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70.伝えたい事

 夕方頃、二人の男を下したモーゼフはエリシア達と合流していた。

 ユースは息を荒くしながらも何とか歩いて帰っていた。

 グロウもかろうじて立っていられるという状態だ。

 どちらも熱さに対してはかなりの根性があり、正直このままでは今日中に決着がつかないかと思われた。

 だから、モーゼフはサウナ自体の温度を上げた。

 超高温の部屋の中に、それでも数十分以上いた二人には敬意を表する。


(まあ、わしとその方面で戦うのは無謀というものじゃの)


 もちろん、ただサウナで争っていたわけではない。

 これからの行動指針についての話し合いも行われた。

 結論から言ってしまえば、モーゼフがヴォルボラに依頼していたという事を説明したが、それが上手くいった形になる。

 ヴォルボラと合流する時に聞いた男――それが三人目の吸血鬼なのだろう。

 ヴォルボラが一人で行動する時、高い魔力を垂れ流しているような状態で非常に目立つ。

 その場では何もしてこなかったという事だが、ヴォルボラの事を間違いなく気にしているだろう。

 そして、一度その魔力を覚えたのなら、近いうちにやってくるはずだ。


「では、またお会いしましょう」

「はい……えっと、お身体にはお気を付けてください」

「ええ、大丈夫ですとも」


 フィールが支えるような格好でグロウを連れている。

 一応、教会まではモーゼフ達も同行した。

 グロウがこの状態になったとも、勝負を挑まれたとはいえモーゼフに責任がある事は否めないからだ。


「すまんのぅ。やりすぎてしまったようじゃ」

「いえ……グロウから言い出したのでしょうし」

「……今度こそ完全に負けた、ぜ」


 何とかそれだけ口にすると、グロウは再び項垂れた。

 完全にグロッキーな状態だ。

 フィールはため息をつきながらも、グロウを支えて教会の中へと戻っていった。


「ばいばーいっ」


 そんな二人を、ナリアが手を振って見送る。

 少しだけ沈み始めた夕陽が、オレンジ色に都を照らし始めていた。


「今日はどうじゃった?」

「はい、色んなところを周れました」

「たのしかったよっ」

「ほっほっ、それは良かったのぅ」


 エリシアもナリアも、満足げな表情をしていた。

 フィールと周れたところは数十カ所という事だったが、それでも十分なくらいだろう。

 王都を一日で全て周り切る事は正直言って難しいというか無理な話だ。

 観光ならまた別の日にもできる。

 モーゼフ達は宿に戻ると、それぞれの部屋に分かれた。

 そうは言っても、モーゼフの一人部屋に対していつものようにヴォルボラを含めたエルフの姉妹の三人部屋という組み合わせだ。

 ナリアは一緒に寝たがるし、エリシアもいつものように少し恥ずかしそうにしているが嫌がりはしない。

 それでも、モーゼフは一応部屋を分ける事にしていた。


「さて、ヴォルボラの話を聞く限りでは妹がいると言っておったな……」


 他愛ない話の中、嘘かどうかも分からないが、少なくとも複数吸血鬼がいる可能性を考えて行動している。

 ヴォルボラの前に現れた男が吸血鬼だとすれば、その妹も吸血鬼という事になる。

 計算としては二人になるところだ。


「ふむ、妹が二人という可能性もあるか。念のため準備をしておく必要はあるかの」


 モーゼフはしばし考え込むと、やがてゆっくりと椅子から立ち上がる。

 そのタイミングで、ドアがノックされた。


「あの、今よろしいでしょうか」

「エリシアか。構わんぞ」


 ガチャリと部屋を開いてやってきたのは風呂に入ったばかりのエリシアだった。

 銀色の髪を後ろで結って、宿が提供しているゆったりした服を着ている。

 少しサイズが大きいのではないか、と思わなくもないがそういうものらしい。

 いわゆるローブに近いようなものだとモーゼフは解釈した。

 モーゼフは再び席に座ると、エリシアに正面に座るように促す。

 エリシアは頷いて、そのままモーゼフの前に座った。

 少し落ち着かない様子なのは、モーゼフから話があると言っていたからだろう。


「わしの話を聞きに来た、という事じゃな?」

「そうです。やっぱり、ずっと気になっていたので……」

「ほっほっ、そうじゃのぅ。気がかりな言い方をしてしまったわい。言われた方はそういうのは気になってしまうからの」


 モーゼフはそう言いながら、懐から一つの瓶を取り出す。


「まずはこれでも食べて落ち着きなさい」

「えっと、これは?」

「《ネツの実》じゃ。熟成させると酸味が強くでるが、精神を落ち着かせる作用がある。いわゆる薬草の一種じゃな」

「いただきます」


 エリシアが一つ取り出すと、それを口に頬張る。

 そのとき、エリシアの動きが一瞬止まった。

 そして、すぐに口元を押さえて俯く。

 よほど酸っぱかったらしい。


「こ、これ、ちょっと酸っぱすぎます……」

「そういうものじゃからの。少しすると口の中がスーっとしてくるじゃろう」

「そ、そうなんですか……? あ、でも確かに気持ちいい感じがします」


 少しだけ涙目になったエリシアだったが、やがて落ち着いた様子になった。

 モーゼフはそれを見て、本題を切り出す。


「わしが王都に来た理由は、ユースに頼まれたからじゃ。それは知っておるの?」

「はい、何を頼まれたのかは分からないですけど……」

「ただ、何となくは察しておるのじゃろう。わしも隠してはおらんからな」

「……吸血鬼、ですか?」


 馬車の中でもきっと、エリシアの耳には届いていただろう。

 モーゼフが王都に来たのは、王都で起こる事件を解決する手伝いをするためだ。

 モーゼフはエリシアの言葉に頷いて答える。


「そうじゃ。断定はできんが、おそらく複数体の吸血鬼がいる」

「ふ、複数……? 大丈夫なんですか?」


 エリシアの表情が少しだけ怯えたようになる。

 以前、エリシアは吸血鬼に襲われた事がある。

 何より、ナリアが襲われた事がトラウマになってしまっているのかもしれない。

 モーゼフはそれを踏まえて、話を続けた。


「心配せんでいい。わしが伝えたかった事はのぅ。仮に何が起こったとしてもお前さん達は必ず守るという事じゃ」

「私達を……?」

「うむ。ヴォルボラやユース、フィールやグロウはそれぞれ吸血鬼と戦うために協力をしている。もちろん、彼らも含めてわしは守るつもりじゃが、お前さん達の事を何より大事にしているつもりじゃ」

「フィールさんも……」


 モーゼフの話を、エリシアは真剣に聞いていた。

 モーゼフが思っている事をこうして伝えるときはそれだけの事があると、エリシアも感じているのだろう。


「だから、お前さんは――」

「私には、何もできないんでしょうか」


 モーゼフの言葉を遮るように、エリシアはそう言った。

 それはモーゼフが予想をしていなかった言葉だった。

 その手は少し震えている。


「お前さんが無理をする必要はない」

「私は、モーゼフ様がいなければナリアを守り切ることもできなかったのは分かっています……。それでも、私がモーゼフ様の事を心配してはいけませんか?」

「――わしを?」


 モーゼフが心配しなくてもいいと伝えたのは、二人の身は必ず守るという誓いのつもりだった。

 エリシアが言いたい事も、モーゼフには分かる。


「……ごめんなさい。私には、何もできない事は分かっています。モーゼフ様が、何をしようとしているか話してくださっただけでもありがたい事だと思っています。でも、何かしたいんです」

「エリシア、お前さんの気持ちはよく分かる。だが、これは積極的に関わるような話ではない。むしろ、お前さん達が巻き込まれてしまう可能性がある事を危惧しておる」

「……はい」


 エリシアはまだ納得しないような表情だったが、それでも頷いた。

 モーゼフに対してこれ以上、我儘を言うような事はしたくないのだろう。

 非情な事だが、何かしたいというエリシアの気持ちには答えられない。

 吸血鬼という相手はそれだけ強大だからだ。


「エリシア、お前さんがわしを心配してくれるというのはとてもありがたい話じゃ。なぜなら、わしを心配するような者はほとんどおらんからの」

「……え?」

「ほっほっ、強さとは単純に相手をねじ伏せるだけではないという事じゃよ。お前さんはどんな相手にでも立ち向かおうとする勇気を持っておる。その気持ちを大事にしなさい」


 モーゼフがそう言うと、エリシアは静かに頷いた。

 そうして、しばしの沈黙の後にエリシアは立ち上がる。


「話してくださって、ありがとうございました」

「明日はここで依頼を受けて狩りに行ってみようと思うが、どうする?」

「はい、ご一緒します」


 次に答えたときには、いつものエリシアに戻っていた。

 それでも、モーゼフには分かる。

 エリシアはきっと、無理をしようとするだろう。

 だから、しばらくはしっかりと見ていよう、と。

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