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78.静かなる決着

 モーゼフが前に出る。

 ヴォルボラ達も同じように立ち上がろうとしたが、モーゼフが手で制止する。

 見れば分かる――すでに深手を負っている状態であるという事を。


「どういう事か、後で説明してもらいたい」

「ああ、分かっておる」


 ユースが聞きたい事は、モーゼフの姿についてだろう。

 だが、今は目の前の吸血鬼が優先される。

 それはユースにも分かっている事だ。

 ここからの戦いに、むしろ周囲の人間を巻き込まないようにするためには、モーゼフが一人で戦う必要があった。

 フィールも苦しそうではあったが、グロウに支えられて何とか距離を取っていた。

 こちらの準備は整った。


「一対一か……紳士的じゃないか」


 同じようにゼイルも前に出ようとする。

 だが、二人の吸血鬼がゼイルを押しのけて前に出た。

 さすがに吸血鬼といったところか、エリナとイリーナはダメージを受けてはいるがまだ動ける様子だった。


「まだよ……私達はまだ負けてないわ」

「そう、よ。私達が八つ裂きにしないと気が済まない……」

「妹達よ。我儘を言うのはお前達の可愛いところではあるが、聞きわけはしなければならないね?」

「お兄様! 私達は――」


 エリナが反論しようとしたところで、ビクリと身体を震わせた。

 言葉こそ優しいものだったが、その表情には殺意すら垣間見える。

 ゼイルの威圧感は、同じ吸血鬼であるエリナとイリーナを一瞬で黙らせるほどのものだった。


「お前達ではあれには勝てない。それくらいはもう分かっているね」

「……っ」


 ゼイルにそう言われると、二人は後ろへと下がった。

 モーゼフの魔法を見て、ゼイルは理解したようだ。

 この場において、モーゼフと対等に渡り合えるのは自分しかいない、と。


「これで正真正銘の一対一だ。始めようじゃないか!」


 ゼイルの宣言と共に、周囲の影が浮かび上がる。

 ゼイルを中心にしながら渦を巻き、無数に分かれていく。

 一つ一つが物を切り裂く事ができる威力を持つ――ゼイルが扱うのは妹二人が操っていたものとは比べ物にならない質量だった。


「大した魔力じゃ」

「そうだろう? こう見えてもオレは強いのさ!」


 ゼイルの言う事は間違っていないのだろう。

 ゼイルは確かに強い――吸血鬼として、王を名乗るだけの実力を冠している。

 モーゼフはそれでも、動揺する事はない。

 手に持った翡翠色の剣を構えた。

 先に仕掛けたのはゼイルだった。


「ハハハッ! いくぞ!」


 影が一斉にモーゼフの方へと伸びる。

 一つ一つが剣の形となって、あらゆる方向からモーゼフを狙う。

 モーゼフはそれを、剣で切り払う。

 魔力を帯びた剣は、同じ魔法に対しても有効打を持つ。

 剣で影を斬る――四方八方からやってくる影の剣に、モーゼフは自らの剣で道を作り出す。

 だが、次々と影はモーゼフへと迫る。

 それも、モーゼフに届く事はない。


「これでは届かないか。それでは!」


 バッとゼイルが手で指示をする。

 無数に分かれた影が集まると、大きな波のようになってモーゼフへと向かっていく。

 《影の海》――飲み込まれれば一溜まりもないだろう。

 モーゼフは即座に反応した。


「それならば」


 モーゼフは手に魔力を集中する。

 すると、モーゼフの掌には強い光を放つ球体が出現した。

 キイィィッと耳を裂くような音が周囲に響いた後、それは空中へと浮かびあがり、その場で強烈な光を発する。


「これは……光の魔法か」


 光によって遮られた影は、モーゼフに近づく事はできずに押し流されていく。

 モーゼフはそのまま、ゼイルへと距離を詰める。

 ゼイルが動揺する事もなく、両手で影を再び操る仕草を見せるが、


「なに?」


 その両手はすでに、存在していなかった。

 ヒュンッとモーゼフが剣を振るう音だけが響く。

 届かないはずの距離で、ゼイルは両手を切断されたのだ。

 ゼイルは距離を取ろうとするが、モーゼフはそれを許さない。

 ゼイルの足元にはすでに、モーゼフが仕掛けた木の根が巻き付いていたからだ。

 真っ直ぐ――モーゼフの剣がゼイルの胸を突き刺す。


「お兄様!」


 エリスとイリーナがいち早く反応して動こうとするが、それをゼイルは影で壁を作り出して止める。

 二人が来たところで、モーゼフ相手にはどうしようもないと分かっているのだろう。


「ほう? 見えない刃か」

「気付いたか」

「耳は良い方でね。君が剣を振るうのに対し、風を切る音の方がわずかに早かった」


 モーゼフが仕掛けたのは近づく前――ゼイルが影で攻撃を仕掛ける時からすでに始まっていた。

 目には見えない真空の刃――風の魔法である《エア・ブレード》を仕込んでいた。

 通常は空間の歪みや音によって、その存在は感知される。

 だが、モーゼフのコントロールする真空の刃にはそれがない。

 静かに、確実に獲物を仕留めるために近づいていた。


「卑怯な真似をしてくれるじゃないか」

「わしは勝つために正々堂々と、などとは言わんよ。負ければ終わるのであれば、勝つために如何なる手段も使う」

「ハハハハッ、それでいい。だが、それでもオレの命には届かないなぁ!」


 スパァン、と渇いた音が周囲に響いた。

 モーゼフが剣を振るい、ゼイルの身体を両断する。

 それでも、吸血鬼であるゼイルが死ぬ事はない。 

 すぐさま、影が伸びてそれぞれ飛ばされた身体を回収しようとする。

 モーゼフは地面を蹴り、宙へと飛ぶ。

 全員を下がらせたのは、圧倒的な回復力を誇るゼイルを確実に仕留めるために魔法を使うためだ。


「お前さんの結界の中で助かったわい。ここなら――わしは全力を出しても被害は出ないからの」

「なん――」


 周囲が熱気を帯びる。

 モーゼフが左腕を掲げると、先ほど放った光の球体がモーゼフの手元へとやってきた。

 それは先ほどよりも大きく、そして熱気を増している。


「これはの、光の魔法ではなく火の魔法じゃ」

「火……だって?」

「《フレアデス》――星の爆発をイメージした高位魔法じゃよ」


 白く輝いているように見えたのは、異常なまでの熱量を帯びていたからだ。

 通常は放っただけでは、そこまでの威力にはならない。

 モーゼフはあらかじめゼイルの攻撃を防ぐ用途と同時に、魔法の威力を底上げするために魔法を発動させておいた。


「さて、これには耐えられるかの?」


 モーゼフが手を振り下ろし、球体が加速する。

 ゼイルの身体をつなぎ合わせようとしていた影も、その光によってかき消される。

 ゼイルの身体に衝突すると同時に――ドオォォンという大きな爆発音と共に、周囲は爆炎に包まれた。

 さらに、モーゼフは追撃する。

 炎の球体はいくつもその場に出現すると、爆炎に包まれたゼイルに襲い掛かり、さらなる爆発を起こす。


「――――」


 炎に包まれても、なおゼイルは動いていた。

 吹き飛びそうな身体で、影を操りモーゼフへと攻撃を仕掛けようとする。

 どれだけ光があっても、必ずモーゼフの背後には影が出現する。

 そこから、無数の影の刃がモーゼフへと襲い掛かる。

 普通ならば、ここでゼイルの攻撃を回避する。

 そうすれば、ゼイルは一度モーゼフの猛攻から抜け出す事ができる。

 だが、モーゼフは回避をしなかった。

 その魂を貫かれながらも、モーゼフは再度炎の球体を出現させると、ゼイルへと攻撃を仕掛ける。


「アンデッドの身体とは便利なものじゃ。本当なら死ぬ攻撃を受けても、生きていられるのだからの」

「――」

「返答は無用じゃ」


 次々と大きな爆発が起こる。

 爆発がまた爆発を呼び、地形が変わるほどの攻撃は続く。

 やがて、モーゼフを貫いていた影は静かに消滅していった。

 モーゼフはピタリと攻撃の手を止める。

 連鎖的に発生していた爆発はおさまり、そこにはボロボロになりながらも真っ直ぐ立っていたゼイルがいた。


「ハハハハッ、実に愉快だね。これはサプライズだ。まさか、オレが死を体験する事になるとは」


 ゼイルはそう言いながら、自身の手を見る。

 手が灰のようになっていき、崩れ落ちた。

 吸血鬼の再生力には魔力を使う。

 それを保つために吸血鬼は人の血を吸い、魔力を溜める。

 膨大な魔力を身体に貯め込んだ吸血鬼を倒す方法の一つは封印する事。

 そしてもう一つは、その魔力を全て使い切らせる事。

 モーゼフの攻撃から身を守るために、ゼイルは魔力を消費し続けた。

 その結果、影の魔法を維持する事ができないほどに魔力を使い切ったのだ。

 見れば、周囲の結界もボロボロと崩れ始めている。


「お兄様――」


 エレナとイリーナがゼイルに近づこうとした瞬間、影が二人を覆う。

 そして、その場から一瞬で姿を消した。

 最後の力を振り絞り、ゼイルが妹二人をこの場から逃がしたのだ。


「ちっ……!」

「よい」


 ユースが後を追おうとするが、モーゼフがそれを制止する。

 あの二人にはそこまでの力はない。

 モーゼフという存在がいる以上、逃がされた状況で再びやってくる可能性は限りなく低かった。


「これは驚いたな。追わないのか?」

「お前さんが生きていられる程度には魔力が残っていたのは知っておる。だが、お前さんはその魔力を使って二人を助けたの」

「当然だ。オレの可愛い妹達だからね」


 そう言ってのけるのならば、その感情を少しでも人々に向ける事はできなかったのかと、モーゼフは思う。

 ウィンガルのように、理解するには少し時間がかかる事だろう。


「お前さんが捕らえた者達は?」

「無論、生きているとも。食事とする者達を無闇に殺したりはしない」

「そうか。ならばよい」

「いい、か。トドメは刺さないという事かな?」

「その必要はあるまい」

「ハハハハッ! 実に愉快だね。覚えたよ、大賢者モーゼフ――オレを倒した者よ」


 その言葉を最後に、身体が灰へと変わっていく。

 ゼイルは滅びる事すらも、楽しんでいるように見えた。


「ウィンガル、そこにいるんだろう」

「ああ」


 消えゆくゼイルが、ウィンガルへと話しかける。

 霧が出現すると、そこからはエリシアとナリアを連れたウィンガルが現れた。


「ここはまた、君の支配下だ。好きにするといい」

「言われなくともそうさせてもらうよ」

「ハハハハッ、君ならばそう言うと思ったよ。しかし驚いた、君がそちらにつくとは」

「それは私も同じだ。何が起こるか分からないね」

「だからこそ面白い! いいサプライズだった」

「そうか」

「ああ、さらばだ。《霧界王》――我が友よ」


 ゼイルはそう言い残すと、完全に消滅した。

 周囲には、対吸血鬼のために集まった冒険者や騎士達がいる。

 モーゼフはすでに、老人の姿へと戻っていた。

 戦いは、静かに決着を迎えた。

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