80.終わった後で
数日後、フィールの教会でモーゼフはユースと対峙していた。
傍らにはグロウもいる状態で、怪我をした二人はまだ完治はしていないが元気そうではあった。
フィールはエリシア達と話をしている。
あの場にて、モーゼフがリッチである事を知らなかったのはユースだけだ。
モーゼフは包み隠さずに、リッチになった事実を話した。
満足して死んだはずだった事、それでもリッチとして蘇ってしまった事。
そして、そこでエリシアとナリアに出会った事も。
ユースは静かに話を聞いていた。
モーゼフが話終えると、静寂が部屋を包む。
「正直言って……そんな事があり得るのかとは思うが」
「ほっほっ、そうじゃろうな。わしもそう思う」
「まあ、俺も具体的に話を聞くのは初めてだがよ……あんたすげえな」
「そんな事はない。たまたまそうなっただけじゃ。わし自身はリッチになるつもりもなかったのだが」
力を持った魔導師が意識をせずにリッチになれる――そんな話はモーゼフも聞いた事はなかった。
そもそも、アンデッドは意識を保つ事ができない。
ただ未練が残っていた場合に、その未練に従った行動をするのがアンデッドと言われる。
それでもアンデッドになるかどうかには差がある。
その点については解明されていないが、良い意味ではないが才能のようなものだ。
アンデッドになる才能があった、という言い方が正しい。
意識を保つ場合には、自身の魂を保護した状態にある必要がある。
モーゼフはその点の技術についてはあまり詳しくはない。
できないのではなく、使うつもりもなかったからだ。
けれど、詳しい人間は何人か知っている。
ユースは少しだけ言葉に迷っていたようだが、意を決したように話し始める。
「出会ったばかりの時にリッチだと分かっていれば、俺は間違いなくあなたと敵対していただろう」
「ほっ、そうじゃろうな」
「だが、あなたは吸血鬼討伐に協力してくれた。むしろ、あなたがいなければどうなっていたか分からない」
「難しいところじゃな。実際のところ、高い再生能力が厄介な奴らじゃ。お前さん達がまともに戦って勝てる相手ではないが、戦い方次第ではどうとでもなる」
「……俺はまともな戦い方しかした事がなくてな」
ユースがそう答えるのも無理はない。
剣を主軸とする戦いをする冒険者であるユースは、そもそも吸血鬼とは相性が悪い。
グロウの方は対魔族に特化した武器を持っていたが、それでも《王》を冠する吸血鬼相手ではどうしても難しいところはあっただろう。
――何せ、《王》を名乗る吸血鬼は世界で五人しかないのだから。
モーゼフがその一人、《老王鬼》と呼ばれる吸血鬼から聞いた話だ。
モーゼフ自身はそれぞれどのような吸血鬼がいるかを詳しくは聞いた事はない。
けれど、まともな性格をしている者は少ないと《老王鬼》は言っていた。
自身も含めて、という事だ。
「普通の吸血鬼相手ならば十分に戦えるじゃろう」
「普通の、か……」
「正直、俺も力不足は感じたぜ。まだまだ修行が足りなかったな」
「ほっほっ、若いうちにそれを理解できれば十分じゃよ」
グロウも、あのままではフィールを守り切れなかった事を悔いているようだった。
モーゼフを除けば、あの場でゼイルとまともに戦える者はおそらくドラゴンとなったヴォルボラか、同じ《王》を冠するウィンガルくらいだろう。
そのウィンガルについても二人には説明をした。
まさか、吸血鬼との戦いの中で同じ吸血鬼が協力体制に入っていたとは思ってもいなかっただろう。
二人とも驚いていた。
「……吸血鬼の知り合いがいたのか?」
「ウィンガルを含めて二人目じゃな」
「二人……ていうか、あの子供みたいな奴も王なんだろ? この前見たときは大人だったと思うんだが……てか女の子なのか?」
「男じゃな」
ウィンガルは一人、部屋の隅の方で腕を組んで目を瞑っていた。
何を考えているか分からないが、ナリアが興味深そうにウィンガルに近づいている。
ナリアには歳の近い子が一緒にいてくれて嬉しいくらいなのかもしれないが、実際には百歳以上の差があるかもしれない。
「ウィンガルっ」
「何かな」
「ウィンガルは吸血鬼なの?」
「ああ、そうだよ。君のお守りだった事もあるね」
――君達を襲った事もあるがね。
そうウィンガルは言いたげな表情もしていたが、ナリアの表情を見て言うのをやめたようだ。
ナリアがとても嬉しそうにしていた。
「! わたしこうやってお話しできて嬉しいよ」
「そうかい? それは光栄だね」
以前出会った時と同じく余裕のある態度ではあるが、話し方からも分かる。
ウィンガルは非常に温厚な感じになっていた。
「終わりよければ全て良しという言葉はあるが、色々と整理が追いつかないな。ドラゴンに吸血鬼、それにリッチとは……」
「まあ、いいんじゃねえか。全員無事だったんだし」
「……そうだな。俺も少し柔軟に物事を捉えられるようにしよう」
グロウは相変わらずだが、ユースも以前出会ったときに比べるとかなり変わっているように見えた。
ヴォルボラがエリシアと仲良くやっている事もあるのだろう。
「だが、俺には納得できない事がある」
「おや、何じゃ?」
「モーゼフ殿はまだいいが、グロウ。お前だ」
「え、俺か?」
「お前……モーゼフ殿がリッチだと知っていてサウナでの対決を提案したな」
「あー、そうだな」
「……誰が勝てるんだッ! 死んでも勝てないだろうが!」
ドンッと机を叩くユース。
これにはモーゼフも非がないわけではない。
そう怒ったようなユースだったが、少しの沈黙の後――部屋では笑い声が響いていた。
***
二人の少女が、森の中にいた。
ボロボロになったドレスを着ているのは、エレナとイリーナだ。
モーゼフから受けた攻撃の傷は回復したが、それでも彼女達が失ったものは大きかった。
「兄様……私達のために……」
「あのリッチさえいなければ……っ」
頭を過るのは、兄であるゼイルの敵討ち。
だが、ゼイルが命をかけて二人を逃がしてくれたのは事実だ。
それを無駄にしてまで、二人がモーゼフ達と再び相対する事は選択できなかった。
向こうにはウィンガルもいる――戦力差は圧倒的だ。
「これからどうしましょうか、エレナ」
「……そうね。私達にはもう行く宛てもないわ。でも、まずは兄様を弔いたいの」
「そう、ね。それなら、兄様が好きだったところを巡りましょうか」
「それがいいわ、イリーナ」
二人は頷きながら、歩を進めようとする。
そんな二人の前に現れたのは、ローブに身を包んだ青年だった。
「やあ、お嬢さん達。派手にやられたようだね」
ほとんど気配もなく二人の前に現れた青年に、エレナとイリーナは構える。
殺気があるわけでもないのに、吸血鬼である二人にはその青年が得体の知れない存在である事がすぐに感じ取れた。
「ははっ、あの男は相変わらず加減というものを知らないのかな」
「あなた……何者?」
「僕が何者か、そんな事はどうだっていいさ」
「なんですって……?」
「僕は君達を勧誘しようかと思ってね」
「勧誘……? ふざけないで」
「人間風情が……殺すわよ」
二人が殺気立つが、青年の態度は変わらない。
一瞬だけ見せた青年の姿は――人のものではなく骸骨であった。
「あなた……まさか」
「お察しの通りさ。けれど、言っただろう。僕の事はどうだっていい」
青年が二人に歩み寄る。
にやりと笑みを浮かべながら、囁くように青年は告げた。
「選択権を上げよう。もう一度、兄に会いたくはないか?」
「なん、ですって……?」
「だから、選択権さ。ここで死んであの世で兄に会うか。僕に協力して生きたまま兄に会うか――選ばせてあげよう」
その青年の言葉はとても信じられないものであったが、不思議と説得力があった。
エレナとイリーナはお互いに顔を合わせる。
今の彼女達にはどうするべきか、迷う事はなかった。
これで第二部終了としたいと思います。
ここまで読んでくださってありがとうございました!




