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73.年甲斐もなく

 森を歩くモーゼフの後ろを、エリシアが付いてくる。

 常に周囲は警戒しているようだった。

 モーゼフとは付かず離れずという距離を保っている状態だ。

 昨日、エリシアと話してからは微妙な雰囲気が続いている。


(ふむ、こういうときに何と言えばいいんじゃろうなぁ)


 モーゼフにも分かる事と分からない事がある。

 年頃の女の子の扱いというのは、実のところモーゼフがあまり得意としない分野だった。

 話して納得させるというのは何より難しいものである。

 それも、ただ我儘を言っているというわけではなく、エリシアはモーゼフの役に立ちたいと考えている。

 当然、それが嬉しくないわけではない。

 けれど、モーゼフとしては無理をしてほしいとは思うところではなかった。


(そうじゃのぅ、それをそのまま伝えればよいか)

「エリシア」

「はい――あっ」

「おっと、大丈夫かのぅ」


 モーゼフがそう考えたところで、エリシアが木の根に足を取られる。

 転びそうになったところをモーゼフが支えた。

 エリシアにしては珍しい事だった。


「あ、ありがとうございます」

「いやいや、怪我がなくて何よりじゃ」


 モーゼフがそう答えると、エリシアは両手の指を合わせて何か言いたげな表情をしていた。

 考え事をしていたから、足元にも注意がいかなかったのだろう。

 モーゼフはエリシアに問いかける。


「どうしたんじゃ」

「……その、ごめんなさい」

「んん?」


 エリシアが不意にまた謝ってきた。

 やはり昨日の事を気にしていたらしい。

 モーゼフから切り出すつもりだったが、エリシアの話を聞く事にする。


「モーゼフ様に守られている立場だというのに、役に立ちたいなんて我儘を言って……」

「ああ、その事か。言ったじゃろう、その気持ちだけでも嬉しいものだと」


 モーゼフは片膝立ちになる。

 ナリアの姉といっても、エリシアも年齢的にはまだ子供だ。

 華奢な身体でよく頑張っていると言える。

 モーゼフはエリシアに向かい合って話を始める。

 エリシアには嘘をつかず、本当の事を話すのが一番だと考えた。


「わしはお前さん達のために力を使うと決めた――それなのに、吸血鬼と戦う事を選んだのはわしの我儘なんじゃよ。今、こうしてここにいるのもな」

「モーゼフ様の……?」

「うむ。わしはお前さんと、そしてナリアと一緒にいられるだけで幸せだと思っているからの」

「私も同じ、です」


 俯きながら答えるエリシアの頭を撫でる。

 そこでようやく見せてくれたのは笑顔だった。


「ほっほっ、いずれお前さんが強くなったときに、わしを助けてくれるといいの」

「私は強くなれるでしょうか?」

「ああ、お前さんは強い気持ちを持っておるからの。どんな形であれ、きっと強くなれる。ただし、力というのは正しく使ってこそじゃ」

「正しく……はい、肝に銘じておきます」


 エリシアが力強く頷いた。

 エリシアがナリアを思う気持ちは誰よりも強い。

 エシリアのこれからの成長が楽しみだった。


「そういうわけで――たまにはこういうレベルの相手との戦いを見学しておくのもいいじゃろう」

「あっ……い、いつの間に……!?」


 エリシアも気が付いたようだ。

 モーゼフの背後に、黒い鱗のような皮で覆われた魔物がいた。

 蛇のようにしなやかで長い身体を持ち、それを四本の手足で支えている。

 四本の大きな牙が見え、目は黒い宝石のようだった。

 サーペント・ファング――《蛇狼種》という珍しいタイプの魔物であり、それほど大きくない姿とは裏腹に、圧倒的な強さを誇る魔物である。

 エリシアの周囲を覆うように、木の根が出現する。

 さらに、そこから薄い壁のようなものが周囲を覆う。

 二重結界――エリシアには一切の攻撃が届く事はない。


「都では大きな魔法は使えんのでな。調整の練習相手になってもらうぞ」

「シャアアアッ」


 サーペント・ファングが地面を蹴る。

 モーゼフへと跳びかかるが、それを見越していたかのようにモーゼフは右手で合図をする。

 地面が盛り上がり、鋭く尖った岩壁が出現した。

 確実に当たる距離だと思われたが、サーペント・ファングは空中で身体を器用にくねらせると、モーゼフの攻撃を回避する。

 まるで攻撃を受ける事が分かっていたかのような反応だった。


「いい反応じゃ」

「モーゼフ様っ」


 エリシアの声が響く。

 モーゼフはちらりとエリシアの方を向くと、大丈夫だと合図を送る。

 今度は地面を這うように移動するサーペント・ファング。

 モーゼフは次々と木の根を操り、その動きを止めようとする。

 だが、それは悉く回避される。


(なるほど、魔力を感知しているわけじゃの)


 魔法を使うには、必ずそこに魔力が必要となる。

 その魔力を感知しているからこそ、どこから攻撃が来るかも分かるのだろう。

 尋常ではない速度で、モーゼフの前までやってくると、鋭い牙が向けられる。

 大きく開いた顎と牙は大岩をも砕く――だが、その牙がモーゼフに届く事はなかった。

 キィンという乾いた音とともに、牙が一つ吹き飛ぶ。

 サーペント・ファングが咄嗟に後方へと跳んだ。

 モーゼフの掌には、小さく輝く光があった。

 小爆発を起こす魔法――《ミニアム・コア》。

 火属性の魔法で範囲は非常に狭いが、威力はそれなりに高い。

 同時に発動も早く、モーゼフは攻撃を受ける瞬間にそれを牙へと当てたのだった。


「こういう手合いはカウンターが一番決まりやすいと言える。覚えておくといい」


 エリシアは無言で頷いていた。

 モーゼフの戦いを目の前で見せられて、エリシアは言葉が出ないという様子だった。

 以前は吸血鬼――ウィンガルとの戦いでもモーゼフは力を見せている。

 だが、あの時は互いに避けるつもりなどはほとんどない不死に近い者同士の戦いだ。

 ――今回は違う。

 牙一つを失っただけでも、サーペント・ファングは戦意を失いはしない。

 だが、分が悪いと判断したのだろう。

 後方へと駆けようと身体を反転させたところで、


「逃がさんよ」


 ドンッ――という大きな音とともに、ドーム状に周囲の土が盛り上がり、壁を作り出す。

 それに近づけば、岩壁が針のように鋭くなる。

 サーペント・ファングの退路は塞がれた。


「ほっほっ、罠も有効な手段の一つじゃな」

「す、すごい……」


 エリシアがそう呟く。

 シンプルな感想だったが、モーゼフはそれを聞いて頷く。


「わしもこうなるまでには修行をしたからのぅ。一朝一夕ではこうはならんよ」


 そう言いながら、モーゼフの下へと木の根が集まっていく。

 そこから出現したのは一本の剣――ユースとの戦いで使用したものだった。

 エリシアにも、剣での戦いはすでに見せている。

 だが、あの時は守るためのものだった。


「やはり都で戦う可能性を考えると、剣も必要じゃな」

「キシャアアアッ!」


 身体をくねらせながら、サーペント・ファングがモーゼフへと襲い掛かる。

 牙を吹き飛ばされた事への警戒心は十分にあるのだろう。

 長い身体を生かした尾の攻撃を仕掛けるふりをして、実際には牙による致命打を狙った攻撃を仕掛ける。

 だが、フェイントをかけたときにはすでにモーゼフはその場にはいなかった。


「――!?」


 サーペント・ファングがすぐに周囲を確認しようとして首を動かしたとき、その首がぐるりと回転する。

 そのまま回転しながら首が地面へと転がった。

 すでにモーゼフが剣で首を落としていた。


「ほっほっ、速さで勝てると思うたのが間違いじゃ」


 ヒュンッと剣を振るい、血を振り払う。

 この戦いはモーゼフの勝利に終わった。

 エリシアの方へと戻り、結界を解除する。

 唖然とするエリシアに、モーゼフはいつもの調子で話しかけた。


「どうじゃった?」


 かっこよかったか? というような意味合いで尋ねたところ、エリシアは少しの沈黙のあと、言いにくそうな表情をして言った。


「その、ほとんど見えなかった、です」

「おお?」


 ズルッとモーゼフの首が驚きで落ちる。

 最後は格好つけたつもりだったが、目に追えないほど気合を入れてしまったとは思ってもいなかった。

 老人の姿に戻ると、モーゼフは笑いながら反省する姿を見せる。


「ほっほっ、年甲斐もなくはしゃいでしまったかのぅ。そろそろ戻るとしようか」

「……はいっ。次は絶対、見えるようにがんばりますっ」


 エリシアの言葉を聞いて、モーゼフは笑顔で頷く。

 こうして、いつも通りの二人に戻っていったのだった。

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