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72.狩る者

 王都を出てから徒歩で数十分のところにあるのは《エルバハの森》と呼ばれている場所だった。

 広大な森の中には多くの種類の魔物が存在しており、素材集めには最適だ。

 同時に色々な危険の伴う場所でもある。

 王都からそれほど離れていないだけで、王都の方面にも魔物がやってくる事があるのだ。

 そのため、この近辺には常に腕の立つ冒険者が滞在しているという。

 モーゼフとエリシアは、そんなエルバハの森に来ていた。

 エリシアとモーゼフはどちらも冒険者としては最低のランクであるブロンズの『三』であるが、ここにいる魔物達はシルバー相当が多い。

 今回モーゼフがここを選んだ事には理由がある。


「エリシア、今回は格上の相手と戦ってもらおうと思う」

「格上……」


 エリシアの実力だけで言えば、そこらの魔物には後れを取らないとモーゼフは思っている。

 だから、今回はモーゼフが選定した魔物と戦ってもらう。


「以前は弱点を突くか、より高い攻撃力で相手を倒すという事を教えたの」

「はい。どちらもまだまだですが……」

「ほっほっ、それでもよい。今回は、弱点を突かなければならない状況という事にしよう」

「突かないといけない、ですか?」

「うむ。早い話――自身より格上の相手を倒すには弱点を突く方法が最も効果的じゃ」


 モーゼフは歩きながら、ある魔物を発見する。


「ちょうどよいところにおったの」

「あれは……」


 そこにいたのは液状の魔物――スライムだった。

 動きは鈍いが再生力を持ち、獲物を溶かしながら捕食する事で有名な魔物だ。

 大人ならば苦戦するような相手ではないが、子供達が火傷による被害を被る事もある。

 モーゼフはスライムに対して、小さな火の魔法を放つ。


「これはエリシア、お前さんが放つ魔法と同じ程度の威力の魔法じゃ」


 モーゼフの言葉を聞いて、エリシアは頷きながらその動向を見守る。

 ふよふよと移動した火はやがて、スライムに接触すると音を立てながら水蒸気を発生させる。

 その勢いはスライムを消失させるかと思ったが、


「あっ……」


 エシリアが驚いていた。

 ジュワッという音を最後に、火は簡単に消えてしまったからだ。

 スライムにもさほどダメージがあるように見えない。

 エリシアが火属性を使った場合には、スライムを倒せないという事になる。

 ただ、モーゼフが見せたいものはその事ではない。


「では、同じ威力で氷の魔法を使ってみよう」


 今度精製したのは小さな氷の玉。

 モーゼフはスライムにそれを飛ばす。

 氷の玉がスライムに当たったかと思うと、今度はそこからスライムの身体が凍り始めた。

 みるみるうちにスライムの動きを封じたかと思えば、そのまま全身を凍らせてしまう。

 モーゼフが指を鳴らすと、スライムは砕け散った。


「すごい……」

「ほっほっ、これが弱点を突くという事じゃ。スライムに火の魔法は効きにくいが、氷の魔法は通りやすい。さらに言えば、ただ当てるではなく凍らせるという事が有効じゃの」

「魔法の使い方も考える、という事でしょうか?」

「うむ、その通りじゃ」


 ちらりと目をやると、もう一体スライムが出てきていた。

 モーゼフは大きな火の玉を作り出すと、それをスライムへと飛ばす。

 スライムに接触すると大きな音を立てながら、大きな火柱が上がった。


「わっ」

「ほほっ、このように威力をあげれば、スライムを倒す事もできるんじゃよ」


 そこにスライムの姿はなく、全てが蒸発してしまったらしい。

 エリシアもそれを見て納得したように頷いていた。


「私は大きな力を使えませんから、弱点を突くのが有効なんですね」

「そういう事になるの。しかし、これはあくまで例えじゃ。スライムは分かりやすい例であったが、実際には相対する魔物によって戦い方はまるで違う」


 二人は再び、森の中を歩き始める。

 今回ターゲットとしているのは《オーク・グリズリー》という魔物だった。

 大きな身体を持ち、凶暴な性格の魔物だ。

 主食はハチミツであり、蜂が集まる場所にそいつはいる。

 モーゼフ達は草をかき分けながら進んでいくと、そこに蜂の巣はあった。

 その下――様子をうかがうように上を見ていたのは、オーク・グリズリーだった。


「うむ、いたようじゃの」

「あれが……」


 エリシアは息をのむ。

 体長はゆうに二メートルは超えている。

 鋭い爪に牙を持ち、手足はとても太い。

 ただ殴られただけでも、エリシアでは大けがで済めばいい方だと感じてしまった。

 エリシアの弓を持つ手が少し震える。


「少なくとも、今のお前さんではまともに戦っては手に追えない相手かもしれんのぅ。それでも、やってみるか?」

「……はい、やります」


 モーゼフの問いかけに、エリシアは頷いた。

 少し躊躇ったように見えていたが、エリシアなら断る事はないとモーゼフは思っていた。

 今のエリシアは少し焦っている。

 昨日話をした件もあるのだろう。

 けれど、モーゼフはいつも通り接する事にしていた。

 だから、モーゼフは優しくエリシアの頭を撫でる。


「前から言っておるが、お前さんはちと焦りすぎじゃ」

「私が、ですか?」

「うむ。もう少し悩んで答えてもよかったんじゃよ」

「……いえ、少しでも強くなれるのなら」

「それで命を落としたらどうなる」

「それは……」

「お前さんの命は、お前さんのものだけではない。ナリアの事を忘れてはならんよ」

「わ、私はナリアの事を忘れてなんかいません!」


 珍しく、エリシアがそう語気を強めた。

 すぐにハッとした表情を浮かべると、「ごめんなさい」とモーゼフに謝罪する。

 モーゼフは変わらない笑顔で答える。


「よいよい、今のはわしが悪かった。お前さんの気持ちは分かった。やってみなさい」

「……はい」


 モーゼフの言葉を聞いて、エリシアは弓を構える。

 ちょうど、オーク・グリズリーは蜂の巣を刺激してハチミツを手に入れようとしているところだった。

 エリシアがどこを狙うか迷っているように見えた。

 実際のところ、毛深いオーク・グリズリーはどこを狙うかというと難しいところではある。

 下手なところを狙えば怒り狂って暴れ始めてしまうかもしれない。

 それを踏まえた上でエリシアが狙ったのは――


「グゥオオオオオ!」


 攻撃を受けたオーク・グリズリーが雄叫びをあげた。

 エリシアが狙ったのは足の部分――人間でいうふくらはぎのあたりだった。

 突然の攻撃に動揺したオーク・グリズリーは大きな手を振りまわす。

 だが、周辺には何もいない。

 エリシアは一度の攻撃から連続で攻撃する事はなかった。

 あくまで冷静に、相手の動きをみようというところだろう。


(ふむ、やるのぅ)


 モーゼフも感心していた。

 狩人としてのエリシアがそこにいる。

 モーゼフの話を聞いて、確実に勝てる方法を選んだのだ。

 暴れるオーク・グリズリーをよく見ると、額に大きな傷があった。

 エリシアもそれを見逃さなかったようだ。

 すかさず弓を構えると、エリシアはその傷を狙って矢を放つ。


「ガラァアッ!」


 額を貫かれたオーク・グリズリーはさらに怯んだ。

 だが、まだ致命傷には至っていない。

 エリシアが再び矢を放とうとしたとき、オーク・グリズリーがエリシアに気付いた。


「っ!」


 その巨体ながらも、動きは非常に早い。

 木々をかき分けながら、エリシアに向かってオーク・グリズリーは突進をする。

 かろうじて、エリシアは横に跳んでその攻撃を回避した。

 モーゼフは少し離れたところでその動向を見守る。

 弓矢を扱うエリシアは、そもそも近接戦闘には向かない。

 身体能力は高いとはいえ、離れた場所から狙えない状態で戦うのは不利に思われる。

 だが、エリシアはすぐに態勢を立て直すと、再び矢を放った。

 オーク・グリズリーの脇腹あたりに突き刺さる。

 オーク・グリズリーは雄叫びをあげながら大きな腕を振り下ろした。

 それをエリシアは回避する。


(よく見ておる)


 エリシアは相手がどう動くかを判断して回避、攻撃に転じていた。

 以前から魔物を狩っていたエリシア特有のものだろう。

 弱かろうが強かろうが関係ない。

 その骨格を見れば、ある程度の動きは判断できるという事だ。

 だが――


「っ!」


 回避したエリシアが弓を構えたとき、オーク・グリズリーがなぎ払うように動かした巨腕がエリシアに迫っていた。

 学習するのは人間だけではない。

 素早いエリシアの動きに対応するように、わざと回避しやすい攻撃をしていたのだ。

 本命はもう片方――なぎ払うような動きは当てれば動きを止められると判断したからだろう。

 エリシアはさらに身体を捻らせて、後方へと跳ぶ。

 かろうじてその腕の攻撃を回避するが、


「……っ!」


 完全に態勢を崩した。

 次の攻撃は避けられない――それでも、とエリシアが矢を構える。

 すでに眼前に、オーク・グリズリーの腕が迫っていた。


「うむ、最後まであきらめない姿勢は見事じゃ」


 その言葉と同時に、地面から現れた壁がエリシアを守る。

 モーゼフの魔法だった。

 エリシアの背後に立つと、その身体を支えるように立たせる。


「はっ、はっ」


 エリシアはすぐに話せるような状態ではなかった。

 短い戦闘だったが、息を切らしてモーゼフの方をかろうじて見上げる程度だった。

 

「だが、まだ少し早かったようじゃの」

「ごめん、なさい」


 絞り出すように出たのは謝罪。

 モーゼフは首を横に振る。


「これも修行じゃ。こいつは実のところ、ゴールドの冒険者が戦うレベルの相手なんじゃよ。その相手にお前さんはよくやった」

「は、いっ」

「グオオオオオオッ」


 オーク・グリズリーはそのまま、モーゼフの作り出した壁を破壊しようとする。

 その身体の動きをとめるように周囲から木の根が出現し、オーク・グリズリーを縛り上げた。


「ガ、ゴッ」


 ミシリッという音とともに、オーク・グリズリーを締め上げる。

 数秒としないうちに、動く事はなくなった。


「さて、対象の討伐は完了した」

「……はい」


 いつもの事だが、こうしてモーゼフが援護をして終わるとエリシアの表情は少し暗くなる。

 勝てなくても当たり前の相手と戦わせたとしてもだが、モーゼフはその点については強く言うつもりはなかった。

 エリシアの息が整ったところで、モーゼフが再び歩き出す。

 それは、王都とは逆の方向だった。


「あの、モーゼフ様」

「ん、どうした」

「いえ、そちらは王都の方角では……」

「ほっほっ、対象の討伐は完了したがのぅ。次はわしに付き合ってくれんかの?」


 モーゼフの言葉を聞いて、エリシアも理解したようだった。

 ここに来る前、依頼を受ける際に絶対に向かうなと言われた場所がある。

 オリハルコンの冒険者ですら手を焼く魔物――《サーペント・ファング》が出現したという話があったからだ。


「ですが、その魔物は……」

「なに、ちょっとしたウォーミングアップというものじゃ。それに、たまにはわしも見せておこうと思ってのぅ」


 モーゼフの姿は老人の姿から、骸骨の姿へと変貌する。

 口調は変わらないが、モーゼフが本気である事はエリシアにも伝わったようだった。


「さて、狩りの時間といこうかの」


 モーゼフは森の奥を見据えて、そう言い放ったのだった。

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