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71.動物ごっこ

 ヴォルボラは宿のベッドの上に身体を丸めるように寝転がっていた。

 この寝方はドラゴンの姿のときの癖だ。

 エリシアとモーゼフはここでも冒険者としての仕事をするという事で、今日は外に出ていた。

 ヴォルボラもエリシアについていたいという気持ちもあったが、ナリアの事もありヴォルボラは残る事にした。

 吸血鬼達がいつ行動を起こすかは分からないが、少なくとも目立つ時間には行動を起こさないようだ。

 宿の周辺にはモーゼフが作り出した結界がある。

 少なくとも、ここの一帯はモーゼフが管理する領域となっている。

 下手な場所よりも安全だという事はヴォルボラにもよく分かってはいた。


(後はいつ仕掛けてくるか、だな)


 はっきり言ってしまえば、ドラゴンであるヴォルボラは吸血鬼に遅れを取るような事はないと考えている。

 だが、人型の状態でのヴォルボラの力はドラゴンの姿よりもかなり落ちている。

 元々、ドラゴンという種族はその大きさも強さのうちに含まれる。

 サイズ差という有利は存在しない状態において、戦う事になるかもしれないのは初めてだった。


(まあ、どのみちやる事は変わらないか)


 吸血鬼はかつてエリシアとナリアを襲った事もある存在だ。

 その話は過去にモーゼフから聞いていた。

 ヴォルボラからすれば、それだけも敵対するには理由になる。

 王都に吸血鬼がいると言われても、ヴォルボラには関係のない事だ。

 エリシアとナリア――二人が安全に過ごせるようにする事が目的だった。


(元々、こんなところに来なければ吸血鬼なども関係のない事だったのだがな……)


 そうは思いながらも、ヴォルボラはエリシアが王都に来てから楽しんでいる事はよく分かっている。

 それならば、いつでも来られるようにしておく事の方がヴォルボラには重要だった。

 楽しそうにしているエリシアの姿を思い出すと、ヴォルボラの尻尾がふいっと動き始めた。

 その尻尾を、不意にナリアが掴む。


「えいっ」

「……」


 先ほどまでは窓の外を眺めたり、赤い石に何か話しかけたりしていたが、気がつくとヴォルボラの尻尾で遊び始めていた。

 動く尻尾をぎゅっと握ると、自然と動くヴォルボラの尻尾は反応してナリアの手をぶんぶんと動かす。

 それが面白いのかどうかは定かではないが、


「あははっ、ゆれるーっ」


 ベッドのバネも利用して、ナリアは跳ねて喜んでいた。

 実際面白いと思っているのだろう。

 ナリア自身の力は弱く、全力で握っていてもヴォルボラには影響はない。

 特に気にもしていなかったが、むにむにと何度も尻尾を握られていると、ヴォルボラも落ち着かなくなってくる。

 ヴォルボラはちらりとナリアの方を振り返る。


「……何をしている」

「あ、おきた!」

「元々起きていたが……」

「そうなの? じゃあ一緒にあそぼっ」


 何が「じゃあ」なのか分からないが、ナリアはそう言った。

 ナリアはエリシアとモーゼフの言う事を聞いて部屋の中で遊んでいる。

 少し目を離せばどこにでも行ってしまいそうだが、意外ときちんとしていた。

 ただ、実際にナリアの遊び相手となると同年代の女の子かエリシアやモーゼフとなる。

 ヴォルボラが部屋でやってやれる事があるとはあまり思えなかった。


「我にできる事はないが」

「できるよっ! できるあそびがあるもん」

「なんだ」

「お馬さんごっこ!」


 ぴくりとヴォルボラの眉が動く。

 思えば、王都に来る途中も馬を見てはしゃいでいた。

 きっとそれの影響なのかもしれないが、


(この我に馬になれという事か)


 ヴォルボラはそう理解する。

 ドラゴンであるヴォルボラも、今は人の姿をしている。

 ――とはいえ、ドラゴンという種族である事を忘れてはいない。

 それを、この小さなエルフの少女は馬として扱おうとしている。

 ヴォルボラは少しだけ楽しそうに笑った。


「ふっ、中々面白い事を言うじゃないか」

「だめ?」

「いや、いいだろう。だがな――」


 ヴォルボラは頷いて、身体をゆっくりと起こす。

 同じ四足の生物ではあるが、馬と竜では骨格も何もかも違う。

 それでも、ヴォルボラは考えを巡らせてどういうポーズを取ればいいかを考える。

 四つん這いの膝立ちではなく、しっかりと掌と足の裏をつけた状態――それが完璧なお馬さんごっこの状態だと。


(よし)

「お前に我が乗りこなせ――」

「乗っていいよ!」


 気がつくと、ベッドの脇に降りていたナリアが自信満々な表情を浮かべてヴォルボラを見ていた。

 しっかり膝立ちの四つん這い――馬というかサイズ的には犬とかそういうレベルのものがそこにはあった。


「お前が馬側なのか……」

「うんっ、それとも狼さんの方がいい?」

「いや、どちらでも構わないが……普通は上に乗るんじゃないのか?」

「上?」


 ナリアは首をかしげる。

 どうやら別にそういう事をしたいわけではないらしい。


「わたしはいま、お馬さんの気分なの」

「気分の問題か。まあ我は構わないが」

「じゃあきてっ」


 ヴォルボラはベッドから降りると、馬になりきったナリアを見る。

 ふふん、と得意げな顔をしているナリアだが、そのサイズは本当に小さい。

 ヴォルボラがそのまま乗ってしまうとぺたんと潰れてしまいそうだった。


(どうしたものか……)


 ヴォルボラは一瞬迷ったが、とっさの判断で思いついた事を実行する。

 ヴォルボラ自身も膝立ちになって、ナリアに覆いかぶさるような形を取った。

 これならばナリアに体重がかかる事もないし、一応乗っている事に変わりはない。


(完璧だな)

「乗った?」

「乗った」

「よしっ、しゅっぱーつ」


 やはりナリアも気にする様子はない。

 トコトコと動き始めたナリアは合わせてヴォルボラも動く。

 部屋に二人で、四つん這いで動くナリアとヴォルボラ。


(何をしているんだ、これ)


 とてもシュールな事をしていると気付いたヴォルボラ。

 だが、ナリアは気にせず楽しそうにしているので、あまり考えないようにした。


「ひーんっ」

「ひひーん、じゃないか?」

「うん? モーゼフのお馬さんはこんなかんじだったよ?」

「そうなのか」


 鳴き声など別に気にもしていなかった。

 しばらくそんな遊びを続けていたが、ナリアはなかなか飽きるという事がない。

 ふと、ヴォルボラは思い立ったようにある提案をする。


「ナリア、他の動物になるというのはどうだ」

「ほかの?」


 ナリアがぴたりと動きを止めて、ヴォルボラの方に向き直る。


「さっき狼でもいいと言っていただろう」

「うん。ヴォルボラはお馬さん以外がいいの?」

「何でもいいが……そうだな。たとえば犬とか」

「わんわん? わかった」


 狼のような牙や爪どころか、眼光もないナリアなら子犬程度で丁度いいだろう。

 同じように四つん這いの格好のまま、ナリアは犬の真似をする。


「わんっ」

「お手」

「わんっ!」

「!」

(これは……)


 ヴォルボラが手を差し出すと、ナリアは元気よく手の上に顔を乗せてきた。

 ナリアはエシリアによく似ているが、性格はまるで違う。

 それでも、二人が姉妹だという事はヴォルボラにもよく分かる。

 幼いとはいえ、エリシアに似た姿でエリシアが絶対にやらない事を平気でやってのけるナリアだった。

 そのまま喉を優しく撫でると、「んっ」とくすぐったそうにしながらも犬の真似は続けていた。

 なかなかに気合いが入っていると同時に、


(悪くないな……)


 ヴォルボラの尻尾が大きく揺れる。

 どちらかと言えば犬のようになっているのはヴォルボラの方だったが、そんな事は気にしない。

 二人の動物ごっこは、エリシア達が帰ってくるまで続くのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「お馬さんごっこ!」 [一言] …盲点でした。ナリアとヴォルボラ様、尊い。
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