67.王都観光百選
教会の中には人はいなかった。
本来ならば正装であるはずのフィールも出かける用の服装をしている。
案内されたのは礼拝堂から入って奥にある個室――フィールは普段からそこで生活しているという。
教会というのは神聖な場所だ。
ましてや聖女と呼ばれるフィールが管轄、運営する場所は結界のようになっていた。
おそらく古くから続くこの地での活動がこの地自体を一種の魔法のようにしているのだろう。
(ほっほっ、油断するとぽっくり逝ってしまいそうじゃのぅ)
もちろん、ここにいるだけで本当に浄化されてしまうということはないだろうが、アンデッドのモーゼフにはそれなりに負担の強い場所であった。
それでも表情を変えることなく、後ろから見守るようについていく。
「基本的には毎日やっているんですが、今日はお休みとさせていただきました」
「この前数日以上空けたばっかだけどな」
「代わりの者は用意しています!」
聖女と呼ばれるフィールが《ルマ教会》ではあくまで役割としての聖女と言っていたのはこういうことなのだろう。
そう呼ばれているからと言って、彼女の教会での活動は変わらないということだ。
迷える人々の話を聞き、時には導く役割を果たす聖職者としてのフィールが普段の姿なのだろう。
だが、今日の彼女はそちらでもなかった。
「こほんっ、ある筋からあなた方が王都に来ることは知っていました」
「ある筋、ですか?」
エリシアが問いかけると、フィールは頷くがそのルートを答えることはなかった。
「ある筋はある筋なのです」というだけに留める。
ただ、手紙を送ってきた人物は一人しかいないので、自ずとその筋が誰なのかは検討がつく。
(ほっほっ、協力関係にはあるじゃろうしな)
ちらりとグロウの方をモーゼフは見る。
グロウは肩をすくめながら、「そういうことだ」と耳に届きそうな表情で示す。
モーゼフもそれに頷いた。
「さて、今日ここに来ていただいたのは他でもありません」
真剣な表情のフィールに、エリシアは少し緊張した表情をしている。
ヴォルボラはいつも通り興味がなさそうに、そしてナリアは何が起こるかと期待している表情だった。
「いや、俺らが呼んだわけじゃないだろ」
「細かいことはいいのです。私は約束をしました。王都に来ることがあれば私が案内すると!」
そう言いながら、バッと机の下にあった紙を机いっぱいに広げる。
それは、王都内の地図に様々なマークを記していた。
全員がその地図を確認する。
ナリアはモーゼフの頭の上に乗って確認した。
「この広い王都に来たら絶対に観光したほうがいい場所百選になります」
「え、百選ですか……?」
「はい、この日のために調査しました」
至って真面目な表情で言うフィールに、みな一様に驚く。
モーゼフもさすがに驚いた。
フィールは以前約束したことのためにわざわざここまで準備していたという事と、
(百選とは驚きじゃのぅ……)
広いとはいえそこまで観光できる場所があるという事、そしてそれをきっちり調べてきたというフィールに驚かされていた。
グロウがそれに対してフォローを入れる。
「あー、あれだ。そんなに周れるわけないぞって言ったんだがよ。気合い入りすぎちまったみたいだ」
「これぐらいは普通だと思います。その、友人を迎えるんですから」
エリシアの方をちらりと見るフィールに、エリシアが笑顔で頷いた。
「はいっ、ありがとうございます! 全部周りましょう!」
エリシアの言葉を聞いて、フィールの表情もようやく綻ぶ。
現実的には無理な話だが、エリシアとフィールがそう言うのならばとモーゼフは頷いた。
「わたしも全部みるーっ」
「ナリアちゃんにもオススメの場所がありますよ」
「わーい!」
その横で、ヴォルボラも地図を確認していた。
視線の先はあまり人が多くなさそうな場所ばかりだったが、一応はマークされている場所にも目を通している。
「……ここは休むにはちょうどよさそうだな」
「そこは見晴らしもいい場所ですから。夕焼けなんか見るにはいいですよ!」
「いや、特に見るわけではないが……」
フィールとも普通に会話をしようとしている。
ヴォルボラなりに接しようとしているのかもしれない。
もちろん、エリシアの前というところはあるだろうが、それでもドラゴンである彼女が人に歩み寄ろうとすることは十分にすごい事であった。
「ほっほっ、色々な場所があるのぅ。わしもどこか――おや、このマークだけ色が違うの」
「……そいつぁ俺が付けといたやつだ。まあ、あそこの温泉ほどじゃねえが王都にもあるからな」
「おや、なんだかんだお前さんも楽しみにしていたということかの?」
「ま、そのため今日は休暇を取ってるわけだ」
どうやら全員準備が出来ているようだった。
「それでは、王都百選巡りに行きましょう!」
「はいっ」
「はーい」
フィールの掛け声にエリシアとナリアが元気よく答える。
近場のところから周っていくことになった。
そうして部屋から出ようとするとき、グロウからモーゼフに声がかかる。
「悪いな、付き合わせてよ」
「いやいや、むしろありたがい話じゃよ」
モーゼフが答えると、グロウは少しだけ視線を逸らして答える。
その先にはエリシア達と仲よさそうに話すフィールがいた。
「本来なら、こういう事をしている場合じゃないんだろうが。あいつの力をもってしても、今王都に潜む脅威は見つけられねえ」
「本気で動いているとしたら、本来吸血鬼は人の手には余るものじゃ」
「……吸血鬼、か。やっぱりその線が濃厚だよな」
吸血鬼という種族は、魔族にいるうちでも最強の部類――それぞれが魔法にも近い固有の能力を持つとも言われる。
モーゼフですら、数が多ければ敗北することはあり得る。
「王都に戻ってしばらくは良かったんだが、事件が多発してからはあいつも根詰めてよ。心配だったんだが、あの子達が来るって聞いたらようやく嬉しそうに笑ってよ」
「ほっほっ、それならばよかった。あの子達も楽しみにしておったからのぅ。わしらもわしらで、するべき事をするとしようかの」
「ああ、そうだな」
グロウの姿は、純粋にフィールのことを心配していた。
護衛騎士としてでだけでなく、彼女の保護者としての視点を持つのだろう。
きっとフィールは今も内心では焦っているのかもしれない。
それでも今、エリシア達と楽しもうとしてくれているのならばそれはありがたい事だ。
(これが終わったら、わしも少し本腰を入れるとするかのぅ)
フィールに何かあれば、エリシアとナリアはきっと心配するだろうし、悲しむだろう。
それならば、フィールも含めて全てを守るのがモーゼフの役目だ。