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55.モーゼフの薬草調達

 《神域》と呼ばれる場所が存在する。

 神と名を冠するが、実際に住まうのは魔物達だ。

 魔物の中でも最高峰の六体――それらが住まう領域を神域と呼ぶ。

 《レグナグル》の神域。

 鬱蒼とした森で覆われるここはその魔物の一体が住まう場所の一つだ。

 住まう魔物の多くは冒険者でいうところのオリハルコン級でもかろうじて太刀打ちできるかどうか、というところだ。

 そんな場所に、モーゼフは立っていた。

 かつてモーゼフが住んでいた大陸とも、今モーゼフが住んでいる場所とも違う。


「ほっほっ、随分と久しいのぅ」


 モーゼフは森の中へと足を踏み入れる。

 その直後だった。

 モーゼフを迎え入れるように――否、迎え撃つように現れたのは数体の魔物達だった。

 狼型の魔物や猪型の魔物、虫型の魔物まで一同に現れる。

 まるで統率の取れた軍隊のようだった。


「しかし、何も変わってはおらんようじゃの」


 モーゼフの姿はすでに老人ではなく、骨の姿だった。

 高い魔力を誇るモーゼフに、魔物達は警戒しているのだろう。

 モーゼフが動こうとするのに合わせて、魔物達も反応する。

 一斉にモーゼフに飛びかかろうとして、その動きを止めた。

 モーゼフはおおよそ数年振りに本気の魔力の片鱗を見せたのだった。

 あふれ出る魔力は魔物達にイメージを見せつける。

 そこにいるのは一体の骨ではなく、禍々しい巨人の骸骨。

 それがモーゼフの後ろに立っているように、魔物達には見えている。

 即座に勝てる相手ではないと魔物達に悟らせた。

 一瞬で、その場にいた魔物達は姿を消す。


「賢明な判断じゃ」


 モーゼフはそのまま歩を進める。

 異常な魔力をそのままに、モーゼフはある場所を目指していく。

 魔物達は姿を消したものの、まだモーゼフの様子をうかがうように遠くから見ている事が分かる。

 だが、モーゼフから手を加えることはない。

 モーゼフの目的は魔物を討伐することではなかったからだ。

 だが、中にはモーゼフを攻撃しようとする魔物も現れる。


「ガッ!」


 ビタリと魔物は動きを封じられる。

 地面から生えてくる根がその魔物の動きを許さない。

 動こうとすれば、魔物自身の力によって締め付けられる。

 大抵の魔物はそれ以上動こうとしないが、それでも襲ってこようとする魔物は存在する。

 そうした魔物達は魔法によって眠りへと誘う。

 モーゼフは静かに、だが確実に魔物達を制圧しながら進んでいく。

 そんなモーゼフの前に、さらに魔物が現れる。


「ほっ、意外に早い登場じゃの」

「何者かと思えば――モーゼフか」


 二本の巨大な牙を持つ巨大な猪がモーゼフの前に現れた。

 片方の牙には大きな傷が残っている。

 レグナグル――この森の名前を持つ魔物にして、六体の魔物の一体。

 そして《竜王》と並ぶ存在だ。

 大地を踏みしめるごとに、木々が畏怖するようにレグナグルが通るための道を開く。

 周囲の魔物達も、もうモーゼフを襲いに来るようなことはなかった。

 今、モーゼフが相対しているのはこの森の王なのだから。


「久しいの、レグナグル」

「何をしに来た。命を失ってなお、現世にしがみつくとは思わなかったが」

「ほっほっ、それには色々と理由があっての。なに、ちぃとばかし薬草を分けてもらおうと思っての」

「薬草?」

「うむ。ここには多くの病に効く薬草があったじゃろう。エルフの子に合う物が分からんのでな。ここなら一先ずは飲ませても問題ないものがいくつか見つかると思っての」

「……その程度のことでここに来たのか?」


 モーゼフの言葉に対して、レグナグルは威圧するように尋ねる。

 並みの人間なら卒倒してしまうことだろう。

 だが、モーゼフの口調は変わらない。


「その程度か。お前さんにとってはそうかもしれんの」

「いや、それはお前にとっても同じはずだ。お前はわざわざ、たった一人のためにここに来たのかと言っている」

「その通りじゃよ」


 ドンッ――という大きな音と共に、大地が割れた。

 モーゼフの下までそのひびが入るが、モーゼフは動かない。

 レグナグルの足踏みの振動で、さらに大地も揺れた。

 森の中から鳥達が次々と飛び立っていく。

 周囲にいた魔物達は完全に姿を消した。


「かつてお前がこの森に来たときの理由を覚えているか?」

「無論じゃ」

「流行り病――広まれば多くの死者を出す可能性があったからと、お前はこの地に立ち寄った」

「そうじゃの」


 モーゼフはレグナグルの言葉に頷く。

 レグナグルがまた一歩、モーゼフの下へと踏み出していく。

 ミシッと大地に大きな足形が刻まれる。


「今回は一人だと? その程度のことでここに現れるなど、死にたいのか? それとも、死んだからもう死は怖くないということか?」

「いや、わしは死ぬことを恐れてはおらんよ。もうそんな歳ではないのでな。だが――失うことには慣れないものじゃ」

「そのために、私と相対するとしてもか?」

「必要とあれば。わしはそう決めておるのでな」


 迷いもなく、モーゼフはレグナグルの問いに答える。

 魔力の衝突によって、大地がまた割れた。

 やがて静まり返る森の中で、大きな笑い声が響き渡った。


「ぬはははっ! 久方ぶりに姿を現したと思えば、相変わらず面白い男だ」

「ほっほっ、わしは特に変わっとらんからの」

「いや、私が会った時よりももっと丸くなったな。この牙にまた傷をつけるのかとも思ったが……」

「いやいや、そのようなことはせんよ」


 レグナグルの声は柔らかいものとなっていた。

 久しく会っていない友人と話すように、落ち着いた口調で続ける。


「薬草など好きに持っていけ。ここにはいくつでもあるものだ。だが、持っていけるかどうかはお前次第だがな」

「ほほっ、お前さんのお墨付きをもらって持ち帰れないはずもあるまい」

「いらぬ心配だったか。お前の実力ならば問題はないだろう。だが、ここにやってくるほどの状態なのか? そのエルフの子というのは」


 レグナグルの問いに、モーゼフは首を横に振る。


「いや、正直そこまでの症状ではないと思うのだが……わしも心配でここまで来てしまった」


 モーゼフがそう答えると、またレグナグルは楽しそうに笑う。

 それだけで森の木々達が揺れ、さらに遠くまで魔物達が逃げ出してしまうほどだが、当の本人は気にしていない様子だった。


「ぬははははっ! いや、やはりお前は変わったよ。随分と過保護になったものだ」

「ほっほっ、そうかもしれんのぅ」


 そんな風に言うレグナグルに、モーゼフも気がつくと納得してしまっているのだった。

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