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62.王都への道

 フラフから馬車で数日の道のり――王都カランタ

 名前の通り王の住む都であり、最も多くの騎士が在住する場所でもある。

 冒険者も多く在籍しており、特に腕の立つ者は半ば王国と契約しているような形の者もいるという。

 その点については、かつてモーゼフが暮らしていた国と近しいところもあった。

 この大陸では大まかに言えば三つの国が三大勢力と呼ばれて存在している。

 一つがモーゼフ達のいる《クウェント王国》。

 そして、王国から東側に位置するのが《アーバル帝国》。

 深い谷や渓谷が多く、《難攻不落》とも呼ばれているところだ。

 もう一つは海側に王都が存在している《レスティ王国》。

 ここから南側の方面には広い平原があり、さらに大きな川が位置している。

 これはアーバルとクウェントとの国境の川となっており、そこから先がレスティの領地となる。

 レスティの船上騎士団というのは、この大陸でも有名だった。

 モーゼフはこのどこの国にも属してはいないし、属するようなつもりもない。

 国々の関係が悪いということもなく、冒険者達も好きな国を行き来することもできる。

 少なくとも、この大陸で国同士の戦争が起こるということは早々にないだろう、とモーゼフは考えていた。


(……となると、考えられるのはやはり魔族か)

「モーゼフ、どうしたの?」

「ほっほっ、なんでもないぞ」


 モーゼフが考え事をしていると、それが気になったのかナリアが話しかけてきた。

 今は王都へ向かう途中――モーゼフが手綱を握って木々に囲まれた道を抜けるところだった。

 ヴォルボラとエリシアは馬車の中で待機している。

 ナリアはモーゼフの膝の上に腰を下ろし、一緒に手綱を握っているところだった。

 この馬車は全てモーゼフが用意したものである。

 モーゼフの魔法で構成された馬車は強固な魔法の要塞であり、そこらの魔物程度ではまず近づこうとしない。

 近づいたところで、発生する魔力の壁に阻まれるだろう。

 そして、モーゼフが握る手綱の先――木の彫り物の馬が馬車を引く。

 モーゼフの操る大地の魔法によって動く《木人形》。

 モーゼフの命令である程度の動作を可能としており、実のところ戦うこともできる。

 普通の馬に比べると大型だが、他の人から見ればただの馬にしか見えないよう幻惑の魔法をかけてある。


「お馬さん、大丈夫かな?」

「うむ、この子は心配はいらん」

「そうなの?」


 ナリアは巨体の木でできた馬のことを心配している。

 これを見せたとき、ナリアは目を輝かせて喜んでいた。

 「おっきいお馬さんだーっ」と、はしゃいでいる姿が目に浮かぶほどに。

 モーゼフの魔力で動いているのだから、モーゼフ自身に何か起こるかこの木人形よりも強い相手に破壊されでもしない限りは止まることはないだろう。

 強さだけで言えば、レグナグルのいた神域の魔物にもある程度引けは取らないレベルだ。

 それでもそんなことを知らないナリアは、歩き続ける大きな馬を少し心配しているようだった。


「ほっほっ、それではもう少ししたら休憩を取ろうかの」

「うんっ。川でお魚釣りしよ?」

「川か。探してみようかの」


 モーゼフが魔力で指示を促すと、木人形はすんっと地面をかぐような仕草を見せる。

 そのまま真っ直ぐ道を進むが、川の近くになると動きを止めるはずだ。


「王都ってどんなところかな?」

「どうじゃろうな。わしも行ったことはないのでな」


 実際、モーゼフはこの大陸については本を読み学んでいた。

 ただあくまで安息の地として見つけた場所がフラフの先にある森の中であったため、人の多い王都などは行ったことはない。

 王都に行けば、おおよそその国の発展具合というのも分かる。

 町にも大きさは色々とあるが、大きいと言える町が五つ分以上あると考えるのが普通だ。

 それを加味して、モーゼフは応える。


「そうじゃなぁ、フラフの町が三十くらい集まったところかのぅ」

「三十!? そんなに!?」

「目安じゃがの。もっと大きいかもしれんが」

「もっと……おっきすぎてよく分かんない……」

「ほっほっ、まあ見たら分かるじゃろう。楽しみにしておこうかの」

「うんっ」


 その途中でも、いくつか町には寄ることになるだろう。

 モーゼフだけならば数日もかからずに到着できるが、エリシアやナリアのことを考えるとある程度のペース配分は必要だった。

 おそらく体力がリッチのモーゼフ以上あるヴォルボラの心配はしていない。


「へぶちっ」

「わっ、ヴォルボラ様、大丈夫ですか?」

「急にくしゃみが……」

「もしかして私の風邪がうつってしまったのかも……ごめんなさい」

「風邪ごときでどうにかなる我ではない。無用な心配をするな」

「……は、はい」

「怒っているわけではないぞ?」


 そんな会話が馬車の中から聞こえてきた。

 ヴォルボラはエリシアには相当甘い。

 モーゼフからしても、甘やかすなと言えるような立場でもないが。

 むしろ、エリシアはもっと他人に甘えるべきだと思っているくらいだ。

 その点についてはヴォルボラと同じかもしれない。


「へぶしゅっ」

「ま、またくしゃみが……」

「これは、もしかすると花粉か?」

「花粉……?」


 ヴォルボラの言葉にモーゼフも反応する。

 すると、懐にいたナリアからも、


「くしゅんっ」


 小さなくしゃみが聞こえてきた。


「ナリアもか?」

「うん……お鼻かゆい」


 モーゼフは馬車を止めて、周囲を確認する。

 特に目立ったものは見えないが、ヴォルボラだけでなくナリアも反応するということは、周辺に何かあるのかもしれない。

 モーゼフが新たに馬車へかける魔法を追加する。


「《フレッシュ・エア》」


 そよ風が馬車の周辺を舞う。

 この魔法は離れたところから新鮮な空気を運んでくれる。

 空気の薄い場所などでは特に役立つ魔法だ。


「ナリア、馬車の中へ入っていなさい」

「わたし、ここがいい」

「くしゃみがまた出てしまうかもしれないぞ?」

「いいよ、モーゼフとまだお話しするもん」

「ほっほっ、仕方ない子じゃのぅ」


 モーゼフはさらに範囲を拡大し、馬車の周辺にまで効果を及ぼす。

 馬車の速度も下げることで、フレッシュ・エアの効果も安定するだろう。

 本当なら馬車の中にいた方がいいのだが、ナリアの気持ちを尊重することにした。


「まだくしゃみは出そうか?」

「うーん、少しだけかゆいかも」

「ほっほっ、そうか」

「モーゼフはくしゃみしないの?」


 ふと、ナリアがそんなことを聞いてきた。

 死者であるモーゼフはもうくしゃみどころか呼吸もしない。

 生理現象がすでに存在しないからだ。


「もうしないのぅ。骨になるとしなくてもいい事が増えるの」

「それっていい事?」

「さて、どうじゃろうな。花の香りも感じることはできないが、もう病気になるようなこともない。それを良いと感じるかどうかは人それぞれじゃ」


 少なくとも、永遠の命を求めるような魔導師ならば、花の香りを感じられないことを残念とは思わないのかもしれない。

 モーゼフは少なからずそれを残念だと思える心はある。

 味を感じないこと、そして人としての痛みを感じないことも――モーゼフが感じられることがあるとすれば、魂を通した鈍い感覚だけだ。

 痛みと言えるものは、モーゼフの魂が攻撃されたときだけに感じられる。

 ただ、それは生きていた頃とはまた違う感覚だ。

 紛れもなく、死に近づく感覚だった。


「モーゼフはどうなの?」

「わしか? わしは少なくとも、今の状況はいい事だと感じておるよ。ナリアやエリシアが一緒にいてくれるからのぅ。お前さんはどうじゃ?」

「わたしもうれしいっ! モーゼフが色んなお話し聞かせてくれるし、おねえちゃんもヴォルボラも優しくしてくれるもん」

「ほっほっ、それはよかった」


 ナリアにも、きっとモーゼフがどんな存在なのか分かるときはくるだろう。

 それまでは、ナリアにとってモーゼフは『ゆーふく』であろうと考えていた。


「我慢のできる良い子にはこれをあげよう」

「わぁ、ありがとっ」


 懐から取り出した骨の一部――『ゆーふく』の証をナリアはカバンへとしまう。

 カラン、と渇いた音が周囲に響いていた。

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