63.賑わう都と気配
だんだんと行き交う人々が増えてきたかと思えば、それは見えてきた。
岩の壁によって囲まれた都――門は大きな魔物でも通れそうなほどに広い。
馬車が横一列に並んでも複数通れるようになっているのだ。
そこの間には数人の門番が立つ。
ここの門番は村や町に雇われた者ではなく、王都に所属する騎士が警備に当たっているようだった。
モーゼフの操る馬車が門の方まで近づいていく。
王都に向かう多くは行商人のようだった。
モーゼフの木人形の馬も大きいが、それをもしのぐほどに大きな馬を操る者もいる。
より遠くから、より多くの物を運んでいるのだ。
ナリアは周囲の人々よりも、門の方に一際興味を示していた。
「うわわ、おっきい……」
「ほっほっ、そうじゃのぅ」
ナリアは門だけでも目を輝かせていた。
ただ単純に大きいわけではない。
こういった門は内部構造もしっかりと組まれていて、大きな魔物にぶつかられても簡単には壊れないようにできている。
ナリアにとってはそれだけ大きな建造物を見たことがないのだろう。
モーゼフは見慣れた光景ではあった。
かつて――自身がいた国も同じように大きな門があったからだ。
それが出来上がるまでの過程も知っている。
どちらかというと懐かしい気分だった。
そんな思いにモーゼフが耽っていると、
「そこのご老人、ちょっといいですか」
「おや、わしか?」
「はい、見慣れないお顔でしたので」
鎧を着た若い男に引き止められる。
門を警備していた騎士の一人だ。
見慣れないという言葉から、行き来する人々のことをよく見ているとモーゼフは感心した。
中には素通りを許されている者もいるのは、利用頻度の違いというところだろう。
「わたしはナリアだよっ」
「ナリアちゃんか。ここには何しに来たか分かる?」
「お呼ばれしたの」
「お呼ばれ?」
ナリアからモーゼフの方に視線をうつす。
わざわざナリアの話にものってくれる辺り、そういうことにも慣れているようだ。
モーゼフは笑いながら頷くと、
「荷車の方にも二名乗っておる。ちと冒険者として仕事をしにの」
「冒険者、ですか? ご高齢なのにそれはまたすごいですね」
「ほっほっ、年甲斐もなくはしゃいでおりますわい」
「それで、呼ばれたというのは――」
「俺が呼んだんだ」
モーゼフと騎士の男の会話に割って入るようにやってきたのは、ユースだった。
以前と会った時と変わらない風貌だが、少し表情は和らいでいるように見える。
丁度良いタイミングだったのは、モーゼフがやってくるのを見計らっていたのだろう。
「ユースさんのお知り合いでしたか」
「ああ、通っても問題ないな?」
「ええ、もちろんですよ。どうぞ」
「ほっほっ、すまんのぅ」
「ありがとーっ」
モーゼフが礼を言い、ナリアが手を振りながら門を後にする。
門番の男は優しい笑顔で手を振り返していた。
最初の雰囲気からでもよく分かる。
王都は充実している場所のようだ。
ユースを乗せて、馬車は王都の中を進んでいく。
入口から、多くの出店が並んでいる。
野菜や果物だけでなく、新鮮な魚から肉――中には冒険者用の道具まで色々だ。
お守りなども扱っているらしい。
様々な用品が売りに出され、それを見に来る人の数も多い。
ドレスのような服装をした女性や紳士服の男性、毛皮のようなコートを着た大柄の男など千差万別だ。
ありとあらゆる物があり、ありとあらゆる人々がやってくる――
「ヴォルボラ様、あれ見てください!」
「ん、どれだ?」
「あの建物ですっ。大きいですよ!」
「我の方が大きいな。色んな意味で」
エリシアも子供のようにはしゃぐ声が聞こえる。
それに対して謎の対抗心を燃やすヴォルボラ。
ユースはヴォルボラという言葉に少し反応したが、すぐに視線を前にうつした。
モーゼフも王都は良いところだと感じる。
感じてはいるのだが、同時にここにいる者の中に潜む闇を感じていた。
「良いところのようじゃが」
「ああ、分かるか?」
何者でも来られるということは、必ずしも善の者だけとは限らない。
活気ある都の中に、モーゼフはすでに何かを感じていた。
「わざわざ来てもらってすまないな」
「ほっほっ、借りは作っておいてよかったじゃろう?」
「ああ、モーゼフ殿ほどのお方を使えるのだからな」
モーゼフの言葉に、冗談めいたように笑みを浮かべるユース。
少し進んだところで、ユースが呟くように言った。
「正直なところ、俺には分からない。少なくとも、目先で起こる事件からしか情報は得られない」
「事件……?」
「この件については宿についてから話そう。すでにあなた達の宿は取ってある」
「ほっほっ、手際がいいのぅ」
「おっきなところ?」
「満足はしてもらえると思うぞ」
「わーいっ」
ユースが答えると、ナリアは声をあげて喜んだ。
その声に反応してか、後ろからエリシアは顔を出す。
「どうしたの――あ」
ここにきて、ようやくユースの存在に気付いたようだった。
エリシアは一瞬だけ、気まずそうな表情になるが、
「お久しぶり、です」
「ああ」
ユースは特に変わった様子もなく頷いた。
微妙な空気が流れたところに、ちらりとヴォルボラが顔を見せる。
「誰かと思えば、お前か」
「そう言う君は、まさかとは思うが……」
「ほっほっ、そのまさかじゃよ」
ユースは察しがいい。
名前だけでもすぐに気付いたようだ。
エリシアが名前を呼んだだけだと言うのに、しっかりとそれを覚えている。
「ドラゴンは人になれるのか?」
「人になったわけではないが……人と生活するのには必要だ」
ヴォルボラがそう答えると、ユースは驚いた表情を浮かべた。
それはそうだ。
以前は討伐するために追いかけていたはずのドラゴンが、少女の姿をして目の前にいる。
しかも、人と生活することを望んでいるというのだから。
「そうか……まあ、王都ではくれぐれも暴れてくれるなよ」
「当たり前だ」
そう言うと、ヴォルボラはエリシアの手を引いて荷車の中へと戻っていく。
ナリアは不思議そうにユースの方を見て、
「ヴォルボラとお知り合いだったの?」
「まあ、な」
「仲良くしないとダメだよ?」
「善処する」
小さなナリアに諭されるように言われて、ユースは苦笑いをしながら答えた。
モーゼフはそんなやり取りを見ていつものように笑う。
「ほっほっほっ、どうじゃ。いい子達じゃろう」
「そうだな。正直、俺の方が子供のようだ」
「ほっ、随分と弱気な発言をするのぅ」
「本来ならば、あなたの力を借りずとも解決しなければならない問題だ」
「ふむ、宿についてからという話だったが――どうやら魔族が紛れ込んでいるようじゃな」
モーゼフがそう言うと、ユースは頷く。
大勢いる人々の中でも、モーゼフはわずかな違和感を見逃さない。
「やはり、あなたを呼んで正解だったようだ。俺には起こった出来事からしか予測ができないからな」
「ほっほっ、わしも同じようなものじゃよ。ちぃとおかしな魔力を感じる程度じゃ。どこにいるかまでは分からんが、紛れているようじゃの」
「おそらく、やり方からして吸血鬼だと思っている。それも複数体の、だ」
吸血鬼――その言葉に反応するかのように、ナリアの胸元にある赤い石が小さく輝いた。
単独でも高い生命力と戦闘力を誇る種族が、複数体いる。
それを聞いたところでも、モーゼフの表情は変わらない。
「きゅうけつき?」
「ほっほっ、ナリアは見たことがないかもしれんのぅ」
「聞いたことはあるかも。こわい人なの?」
「全てがそうとは限らんよ。それに、何かあればわしが守るからのぅ。約束じゃ」
「うんっ、約束だよ!」
モーゼフがナリアの頭を優しく撫でる。
一行を乗せた馬車は賑わう王都の中を進んでいった。