7.流れていく時間と骨
旅に出てから二日目――三人は川で休憩をしていた。
ナリアが川遊びをしたいと言い始めたのが始まりだ。
エリシアはそんなことをしている暇はないという様子だったが、エリシア自身にも息抜きは必要だとモーゼフは判断した。
「モーゼフ! モーゼフもはいろうよ!」
「あ、あの……私も気にしない、ですから」
川に入る上で二人は全裸だった。
モーゼフももう老体を通り越して死体となっているが、仮にも人だった身。
気を利かして二人の姿を見ないようにしていた。
「ほっほっ、二人で遊ぶといい。老体はここで休憩じゃ」
「えぇ! モーゼフもあそぼーよ!」
「こら、モーゼフ様を困らせてはだめよ」
水浴びをしている二人に対し、モーゼフは周辺を見張っていた。
まだエリシアはモーゼフといても緊張している。
無理もない――モーゼフの見た目からしても、雰囲気だけはかつて出会ったモーゼフを思わせるが、リッチであることには変わらないのだから。
そんなエリシアもナリアと一緒にいると和むということは分かる。
ナリアはモーゼフによく懐き、こうして川遊びにも一緒に誘うくらいだ。
(エリシアもレディじゃからな。扱いには気をつけんと)
ほっほっ、とまたモーゼフは笑う。
一人でいると、時の流れはゆったりと感じられた。
新たにやるべきことを見つけた。
こうして、今は川で無邪気に遊ぶエルフの姉妹を守るということだ。
大賢者と呼ばれた頃は大勢の人を救ったこともある。
それに比べればとても小さなことと言われるかもしれない。
けれど、モーゼフにとって誰かを守ることに大小は存在しない。
死してもなお、朽ちてもなおこの身体が動くというのならば、それはきっと役割があるということなのだろう。
死ぬ前にエリシアに出会ったのは運命だったのかもしれない。
そして、死んでからナリアに出会ったのは運命だったのだろう。
モーゼフの役割は、このエルフの姉妹に今の時間を幸せだと感じているのなら、それをずっと感じてもらうことだ。
(大賢者と呼ばれて一人身だったわしに二人も孫のような存在ができて――幸せだと感じているのはわしの方かもしれんの)
喜ぶナリアの姿はモーゼフにとっても嬉しい。
エリシアはまだどこかよそよそしいところはあるが、それでもモーゼフには旅の同行を頼む程度には信頼してくれている。
もっと頼ってくれてもいいとは思うが、それはエリシアの性格が許さないのだろう。
もしモーゼフがいなくなったら――そんな考えもあるのかもしれない。
(そうじゃなあ。いつまでリッチとして動けるか分からんが、エリシアに遺せるものがあるとすれば……)
賢者としての魔法の知識。
彼女が一人前の冒険者として生きていくための力を与えてやることだろう。
そんな風に、モーゼフが真面目なことを考えていると、
「モーゼフ!」
ナリアが裸のままこちらへとやってきた。
モーゼフはナリアの頭を撫でてやる。
後ろから、頬を赤く染めたエリシアもやってきた。
相手が元は老人で、今はリッチだったとしても裸を見られるのはやはり恥ずかしいのだろう。
モーゼフも振り返らないでおく。
「すみません、すぐにモーゼフ様のところへ行きたがるので……」
「だって、モーゼフも一人じゃ寂しそうだもん」
「ほっほっ、気を利かせてくれたのか? ナリアは良い子じゃのぅ」
モーゼフとナリアの様子を見て、エリシアはたどたどしい物言いであったが、
「あ、あの……モーゼフ様もやっぱり、一緒に遊びませんか?」
そう告げた。
モーゼフも少し驚いて、思わずエリシアの方をみる。
エリシアは恥ずかしそうにして大事なところは隠し、
「あ、あまり見ないでくださいね?」
「おっと、これはすまんな」
「おねえちゃんはどうしてそんなに隠すの?」
「そ、そういうものだからなの! ナリアも大人になったら分かるわ」
「ほっほっ、そうじゃな。ナリアもレディとしてのたしなみを学ぶときが来るじゃろうて」
「えー、めんどくさい!」
そう言いながら、モーゼフの頭の上に乗ろうとするナリア。
モーゼフもゆっくりと歩き出し、
「さて、せっかくだし少し遊ぶかの」
「! はいっ」
エリシアも笑顔で答える。
ようやく、少しだけどエリシアもモーゼフと打ち解けたような感覚だった。
そうして、三人で川の中へと入っていく。
「わーい! モーゼフ、お魚とって!」
「よぅし、わしちょっと本気出しちゃおうかな」
「ふふっ、がんばってくださいね」
楽しげな三人の時間も、またゆったりと流れていった。
それと同じように、川の流れにそって骨となったモーゼフが流されていく。
川の流れは、骨身にはやはり強かった。