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77.影血王

 モーゼフは吸血鬼の前に立つ。

 リッチの姿となったモーゼフは一歩前に踏み出した。

 吸血鬼の少女達、エレナとイリーナは一歩下がる。

 二人の事は、すでにナリアの持っているモーゼフの骨の一部から情報を得ている。

 全て万が一に備えて用意していた事だ。

 だが、最もモーゼフの望んだ結果が目の前にはあった。

 吸血鬼――ウィンガルがエリシアとナリアを守ってくれている。

 モーゼフはエレナとイリーナの方を見ることもなく、真っ直ぐ二人の方へと歩いて近づいた。


「エリシア、無事か?」

「は、はい。大丈夫、です。ウィンガルさんが、助けてくれましたから」

「これは約定でもあるからね」


 ウィンガルは静かに頷いた。

 エリシアとナリアの二人を優しく抱えている。

 モーゼフは二人の様子を改めて確認する。

 エリシアの瞳の色が、左だけ赤色になっている事にモーゼフは気付く。

 それが意味する事は一つ――


(半覚醒か……)


 魔族としての血を引くエリシアとナリアが、何かをきっかけに目覚めてもおかしくはなかった。

 大きな変化はないようだったが、モーゼフはエリシアの頬に触れる。


「怖い思いをさせてしまったようじゃの」

「私は、大丈夫です。ナリアの方が……」


 ナリアは目を瞑ったまま、動けない状態でいた。

 エリシアの方はモーゼフが渡したプレゼントに仕掛けておいた魔法が発動しているようだった。

 二人に何かあれば発動するようになっている。

 ナリアには、動けるようにするよりも確実に守るための防御結界が施されていた。

 モーゼフがナリアにかかった魔法を解除する。


「モーゼフ……?」

「ナリア、少し待っていなさい」

「うん……」


 ナリアは状況を理解していないだろう。

 けれど、モーゼフの待っているようにという言葉に頷いた。

 そこでようやく、隙を窺っていたエレナが先に動く。


「私達を無視しようなんて、いい度胸ね」


 瞬時に距離を詰めて、モーゼフの背後を取った。

 エリシアが驚いて声を上げる。


「モーゼフ様っ」


 エレナは手に魔力を纏う。

 ウィンガルの時と同じく、魂を直接攻撃する手法だった。

 だが、ヒュンッという風の音と共に、エレナの腕が吹き飛ばされる。

 その場にいた誰もが、その剣の動きを捉える事はできていなかった。


「な――」

「悪いが、わしは少し気が立っておる」


 モーゼフの手にはすでに剣があった。

 そのまま振り返り様に一閃――今度はエレナが後方へと跳躍して回避する。


「エレナ!」

「油断したわ……あのお爺さん、剣も使えるなんて」


 エレナとイリーナがモーゼフの前に立つ。

 どうやら、二人はモーゼフの存在にも気付いていたようだ。

 だが、普段のモーゼフは魔力を隠したただの老人にしか見えない。

 だから、二人は油断したというのだろう。

 二人は周囲に魔力を乱暴に放った。

 ピシリッと部屋中が軋む音がする。

 それに対して、モーゼフが動揺する事はない。

 ただ、背後のウィンガルに向かって一言、


「エリシアとナリアを頼む」

「任されたよ」


 それだけの会話だった。

 ウィンガルが霧の結界を張る。

 これで、モーゼフの魔法もエリシア達に届く事はない。


「ウィンガルと同じね……あなた一人で私達の相手をすると?」

「リッチ――魔法だけが取り柄だと思っていたけれど、考えを改めないといけないようね。けれど、それでも私達が負ける事はあり得ないわ」


 エレナの発言と同時に、二人の周囲を影が包み込む。

 影からは強い魔力を感じる。

 吸血鬼はそれぞれ、魔法も固有と呼べるレベルのものを持っている。

 ウィンガルは霧を操り、目の前の少女二人は影を操るようだ。

 影が鞭のように撓りながら、二人の周囲の物を切り刻んでいく。

 そして、一本の影がエレナの腕まで伸びていくと、そのまま引っ張り上げて回収する。


「剣でも魔法でも簡単に防げるものではないわ。あなたの骨を細切れにしてあげる」

「うふふ、そうね。気が立っていると言っていたけれど、そんな事は私達には関係ないわ。むしろ、怒っているのは私達の方なのだから!」


 二人の操る影が、同時に近づいてきた。

 エレナとイリーナの操る影が風の切る音と共に近づいてくる。

 モーゼフは剣を床に突き刺す。


「あははっ! 守るのは諦めたのかしら!」

「そのまま細切れになりなさ――」

「ぬんっ」

「……は?」


 モーゼフの掛け声と共に、エレナが驚きの声を上げる。

 モーゼフは眼前に迫る二人の操る影をそれぞれ両手で掴んだ。


「影を掴んでる……!?」

「そ、んな!? あり得ないわっ! 魔法を掴むだなんてっ!」

「あり得ない事などない。魔法とは魔力の塊じゃ。同じように上手く魔力を使えばこれくらいはできる」


 モーゼフは自身の魔力をコントロールし、他人の操る魔法に干渉した。

 実際、できるからといってそれをしようとする人間はいない。

 失敗すれば怪我だけでは済まないからだ。

 仮にモーゼフがリッチではなかったとしても、それに失敗する事はなかったが。


「……気が立っていると言ったのはのぅ……わし自身に対してじゃ」


 ぐっと影を強く握りながら、モーゼフはそう言った。

 エリシアとナリアが狙われる可能性は、ウィンガルの件から頭の中になかったわけではない。

 当然、二人を守る事を優先するとモーゼフは考えていた。

 考えてはいたが――それでもモーゼフは二人が危険な目に合って、怖い思いをする事までは許容してしまっていたのだ。

 今の状況まではあり得ると、心の中では思っていた。

 結果として、ウィンガルが二人を守り、モーゼフも間に合った。

 その事実は変わらないが、それでもモーゼフは二人に怖い思いをさせてしまった事もまた変わらない事実だった。


「だから、これは八つ当たりのようなものじゃ。すまんのぅ、加減はできん」

「影が、戻せない……!?」

「くっ!」


 モーゼフは謝りながら、掴んだ影を手前へと引っ張る。

 操作する魔法を掴まれ、その上引っ張られるなど初めての経験だろう。

 エレナとイリーナがバランスを崩しながら、モーゼフの方へと近寄っていく。

 モーゼフは同時に両手の影を手放すと、二人に向かってそれぞれ手を向けた。


「《ブラスト・コア》」


 以前使用した魔法の上位版――その声と同時に、大きな爆発音が部屋に響き渡った。


   ***


「はあ……はあ……」


 息を荒くしたまま、ヴォルボラが膝をつく。

 口元から血が流れてくるのを、手で拭う。

 目の前に立つ吸血鬼――ゼイルはほとんど無傷のままだった。


「絶対的な力の差――それを見ても諦めないその姿! ますます好きになってしまいそうだ!」

「ちっ、いちいちうるさい奴だ……」


 エリシアとナリアがいる部屋に吸血鬼がいる。

 その時点で、ヴォルボラはすぐにでも二人の下へと向かいたかった。

 だが、目の前にいる吸血鬼、ゼイルはそれを許さない。


(元の姿ならあるいは……だが、あそこにエリシアとナリアがいる)


 ヴォルボラが力を解放すれば、建物が崩壊してしまう可能性もある。

 今の状態で、目の前の男を倒す必要があった。

 ヴォルボラは息を整えながら再び立ち上がる。


「素晴らしいよ、君は。あの娘達を救いたいという気持ちがよく伝わってくる。実に美しい――だがら、この時間を邪魔するような野暮な輩には、ご退場願いたいものだ」

「なに?」


 ゼイルがそう言うと同時に、ゼイルの左右から二人の人陰が現れた。

 一人は剣を振るい、もう一人は斧を振り落とす。

 ゼイルは左右からの攻撃を、同時に素手で受け止めた。


「マジ、か!」

「ちっ、完全に隙をついたと思ったが」


 ユースとグロウ――二人がゼイルに攻撃を仕掛けたのだ。

 どうやら結界の中への侵入は成功していたようだ。

 隙をついた攻撃だったが、難なくゼイルには防がれてしまう。


「今ので取れるほど、オレの首は安くはない」

「いや、そいつはどうかな」


 ユースが答える。

 ゼイルの正面には、まるで合わせたかのようにヴォルボラがいた。

 地面を蹴ると同時にゼイルの首元まで手を伸ばすと、そのまま首を跳ね飛ばす。


(取った――)


 ヴォルボラは勝利を確信する。

 しかし、即座に異変に気付く。

 首を飛ばしても、ゼイルの身体が倒れることはなく立っていたのだ。


「ほう、やるじゃないか」


 首を飛ばしたにも拘らず、ゼイルの言葉が耳に届く。

 三人は即座に判断して距離を取ろうとする。

 だが、影が針のように変形すると、それが無数に伸びてヴォルボラ達に襲い掛かる。


「ぐっ!」


 すかさずヴォルボラは防御の姿勢を取るが、影は簡単に身体を貫いていく。

 後方に下がるが、地面には血が滴り落ちた。


「首を飛ばしただけではダメか……」

「くそ、鎧も関係ねえな」


 ユースとグロウも反射的に下がったが、それでも完全に回避はできていない。

 三人は傷口を押さえながら、ゼイルと向き合う。

 ゼイルは首がない状態のまま地面に転がった自らの首を回収すると、それをはめるように首元へとはめる。


「咄嗟にしてはいい連携だった。オレは少し感動したよ、まさにサプライズだ」

「その不死身さの方がサプライズだ」

「ハハハハッ、気に入ってもらえたかな?」

「不愉快だ……」


 ヴォルボラもまだゼイルの言葉に答える事はできたが、ほとんどダメージは与えられていない。

 異常なまでの回復力――吸血鬼の中でも上位の存在だと言っていたのは嘘ではないようだ。


「邪魔が増えて面倒になってしまったな――ん?」


 ゼイルは突如として口から血を吐き出す。

 首元からも、出血が続いていた。


「治りが遅いな。もう一人の仕業か」


 もう一人――グロウとユースのほかにフィールも来ているのだろう。

 彼女が何かを仕掛けて、ゼイルの回復を遅らせている。

 その事に、ゼイルも気づいていた。


「面倒だ。そこの君から始末しよう」


 この場において、隠れていても無駄だという事はわかっていた。

 ヴォルボラには分からなかったが、ゼイルが指した方向にフィールがいるのだろう。

 グロウが即座に反応して動くが、伸びた影がその行く手を阻む。


「フィールッ!」

「あ、くっ……」


 隠れていたフィールがロープのように撓る影によって引きずり出される。

 ヴォルボラとユースも動こうとしたが、次々と現れる影が刃のように振るわれると、近づく事もできなかった。


「君もなかなか美しいが……姑息な手段を使う者をオレは許さないよ」

「……っ」


 影によって締め付けられ、フィールが苦悶の表情を浮かべる。

 それでも、フィールが仕掛けた魔法を解いてはいなかった。


「グ、ロウ……!」


 フィールがその名を呼ぶと、グロウが斧で壁を作っていた影を振り払う。

 グロウの持つ斧の力が、わずかにゼイルの影の力を上回った。

 フィールの視線は、ゼイルを攻撃しろという合図だった。


「バティルッ!」


 グロウが斧の名を叫ぶと同時に、斧は白く輝き出す。

 対魔族に特化した武具は、ヴォルボラの攻撃よりも効果的にゼイルにダメージを与えられる。


「無駄な事だ」


 その攻撃がゼイルには届く事はなかった。

 斧ではなく、グロウの動きを影が止めたからだ。

 ゼイルの眼前で、グロウが振りかぶった斧は静止する。

 ヴォルボラとユースの身体にも、同じように影が巻き付いていた。

 まだ二人は動ける状態だったが、グロウとフィールは完全に封じられていた。


「君達二人から始末するとしよう」

「く、そっ」

「グロウ……あなただけ、でも……!」


 フィールだけでも逃がそうと、グロウは動こうとしていた。

 それが分かっていて、フィールもグロウに逃げるように言う。

 どちらも脱出できる状態にはない――ヴォルボラにもそれは分かったが、この距離では間に合わない。

 ゼイルの操る影がいくつもの剣を象ると、それが一斉にフィールとグロウの方に向けられる。


「では、死ね」


 影の剣が振り下ろされる――その瞬間、大きな爆発音と共に、二つの人陰が吹き飛んできた。


「――」


 ゼイルはそれを見た瞬間、驚いた表情をしながらその人陰の方へと駆けて行く。

 ヴォルボラ達の動きを止めていた影が一斉に解除された。


「エリシアッ! ナリアッ!」

「二人は無事じゃ」


 ヴォルボラの叫びに答えたのは、爆炎の中から現れた骸骨だった。


「モーゼフ、殿……なのか?」

「うむ、皆もまだ無事のようじゃな」


 ユースも驚きに目を見開く。

 リッチとして、ヴォルボラ達の前に姿を現したモーゼフ。

 吹き飛ばされた人陰は、モーゼフによってやられた吸血鬼だった。


「妹達を傷つけたのは君か。これは……高く付くぞ?」

「それはこちらの台詞じゃ。吸血鬼――ちとお遊びが過ぎたようじゃの」


 表情を窺う事はできないが、この状況を見てモーゼフはそう言ったのだろう。

 言葉こそ冷静だが、ヴォルボラも感じていた。

 モーゼフは本気で戦うつもりだという事を。


「オレの名はゼイル、《影血王》ゼイルだ。君の名を聞いておこうか」

「名乗るほどの者でないが、今は名乗らせてもらおう。わしはモーゼフ。かつて《大賢者》と呼ばれた魔導師じゃ。よく覚えておくといい、今からお前さんを倒す者の名じゃ」

「ならば、覚えておくのは君の方だ。もう一度あの世に送り返してあげよう」


 ゼイルの問いに、モーゼフはそう答えた。

 《影血王》と呼ばれた吸血鬼と《大賢者》と呼ばれたリッチの戦いが始まった。

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平穏を望む魔導師の平穏じゃない日常
書籍版1巻が11/15に発売です!
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2018/10/10にこちらの作品は第二巻が発売されております!
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