61.王都からの手紙
エリシアの体調は順調に回復し、また冒険者としての活動を再開した。
結局、エルフは病気にはなりにくいという特性を持つだけで、ならないわけではない。
珍しい病気というわけではなかったことに、モーゼフも安心していた。
大賢者――モーゼフがそう呼ばれたのも、魔法に関する事柄から国家間での戦争における助言など、特に戦いに関するところに起因するところが多い。
魔物や他種族の特性についてもある程度の知識は備えているが、病気などになってくるとまた別だ。
(世界は広いからの。百年程度では結局のところ、得られる知識は限られるか)
今回は、少し心配しすぎていたとモーゼフも反省している。
「モーゼフ様、どうかなされましたか?」
「いやいや、なんでもないぞ」
今は、エリシアと二人でギルドの掲示板を確認しにきていた。
貼り出された依頼に目を通す。
エリシアのためになるような依頼を選定するのがモーゼフの仕事のようなものだった。
「あ、モーゼフさん! ちょうどいいところに!」
「エルさん、おはようございます」
「おはようございます! エリシアさん、体調よくなったんですね」
「エルさんにも伝わっていたんですね……ご心配をおかけしました」
「いえいえ、元気になられてよかったですよ――っと、モーゼフさんにお渡しするものがありまして」
「わしにか?」
ふと声をかけてきたのは、ギルドの受付のエルだった。
また新しい依頼を貼り出そうとしたところだったようだ。
エルはポケットから一枚の手紙を取り出す。
「はい、王都北方支部のギルドからの手紙です」
「北方支部? はて、わしにそんなところの知り合いは――いや、心当たりはあるのぅ」
いたかどうか――それを考えたときに何人かの知り合いについて思い出す。
ただ、ギルドを経由しての手紙ならば、おそらくは冒険者からの手紙だろうということは分かった。
「ユースからか」
「その通りです! 以前やってきたときにお知り合いになっていたんですね」
「はい、どうぞ!」と言うエルからモーゼフは手紙を受け取る。
新しい依頼の確認はエリシアに任せて、モーゼフは近くの席に腰を下ろすと、手紙の内容を確認することにした。
しばらくモーゼフが手紙の内容を確認していると、そこへエリシアがやってくる。
「モーゼフ様、今日は森の方での依頼が多いようでした」
「ほほっ、そうか。ヨロイクワガタへのリベンジも兼ねて依頼を選ぶとしようかの」
「はい……それで、ユースさんからはどんなことが?」
エリシアも手紙の内容が気になるようだった。
以前、ヴォルボラとの一件もあって、エリシアはきっとユースにはあまり良い思いを抱いていないのかもしれない。
少し心配そうな表情のエリシアをなだめるように、モーゼフは優しい笑顔で話す。
「ほっほっ、ちょっとした誘いのようなものじゃ」
「お誘い?」
「以前のこともあったからの。せっかくだから、王都見学でもしないか、ということじゃよ」
実際に手紙に書いてあったのはそんな内容ではない。
それでも、エリシアに伝える分には軽く伝えることにした。
王都に呼ばれているということには変わらないからだ。
「王都、ですか?」
「ささっと一人で行ってこようとも思うが――」
「わ、私も行きたい、です!」
モーゼフの言葉を遮るように、エリシアは言った。
モーゼフも少し驚いた表情になる。
ふと、旅行へ行ったときのことを思い出す。
エリシアの友人となった聖女――フィールも王都にいるはずだった。
「ほほっ、友人に会いたいか?」
「それもありますけど、王都に行かれるとまたしばらく戻られないんですよね?」
「そうなるのぅ」
「それは、その、心配です」
「心配、か」
「あっ、私なんかがモーゼフ様の心配をするなんて、大それたことを言っているかもしれませんが……それでも心配なんです」
タタルの村のことを言っているのだろう。
数日戻らなければ、またナリアも心配させてしまう。
今はモーゼフだけでなく、ヴォルボラもいるから二人がここに残ってもそこまで心配はないとモーゼフは考えていた。
連れていかないというのは簡単だが、きっとエリシア達は落胆するだろう。
「ダメ、ですか?」
「ダメということはないぞ。お前さんにそこまで心配されているとは、わしも嬉しいのぅ」
「あ、う、ごめんなさい」
「謝ることはない――そうじゃのぅ。せっかくだから、皆で王都の方へ向かうとするかの。ちょうど三日後としよう。今日は森で依頼を一つこなして、明日からは準備をするぞ」
「……! はいっ」
モーゼフの言葉に、エリシアは表情を明るくさせて頷いた。
王都――モーゼフもこの大陸のことはそこまで詳しくはないが、大陸の勢力図がどうなっているかは知っている。
フラフは《クウェント王国》の領地になる。
その国の中心、王都へと向かうことになる。
馬車でも数日かかる距離だが、エリシア達と共に行くのならそれで向かうつもりだった。
モーゼフは再び手紙に目をやる。
――あなたの力をお借りしたい。
そう手紙には書かれていた。
オリハルコンの冒険者であるユースがモーゼフを頼るということは、それだけのことがあったということだろう。
詳細については到着してから聞くことになる。
だが、ユースは少なくともモーゼフの実力を知っている。
ヴォルボラとのことがあった上で、モーゼフに連絡を入れている。
「さて、借りを返すというところかの」
モーゼフがカタカタと骨を鳴らす。
きっと、ヴォルボラとの一件がなければモーゼフが手を貸すことはなかったかもしれない。
なぜなら、今のモーゼフはエリシアとナリアを基準として行動するようにしているからだ。
今回はあくまでもモーゼフの名に応えたユースへの借りを返す形で動く――そう決めていた。




