54.エリシアのため
「おねえちゃん、大丈夫?」
「うん、少し熱があるだけだから……」
宿に戻ると、モーゼフはエリシアをすぐに休ませた。
町医者からの診察によると風邪の症状に近いとのことだった。
ただ、人には近いとはいえエルフはまた別の種族だ。
町医者は念のため他の文献も見てくるという。
一先ずはモーゼフの部屋で休ませることにしていた。
エリシアがナリアやヴォルボラに病をうつすことを危惧したからだったのだが、
「我が温めてやろう」
そっとヴォルボラがエリシアと同じベッドで寝ようとしていた。
「だ、だめですよ。ヴォルボラ様」
「しかし……」
「わたしも温めてあげるっ」
「ナリア、大丈夫だから。うつすといけないから、二人とも部屋に戻ったほうがいいわ」
「でも……」
ヴォルボラもナリアも浮かない顔をしている。
二人とも単純にエリシアのことを心配しているのだろうが、ナリアの方は特に表情が暗かった。
「おかあさんも、そうなってからいなくなっちゃったよ?」
ナリアの言葉に、エリシアが驚きの表情を浮かべる。
それはヴォルボラも同じだった。
エリシアが体調を崩すのはよほど珍しいことだったのだろう。
ナリアが泣きそうになっているのを見て、エリシアはそっとナリアの頭を優しく撫でる。
「大丈夫、お姉ちゃんは強くなってるから。ナリアのことを置いていなくなったりしないよ?」
「ほんと?」
「ええ。だから、ね? ナリアにもうつると、私も心配だから」
「うん……」
「心配するな、ナリア。我も保証してやる。エリシアは強い子だ」
そう言って、ナリアを抱きかかえたのはヴォルボラだった。
いつになく優しい表情を浮かべている。
それを見て、エリシアは少し申し訳なさそうにヴォルボラに会釈をする。
気にするな、といった表情でヴォルボラは返していた。
「モーゼフ、我も後で出かける。一先ずはエリシアのことを頼んだぞ」
「ほっほっ、承知した」
「おねえちゃん、またね」
「うん、また後でね」
そして、真剣な表情をしてモーゼフにそう言ったヴォルボラはナリアと共に部屋を後にする。
モーゼフはベッドの横にある椅子に腰かけた。
「体調はどうじゃ?」
「まだあまり……けれど、ナリアを心配させるといけませんから。明日にはしっかり動けるようにしたいと思います」
「いや、ナリアを心配させたくないのなら、しっかりと休むことじゃ」
モーゼフにそう言われ、エリシアは少し悩んでいたようだが、しばらくすると頷いた。
「ごめんなさい、お言葉に甘えさせていただきますね?」
「ほっほっ、ゆっくりするといい」
エリシアは目を瞑ると、しばらくすると小さく寝息を立て始めた。
やはりつらかったのだろう。
表情を見ても、それがよく分かる。
(ふむ、エルフの病か……)
モーゼフも少しばかり慎重に考えていた。
魔導師の多くはこと病に関しては自身の作り出す秘薬によって解決する場合も多い。
だが、それはあくまで自身の身体や重ねた実験によって作り出される成果だった。
モーゼフはエリシアにそんな負担を強いるつもりもない。
エリシアの負担を早くに軽減することを考えていた。
(癒しの魔法――そう呼べるものがいくつかあるが……)
実際、モーゼフの部屋にはいくつか植物の植えられた鉢があった。
これらは精神を安定させると同時に、身体を癒す効果があるとされる植物達だ。
モーゼフは魔法によってそれをさらに促進させている。
もちろん、これらはモーゼフに意味のあるものではない。
モーゼフが急いで用意したものであった。
(多少なりとも効果は見られるようだが……エリシアに負担をかけずになおかつ効果の出る薬草といったところかの)
モーゼフはいくつか本を乱雑に取り出すと、そのまま部屋を出ていく。
エリシアに何かあった場合は、すぐに植物達が知らせてくれる。
モーゼフは文献を漁りながら、直接薬草の類を探しに行くことにしたのだった。
***
宿の女将にエリシアとナリアのことは伝えてある。
ナリアは少しの間、女将が見てくれることになっている。
ヴォルボラは一人、畑の方へとやってきていた。
「おや、ヴォルボラさんじゃないか」
そこには畑仕事の仲間であるカルロスがいた。
定期的にヴォルボラが手伝うかわりに野菜をもらっている。
「一つ聞いてもいいか?」
「なんだい?」
「ここにネギという野菜はないのか?」
「ネギ……それまた唐突だね」
ヴォルボラは町医者のところへと寄っていた。
エリシアの症状に効く食材などはないか、と聞きに行っていたのだった。
ドラゴンの知識からすれば、病に効くものは薬草などといった植物の類だという認識があった。
ヴォルボラが現在持つ《秘宝》を使うことも考えられたが、町医者曰くは一先ず様子見というところだったらしい。
食べ物ならネギが特に良いというのは昔から言われていることだという情報を得たからやってきたのだった。
「この畑にはないのか?」
「うーん、ここの町では扱っている人はいないかもね。二つ先の町とかなら、確か取り扱っていたと思うけど」
「二つ先の町……地図とかあるか?」
「ああ、そんなに迷うところでない――って、今から向かうのかい?」
「そのつもりだが?」
「馬車を使っても日をまたぐくらいの距離はあるよ。そんなに急ぐ何かが?」
「エリシアが病気なのだ」
ヴォルボラのいつになく真剣な言葉に、カルロスも驚いた表情をする。
あまり表情を表に出さないから驚かれるのも当然だった。
だが、ヴォルボラが話をすると、カルロスはそんなに慌てる様子もなく、
「うーん、そんなに慌ててネギを手に入れることもないと思うけど」
「何を言うか。必要ならば世界の果てにでも取りに行く覚悟が我にはある」
「そんなに!? そこまで言うなら、分かった。地図はすぐに用意するよ」
「助かる」
ヴォルボラはカルロスから地図を受け取ると、町の外へとすぐに出た。
そうして、人気のないところまでやってくると、周囲を確認しながら魔力を高める。
「久しぶりだな、こうして力を使うのも」
背中から現れたのは、尻尾と同様に小型の羽だった。
だが、飛行能力は備えている。
部分的に、ヴォルボラがドラゴンとしての力を解放したのだった。
「待っていろ、エリシア。我が必ずネギを持ってくるぞ」
ヴォルボラは飛び立つ。
ネギを手に入れるために――
***
「おねえちゃん……」
ナリアが心配そうに部屋の前に立つ。
だが、部屋の中には入らない。
エリシアとも、そしてヴォルボラとも約束したからだ。
「おや、こんなところにいたのかい」
そんなナリアの下へとやってきたのは、宿の女将であるホリィだった。
相変わらず優しげな表情のホリィにはナリアもなついていた。
しかし、今日は浮かない表情のまま頷くだけだった。
「お姉ちゃんのことが心配なんだね」
「うん……」
「大丈夫さ。すぐによくなって、また二人で遊べるようになる」
「でも、わたしも何かしたいの」
自分には何もできない――そんな風に考えていたのだった。
ナリアは本当に悩んでいた。
このまま何もできなかったら、もしかすると――そんな思いがあるのだろう。
「そうだねぇ。それじゃ、お姉ちゃんが元気になるような料理でも作るとしようかね」
「料理?」
「そうさ。病気のときは病気のときに食べるものがある。一先ずは食材の調達からだけどね」
「わたしもいくっ」
ぱっと手を挙げてナリアも主張する。
ホリィは笑顔で頷くと、
「ああ、一緒にいこうか。お姉さんに任せな」
「うん、ありがとう! おばちゃん!」
「あははっ! 相変わらずマイペースな子だね」
ナリア達は料理を作るための食材調達をするために町に出ることにしたのだった。