68.それぞれの行く場所
フィールを先頭に、王都内観光は順調に進んだ。
フィールは顔の下半分を布で覆うように隠し、グロウは黒いバイザーを身につけている。
どちらも正体を隠すつもりで付けているとのことだが、王都は人が多いためそれほど全力で隠す必要もないとのことだった。
要するに、それだけ人がいれば似たような人間も見つかるということである。
最初にやってきたのは、教会のすぐそばにある《ケティラの噴水》と呼ばれる場所だった。
湧き出る水に浄化作用のあるいわゆる《聖水》に近いものであり、これは複数の教会を通った水脈から引き上げているためだとされている。
噴水を中心に、湧き出た水は周辺に流れ出す。
子供達が遊べるように水浴び場が作られているのだった。
「私もここでよく遊んでいました。人々の憩いの場ですね」
「入ってもいいの?」
「はい、どうぞ」
ナリアの問いに、フィールが答える。
見る限りでも、ちらほらと足だけだが水に入っている人々は目に入る。
「わーいっ。おねえちゃんもいこ?」
「そうね、せっかくだし……」
エリシアとナリアが靴を脱いだ。
丁度足首くらいまでだが、流れる水に足を入れる。
「つめたーいっ!」
ナリアは嬉しそうにはしゃいでいた。
エリシアはナリアのように跳ねたりはしないが、パシャパシャとその場で足踏みをする。
「でも気持ちいいくらいね」
「だねっ」
そうして話す二人を少し離れたところからヴォルボラが見ていた。
先ほどまでは特に興味はなさそうにしていたが、二人の様子を見てか不意に動きだす。
「水浴びが何たるかを理解していないようだな」
そう言いながら、バッと服に手をかけるヴォルボラ。
ワンピースを着ているヴォルボラは服を脱ぐのに時間はかからない――それにいち早く気付いたのはモーゼフだった。
服に手をかけてあげたところで、モーゼフがヴォルボラの手を掴んで止める。
「ほっほっ、お前さんはまず常識を理解するところからじゃのぅ」
「……なぜ止める?」
「だ、だめですよ、ヴォルボラ様! 人前ですから……っ」
「見せて恥じるものは我にはない」
エリシアやナリアに対して向けられていた視線も、気がつくとヴォルボラの方にうつっていた。
何人かは惜しい、という表情をしていたがモーゼフは気にしない。
「んー、わたしも脱いじゃおうかな」
「だ、だめよ!」
ナリアが服に手をかけたのを、今度はエリシアが止める。
その状況に、思わずフィールも苦笑いを浮かべる。
「色々とすごい集まりですね……」
「一応俺らは聖女と騎士だからな……露出魔と一緒にいるところを見られたら問題だぜ」
「すまんのぅ。皆々辺境で育ったのでな」
「私も生まれは地方ですが、活発というか大胆というか……」
「まあ気にするようなことでもねえさ。見れたら見れたで眼福ってことでよ」
グロウが笑いながらそう言うと、フィールが冷ややかな視線を向けた。
そして呟くように一言、
「……変態」
そう言い放ったのだった。
グロウは肩をすくめて小さくため息をつく。
「これくらいは普通だろ」
「ほほっ、お前さんもまだまだじゃのぅ」
「あんたに言われると言い返せねえな……」
グロウも人生経験が豊富どころかすでに人生を終えているモーゼフには、返す言葉はなかったようだ。
噴水の見学から始まった観光百選はその後、様々な場所を巡ることになった。
《女神の銅像》から《魔導回廊》と呼ばれる特殊な建造物まで様々だ。
当然、百ヶ所も回ることはできないため、自ずと場所は絞られ始めた。
モーゼフとグロウは温泉に向かうことになり、ヴォルボラは離れた古い時計塔へと一人で向かうと言った。
フィールとエリシア、そしてナリアの三人は引き続きフィールの百選を見ていくとのことだった。
グロウと二人、モーゼフは王都の中を歩く。
「あいつらまだ回るとか気合い入ってるな」
「ほっほっ、百選はやりすぎじゃのぅ」
「まあ、あいつ友達いねえから付き合い方が極端なんだよ」
「なぁに、付き合い方は人それぞれじゃ。それを言うならエリシアもあまり友人は作ろうとせんからな」
それは、モーゼフの心配事の一つでもあった。
今はヴォルボラやフィールがいて、少しずつエリシアの交友関係は広がっているかもしれない。
だが、基本的にエリシアはそういう関係よりも自身が冒険者として成長することを主眼に置いている。
それはもちろん悪いことではないが、エリシアの年齢を考えればまだ焦るようなことではない。
むしろ、エルフという種族である以上、理解をしてくれる人間ともっと知り合いにはなるべきだとモーゼフは考えている。
「まあ、知り合いを作るって意味なら、エリシアとナリアはいい意味でも悪い意味でも目立つな。エルフってだけならまだしも、銀髪ってなるとダークエルフのイメージがあるからな」
「ダークエルフを見たことのある人間などほとんどいないじゃろうな」
「だからこそ、悪目立ちしちまうってところもあるが……なかなかここじゃ話しかけようって奴はいないかもしれねえ」
「ふむ、エリシアからも話しかけることはないじゃろうからの」
もちろん、相手が困っていたりすれば別だろう。
エリシアとナリアは聞きわけもよく、良い子達だ。
きっと話さえすれば、誰とでも仲良くなれるはずだとモーゼフは考えている。
「ま、そういうのは本人次第さ。俺たちがどうこう言うもんじゃねえ」
「確かにそうじゃの。いやはや、わしはどうにも過保護なのかもしれんのぅ」
「あんたが過保護でも違和感はないけどな」
グロウにそう言われ、モーゼフも笑って頷く。
今にして思えば、二人のために広い結界を張るなどやっていることは相当だった。
以前のモーゼフならばきっとそのようなことはしなかったかもしれない。
たった二人のために動くのではなく、二人を含めて大勢を守るのがモーゼフだった。
だが、それと同時に大勢を守るためなら多少の犠牲を厭わないという精神もモーゼフは持っている。
「ようやく来たか」
モーゼフとグロウを待っていたというように立っていたのはユースだった。
ちょうど、利用する予定だった温泉施設の前だ。
「おっ、もう来てたか」
「ほっほっ、まさかお前さんもいるとはの」
「呼ばれたから来た。こちらも暇ではないのだが」
「一応俺たちが主体で動いているからな。あんたとすでに知り合いだったってことは驚きだったがな」
「それは俺の台詞だ」
「ほっほっ、意外と世界は狭いものじゃよ」
グロウとユース――騎士と冒険者という関係だが、仕事は違えど彼らは協力関係にある。
互いに王都を守るために、見えぬ脅威に対抗するために集まったということだろう。
騎士と冒険者でも何人かすでに協力態勢を敷いているという。
そもそも事件とは関係性がないと一蹴する者も多いという中、動いてくれる者がいるのはありがたいことだ。
「作戦会議は温泉でやるってことさぁ」
「ほっほっ、話すには丁度いい場所じゃのぅ」
「丁度いいのか? まあどこでも構わないが……」
「どこでもいいってわけじゃねえさ。こいつはいわゆるリベンジマッチみたいなもんだ」
「おや、リベンジとな?」
グロウの言葉にモーゼフは首をかしげる。
楽しげにグロウは話を続ける。
「誰が一番長くサウナに入れるか、だぜ」
「ほう、サウナか」
熱した部屋の中で汗をかく――生前はモーゼフも好んで行っていた。
今はサウナでも長時間どころか一生入っていられるかもしれないが、グロウはそれを加味しても勝負をしようと言っているらしい。
それに対してユースは、
「くだらないことを――と言いたいところだが、俺もあなたには勝ちたいと思っていた」
ちらりとユースがモーゼフを見て言った。
負けず嫌いがここに二人いる。
モーゼフは笑いながら頷く。
「ほっほっ、そういうことなら付き合ってやろう。ただし――地獄の底までいってもわしに勝てると思うなよ?」
モーゼフはいつになく楽しそうに、二人を挑発する。
オリハルコンの冒険者と聖女の騎士、そしてリッチとなった大賢者という三つ巴の戦いが人知れず始まろうとしていた。
そう――誰も知らなくてもいいサウナ対決が幕を開ける。




