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65.二人の吸血鬼

 エリシアは王都の中を歩いていた。

 どこに行っても人は多く、何を見ようかと目移りしてしまう。

 けれど、エリシアとナリアも注目されていることには少なからず気付いていた。

 辺境の地ではそこまで気にならなかった他人の視線――これだけ人がいると、見られているということは分かる。


(ど、どうしたらいいんだろう……)


 注目されるということには慣れていないエリシア。

 恥ずかしそうに俯くしかできないが、対照的にナリアは元気だった。


「見て見て! 変な銅像!」

「こ、こら! 銅像っていうのは称えられる人のものだったりして――」


 ちらりとエリシアが銅像を見る。

 長い三日月のような髭を蓄えた銅像がそこにはあった。

 等身も低く、子供のような体系がよりコミカルな感じを際立たせる。


「……ふふっ」

「あーっ! おねえちゃんも笑ってる!」

「ち、ちが……!」

「別に、あの銅像は変だから笑ってもいいだろう」

「ヴォルボラ様までそんな……」


 エリシアの傍を歩くのは、少女の姿をしたドラゴンのヴォルボラだ。

 人混みは嫌いなのか、不機嫌そうな表情はしているが、文句は言わずにエリシアとナリアについてきてくれていた。

 時折エリシアやナリアの方に好奇の視線を向ける人の方を向く。

 そうすると、見ていた人達は一様に目を逸らすようになった。


「エリシア、お前はお前だ」

「え?」

「何も気にする必要はない」

「は、はいっ」


 ヴォルボラの言葉に、エリシアは頷いた。

 気を使ってくれていることはすぐに分かった。

 エリシアが小さいことを気にしていると、ナリアだけでなくヴォルボラも楽しめなくなってしまう。

 エリシアは軽く自分の頬を叩くと、


(よしっ)


 もう気にしないようにしよう――そう決意したのだった。

 王都内は本当に広く、エリシアにとっては森の中よりも迷ってしまうような場所だった。

 ナリアを見失わないように手を繋ぐ。

 少しだけ、その手が大きくなっているように感じた。


「ナリア、少し背伸びたかもしれないね」

「ほんと?」

「ええ」

「じゃあモーゼフを超えるのもすぐだねっ」

「ふふっ、それはどうかしら」

「モーゼフおっきいからまだまだかなぁ」


 モーゼフは、エリシアにとってもとても大きな存在だ。

 身長とかそういう話ではなく、心の支えのようなものだった。

 けれど、モーゼフにとってはどうなのだろう。

 王都にやってきたのも、ユースに何か頼まれたからなのだろう。

 そのことを、モーゼフは隠している。

 エリシアにもそれは分かる。

 エリシアが聞いたところで、きっと解決できることではないのかもしれない。


(それでも、私もモーゼフ様の役に立てるようなことを……)

「おねえちゃん?」

「あっ、どうかした?」

「おねえちゃん、なんか悩んでるみたいだったから。わたしにお話しして?」

「ううん、大丈夫よ。心配しないで」


 いけない――ナリアにまで心配をかけてしまっては。

 すぐに表に出てしまうところが悪い癖だった。

 隠し事は苦手だった。


「それよりも、ナリア。絶対にお姉ちゃんから離れたらダメよ?」

「うんっ」

「ヴォルボラ様も」

「我は迷わないから心配するな」

「……私達が迷子にならないように、見守ってくれますか?」

「そういうことなら、いいだろう」


 ヴォルボラは頷いて、エリシアの手を取る。

 二人と一緒にいれば気持ちが和らいだ。

 三人で王都の中を歩いていく。

 時折すれ違うのは鎧を着た騎士や、目つきの鋭い冒険者。

 王都には色々な人がいる。

 その中でも、一際印象に残る少女達がいた。


(あれは……)


 エリシアは思わず、見とれてしまう。

 金色の長い髪をそれぞれ右と左で対照的に結んでいる――そっくりな少女。

 赤い瞳に色白の肌――そして、互いに白と黒のドレスを着ている。

 黒いドレスの方の少女が、エリシアを見てくすりと笑った。

 その表情に、エリシアの心臓の鼓動が高鳴る。


「……きれいな人」

「エリシア?」

「……あれ、どこに行ったのかしら……?」


 気がつくと、二人の少女は姿を消していた。

 ナリアもその姿を見たと言うが、ヴォルボラは見ていないという。

 この人混みの中だから見ていないというのも不思議ではない。

 けれど、エリシアにはとても印象的にうつった。


「どんな奴だった?」

「えっと……二人組で、ドレスを着ていて……それでいてすごくきれいな人でした」

「そんな奴いたか?」

「うんっ。きれいな人だった!」

「ええ、どこかの貴族の方かしら?」

「ほっほっ、そんなに綺麗な女性がおったのか? わしも見たかったのぅ」


 不意に後ろから声をかけられて、エリシア達は振り返る。

 そこにはローブに身を包んだ老人――モーゼフが立っていた。

 ユースの姿はなく、モーゼフだけここにやってきたようだった。


「あっ、モーゼフ様。お話しはもう終わりに?」

「うむ。少しばかりここに滞在することになるが、せっかくだからここのギルドで仕事も受けてみるというのはどうじゃ?」

「王都でのお仕事、ですか?」


 エリシアはすぐに即答できなかった。

 フラフの町とは違い、ここには大勢の冒険者がいる。

 正直、少し緊張感があった。


「不安かの?」

「い、いえ! がんばりますっ」

「ほっほっ、その意気じゃよ」

「モーゼフ! 見学の続き一緒にしよう!」

「おお、そうじゃのぅ。わしも王都観光と洒落込むとするかの」


 いつものように、冗談めかして笑うモーゼフに、エリシアもつられて笑顔になる。

 けれど、ユースとどういう話をしていたのか――具体的な話までは聞けなかった。

 唯一、馬車の中にいたときに聞いた吸血鬼の話だけが心の中に引っかかったまま、エリシアは王都の観光を続けた。


   ***


 二人の少女が、人混みの中を歩いていた。

 黒のドレスと白のドレスを着た少女――二人を避けるように、人混みは自然と道を作る。

 その間を、悠々と二人は歩いていた。


「イリーナ、あなたの今回のお気に入りはあの子なの?」


 白いドレスの少女が問いかける。

 黒のドレスの少女――イリーナは頷いて答えた。


「ええ、エレナ。見たでしょう? とても綺麗な瞳の色をしていたわ」

「あら、髪の色だってよかったじゃない?」

「そうね。もう一人、小さい方も可愛かったわ」

「イリーナ、どちらかにしなさいな」

「うふふっ、分かっているわ、エレナ。妹はあなたにあげる。どちらにせよ、もう仕掛けておいたから」


 そんな会話をしながら、エレナとイリーナは人混みの中を進んでいく。

 すぐ近くにいる――強大な魔力を持つ者の存在に気付いていた。

 わざと気付かせるように出しているのか、隠せていないのか分からない。


「すぐには手を出せようにないわね」

「そうね……とはいえ、障害は大きいほど燃えるものでしょう? エレナ」

「その通りだわ、イリーナ。ここは本当に面白いところよね」


 くすくすと笑いながら、少女達は歩みを進めた。

 その場にいる誰にも気付かれることなく、二人の吸血鬼が行動を開始した。

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