィンガルを受け入れた。

 ナリアに至っては、襲われたという事実も知らないだろうが。

 唯一警戒心が強い者というと、ヴォルボラになる。

 ウィンガルがエリシアやナリアの近くにいると、尻尾の動きがゆっくりと活発になるのがモーゼフにも分かった。

 機嫌が悪い時や、落ち着かない事がある時はそうなる。

 モーゼフも、ヴォルボラとウィンガルに仲良くなれとまでは言わない。

 そもそもドラゴンと吸血鬼――人の常識から言えばこの二人は魔物と魔族という事になる。

 価値観や考え方がまるで違うのだから、どちらが正しいとはモーゼフも考えていない。

 ただ、今の二人――モーゼフも含めた三人の考え方が一致している事はある。


「今日はエリシアの昇格試験について確認してくるからの。留守を頼むぞ」

「昇格……冒険者のランクか」

「うむ。そろそろあげてもいい頃じゃろう」

「留守を見るのは構わないが、彼女達は普通でないモノに絡まれやすいようだ。気をつける事だよ」

「そうじゃのう。ま、お前さんが言う事ではないがの」

「はははっ、だからこそだよ。彼女達は少し魅力的過ぎるからね」


 見方は違うが、少なからず守ろうとする考えだけは一致している。

 ヴォルボラはエリシア寄りで、ウィンガルはナリア寄りというところもあった。

 モーゼフとしては、それぞれにボディガードのような役割がついてくれる事には感謝している。

 どちらにも常識があればいいのだが、そこは仕方のない。


「あの女性も美しいな」

「ほっほっ、やめなさい」

「冗談だよ。ご老体、私はそんなに移り気ではないよ」

「二人の血を吸うのもダメじゃよ?」

「もちろん、努力しよう」


 確かにヴォルボラが警戒するのも無理はない。

 そう思わせるような発言が多いのが、ウィンガルという男だった。

 残り一週間ほど、モーゼフ達は王都に滞在する。

 目的はエリシアの冒険者としてのランクを上げる事と、まだいくつかの観光地を周る予定があるとの事だった。

 戦いの後だったが、フィールはエリシアとナリアの事を心配してそう言ってくれた。

 自身も危険な目には合っていたのだが、フィールという少女が能力を抜きにしても、聖女と呼ばれる理由も分かる気がする。


「……はあ」


 そんなモーゼフとウィンガルの前に、ちょうどグロウを連れたフィールが現れた。

 フィールは少し息を切らしながら、グロウはいつも通り飄々としている。


「おや、どうしたんじゃ」

「随分急いで来た様子だね」

「どうした、じゃないですっ!」


 少し怒ったような顔をしながら、フィールは二人を指差して言った。


「リッチと吸血鬼が町中を何食わぬ顔で歩き回らないでくださいっ。なんかこうザワザワして仕方ないんですよ!」


 モーゼフとウィンガルが顔を合わせる。

 ここの一帯は特に、フィールが警戒をして結界を設置している場所だったらしい。

 もはや隠す様子もないモーゼフとウィンガルは、フィールの結界に引っかかりまくっていた。

 随分と気の抜けた話だと、モーゼフとウィンガルは笑い合う。

 そしてまた、年端もいかない少女に怒られる事になるのだった。

すみません、更新遅れました。

本当は今日中に全作品更新する予定だったんですが、気付いたら夜中でした……。

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