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56.ヴォルボラとネギ

「この辺りか」


 カルロスからもらった地図をもとに、ヴォルボラは地上へと降り立った。

 人には見られないように隠れながら移動を繰り返し、それほど時間もかかわらずに二つ隣の町まで移動してきたのだった。

 羽は自在にしまえるが、尻尾についてはまだ自由にできていない。

 力の加減も今の状態だと難しく、人の姿をした状態での全力を常に出してしまうことになる。

 途中、隠れるために降り立った森の中では、魔物に襲われたことにより逆に目立つ結果となってしまった。

 幸い、人通りがほとんどないことが救いだったが。


「我がこのようなことをするとは……」


 ヴォルボラはそんな風に言いながらも、そそくさと移動を開始する。

 エリシアのためにネギをゲットするためだった。

 町の方を見ると、高い壁に囲われており、《フラフ》に比べると町を名乗るにふさわしい大きさと言える。

 門も四方向それぞれの方角から受け入れができるようになっていた。

 飛び越えて入るのが最も手っ取り早いが、見つかると面倒な話だ。

 ヴォルボラは正攻法で門を抜けることにする。


「次の方――」


 それほど人は並んでおらず、ヴォルボラの番もやってきた。

 見た目は普通の少女だ。

 多少目つきが悪かろうと問題なく通れるだろう――ヴォルボラはそんな風に考えていた。


「君、荷物とかはないのかな?」

「ああ、特にないが」

「それに、連れもいない?」

「……我一人だが」

「……我?」

「な、何かおかしいか?」


 門番は顔をしかめてヴォルボラの方を見る。

 何がおかしいのか、ヴォルボラには理解できていなかったが、門番はちらりとヴォルボラの背後を確認する。


「えっと、その腰の部分には何かつけているのかな?」

「何もつけていな――」


 言いかけたところで、ヴォルボラも気付く。

 ヴォルボラ自身も最近気付いていることだが、感情などによって尻尾の動きは変わる。

 ドラゴンの姿ならば自在に動かせるが、今は別だった。

 ヴォルボラが想像以上に感じている緊張感――それによって尻尾が思ったよりも上を向いていたのだった。


(こんなときに……)

「んー、どう見ても何かあるように見えるんだが……」

「これは……その……あれだ」

「あれ?」

「そう、尻尾だ」


 ヴォルボラはあえて隠すことはやめた。

 門番は少し驚いた顔をしている。


「尻尾……?」

「そうだ。獣人を知らないわけではあるまい?」

「ああ、見たことはないけどね――って、君が獣人ってことかい?」

「その通りだ」


 ヴォルボラはそれらしい嘘をつくことにした。

 獣的な特徴を持つ種族――獣人。

 高い身体能力を持つのが特徴で、珍しさでいえばエルフの方が上だ。

 だが、表立った活躍をしている人物もいる種族で、耳と尻尾が生えているのが最も有名である。

 この大陸においては南の方に生息していると言われている。


「あんまり人とは違いないんだなぁ。話し方とか独特だけど」

「うむ。それで、通してもらえるのか?」

「まあ、女の子に尻尾を見せろなんてわざわざ言うつもりはないけど、ここには何しに来たんだい?」

「ネギを買いに来た」

「ネギ?」

「そうだ。病気になった友人がいてな」

「ああ、病気でネギっていうと、風邪かな?」

「そんなところだ」


 ヴォルボラも一先ずは頷いて答える。

 ヴォルボラは何とか門番の許可を取り、町中へ入ることに成功する。


「はい、それじゃあ中に入っていいよ」

「感謝する」

「野菜なら市場の方にいけばあると思うから、まっすぐ進めば割とすぐにつくよ」

「ああ、分かった」

「それから、ネギの使い方は知っているかい?」

「使い方?」


 門番の言葉に、ヴォルボラは足を止める。

 再び門番のところへと戻って尋ねた。


「食べさせるのではないのか?」

「うん、それも方法の一つだけど。首に巻くとかいいっていうよね」

「そうなのか……」


 ヴォルボラは頷きながら、門番から色々と病気に効きそうな話を聞く。

 曰く、門番の祖母が元々医者であったため、そういったことに詳しいという。


「他に何かないのか?」

「あるにはあるけど……あまり女の子に聞かせるような方法ではないかな」

「いや、せっかくだから聞かせてくれ」

「俺の爺ちゃんが言っていた方法だけど、ネギを尻に入れると効果があるとか……」

「ふむ……しり――って尻か?」

「うん」

「そ、それは本当に効果があるのか?」

「いや、聞いた話だからどこまで本当か分からないけど……」

「尻……いや、分かった」


 ヴォルボラは考えながら、門番に分かれを告げて市場の方へと向かう。

 薬にもいくつか種類がある。

 まさか、とは思ったが、腸に直接入れることで薬の効果が出るものがあることは、ヴォルボラも知っていた。

 ネギにもそれと同等の効果がある――それは確かに、ヴォルボラにとっては妙に説得力のあるものだった。


「尻にネギ……か。いや、だがエリシアは病気だぞ? そんなこと……」

「おっ、君かわいいねぇ。どう、そこの酒場で一緒に――うおおっ!?」


 巨漢の男に絡まれると同時にヴォルボラはその男の胸元をつかみ上げると自身の目の前まで引っ張った。

 取り巻きの男達も驚いた表情でそれを見ている。

 小柄の少女くらいにしか見えないヴォルボラが、巨漢を力で引っ張っているのだから、驚くのも無理はない。


「一つ聞いてもいいか?」

「な、な、何でしょうか!?」

「病気のときにネギに尻を入れるのは、普通のことか?」

「し、尻にネギ!? え、えっとそれは――」

「どうなんだ?」

「ふ、普通だと思いますっ!」


 ヴォルボラの威圧するような視線を受けて、男は頷いた。

 ヴォルボラはパッと手を離すと、そのまま市場の方へと向かっていく。


「普通なのか……。他の者もそう言うのであれば、そうなのだなっ」


 ヴォルボラは納得した。

 ネギを複数本手に入れる必要がある――そう納得したのだった。

 だが、ヴォルボラも店の前まで来たときにある失態に気がつく。


「金、そうか。店で買うには金が必要だったか……」


 ヴォルボラは一文無しだった。

 基本的にはモーゼフやエリシアとしか共に行動をしない。

 ましてや、物を手に入れる上でお金を使うというのはまだ常識ではないヴォルボラにとってはそれは見落としてもおかしくはないことだった。


(……奪えるには奪えるが……そんなことをして手に入れてもな。いや、しかしエリシアのためなら……)


 ヴォルボラが悩んでいるところに、先ほどヴォルボラに話しかけてきた巨漢の男とその取り巻きがやってくる。

 ヴォルボラを見るなり別の方向へと逃げようとするが、ヴォルボラがそれを見逃さなかった。


「おい」

「は、はい! 何でしょう!?」

「お前、さっき我と酒場に行きたい、みたいなこと言ってなかったか?」

「い、いや、そのようなことは――言いました!」


 ヴォルボラの視線を受けて、巨漢の男が頷く。

 ヴォルボラは少しだけ考えるように目を瞑ると、男に向かって一言言い放った。


「よし、一緒に酒場に行ってやるからネギ買ってくれ」

「は、え? ネギ?」

「うむ、ネギだ」


 その場にいた男達全員が首をかしげて聞き返す。

 ヴォルボラはそれを受けて、頷いて答えるのだった。

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