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53.色々な戦い方

 温泉旅行から戻ったモーゼフ達はまたいつもの日々へと戻っていた。

 エリシアとモーゼフはいつものように森の中で受けた依頼をこなしつつ、モーゼフがエリシアの魔法の訓練をする。

 エリシアのここ最近の成長には目を見張るものがあった。

 魔法の矢を作り出し、それを放つことが安定するようになってからは、ある程度操作することにも慣れたらしい。

 だが、魔法というのはそれだけで学べることがないわけではない。

 それに、エリシアが学ぶべきことは魔法に関することだけではなかった。

 森の中でも比較的奥地の方にモーゼフとエリシアはやってきていた。

 《ヨロイクワガタ》という名の硬質な甲殻を持つ昆虫型の魔物だ。

 昆虫型の多くは飛行することを得意とするが、ヨロイクワガタはあまり遠くに飛ぶ能力はない。

 それでも、各地に生息しているこの魔物は、かつてモーゼフが暮らしていた大陸でもよく見るものだった。

 硬質な甲殻が特にカゴの素材などに重宝される。


「――」


 エリシアが対象を見つけて矢を放つ。

 木に休むように止まっていたヨロイクワガタはエリシアの矢を受けたが、その衝撃を受けて大きく身体が揺さぶられただけであった。


「なっ!」


 エリシアが驚きの声をあげる。

 魔法の矢で貫けなかったことが驚きだったのだろう。

 だが、モーゼフは特に驚く様子もない。

 至極当然のことであったからだ。

 魔法を扱う上で重要な要素の一つ――威力を調整するということ。

 特に魔法を武器のようにするならば、貫通力を上昇させるためにわざと多めに魔力を集中させ、たとえば回転をくわえるなどの様々な要素がある。

 仮にエリシアが普通の矢を放っていたとしても、ヨロイクワガタの硬質な甲殻を貫くことができなかっただろう。

 当然、攻撃されたヨロイクワガタはバッと木から離れてエリシアの方を向く。

 遠くへと飛ぶ能力はなくとも、短距離の飛行は可能だ。

 それも、虫型の魔物に多く共通することは素早いこと――エリシアが次点の攻撃態勢に入る前にヨロイクワガタが射程を詰める。

 彼らの持つクワというのは二つある鋭い角が農具であるクワに似ているところからも来ている。

 威力は――その比ではない。


「うむ、悪くない一撃ではあったがの」

「モーゼフ、様」


 エリシアに攻撃が届く前に、ヨロイクワガタの身体を細い木の根が貫いていた。

 モーゼフが手を動かすと、そのまま硬い甲殻をものともせずにヨロイクワガタを砕く。

 エリシアは緊張からか、少し汗をかいていた。

 避けられないわけではなかっただろうが、倒せなかったことに驚いたのだろう。


「ごめんなさい。私、油断していました……」

「ほっほっ、そう思えているのならば良いことじゃよ」

「はい……」


 しゅんとしてしまうエリシアに、モーゼフは言葉を続ける。


「では、なぜ倒せなかったと思う?」

「……威力が足りなかったと思います」

「うむ、その通りじゃ。ヨロイクワガタは高い戦闘力があるわけでも、素早いわけでもない。ただ硬さだけでいうのならそれなりに高い部類にはなるじゃろう。そこで、硬い相手に対する戦い方というものがあるわけじゃ」

「硬い相手、ですか?」


 エリシアの問いに、モーゼフは頷く。

 魔法の使い方まではモーゼフが教えるだけで多く学べることはあるだろう。

 だが、魔物との戦いとなるとまた別だ。

 相手の性質――得手不得手に合わせた戦い方も必要となってくる。

 それらに対応するために必要なものは経験だ。

 モーゼフは対魔物に対しても経験を多く持っている。

 ただ、これらは教えるだけで学べるものではないが、まずモーゼフはエリシアに理解してもらうところから始める。


「硬い相手にはどう戦うか、という話だが」

「はいっ」


 モーゼフはそう言いながら倒したヨロイクワガタを持ち上げる。

 エリシアはこうした魔物に対しての抵抗もあまりないようで、真剣な面持ちで魔物を見つめる。

 ナリアなら純粋にこの魔物のことを格好いいと言うかもしれない。

 今はヴォルボラと二人、町の方にいる。

 ヴォルボラはエリシアに対して特に依存しているようにも見えるが、しっかりとナリアのことの面倒を見てくれている。


「まず考えられる戦い方はいくつかある。一つは純粋な火力をあげること」

「火力……」

「そうじゃ。エリシア、お前さんはまだ魔法を使えるようになった段階じゃ。すなわち威力を調整することはできていない。魔法というのは魔力を調整することでその本質を変化させることもすることができる」

「そうなんですか。……ああ、確かに私は同じくらいの魔力でしか魔法を放ったことはないかもしれません」

「ほっほっ、最初はそういうものじゃよ。だが、どんな相手にも同じ魔法が通じるとは限らない。長い目で見れば、相対する相手によって魔法の属性や性質――そもそも魔法を使うかどうか、というところも選択に入ってくるじゃろう。まあ、この辺りは後々学ぶにしても、まずは威力というところじゃな」


 モーゼフの使う樹木に関連する魔法もそうだった。

 攻撃に転嫁しているのはモーゼフの魔力の使い方にある。

 モーゼフはそのまま話を続ける。


「もう一つの方法は弱点をつくことじゃ」

「弱点、ですか?」

「うむ。お前さんにも弱いところがあったりするじゃろう?」

「えっと、私は脇腹のあたりが――あっ、たとえですけどっ」


 何か言いかけたところで慌てて言葉を濁らせるエリシア。

 モーゼフはいつものように「ほほっ」と笑顔を浮かべながら話を続ける。


「そうじゃ。お前さんが思う弱点もあるように、この魔物にもそれがある。腹の部分とかの」


 モーゼフの魔法にはそもそも、甲殻を貫く威力はある。

 だが、それがあったうえでも腹の部分から貫くということをしていた。

 戦いにおいて相手の弱点を狙うというのは当たり前のことだ。

 それが必要なことならば狙うことだ。


「お前さんは矢の操作にも慣れてきたところだが、まだ二発連続で放つ練習はしていなかったの」

「二発……やったことないです」

「一つ目の魔法を発動している間に、二つ目の魔法の準備をすることじゃな。少し魔力の使い方が難しくなるがの。それで、どちらが好みかの」

「えっ?」


 エリシアが唐突に話を振られて、素っ頓狂な声をあげる。

 エリシアが驚くのも無理はない。

 エリシアにはどちらがいいかなど分かるほど経験はないからだ。


「ほっほっ、冗談じゃよ。これからどちらにしていくか決めていけばよい。もちろん、どちらも学ぶこともできるし、実際に好みもないわけではない」


 さらに先のことを考えるのならば、どちらも学ぶべきではある。

 それをいきなりモーゼフはエリシアに突きつけようというつもりはなかった。

 エリシアは少し悩んだようだったが、


「分かりました。でも、私はどちらも学んでみたいと思います」


 これから決めればいいというモーゼフに対して、エリシアの決断は早かった。

 高い向上心というのは成長を促す。

 モーゼフはエリシアの言葉に頷いて答える。


「うむ、ならばどちらも学んでいくことにしようかの」

「はいっ」

(ほほっ、楽しみな子じゃのぅ)


 そうして、再びヨロイクワガタの討伐のクエストに戻ろうとしたときのことだった。

 ふと、エリシアの足元がふらつくのが見える。

 モーゼフはすぐにエリシアの身体を支えた。


「おっと、大丈夫かの?」

「あ、ごめんなさい。少し足元が……」

「む、お前さん。少し顔色が赤いように見えるの」

「あ、だ、大丈夫ですっ」


 モーゼフの指摘に対して、エリシアは少し慌てたように返事をする。

 モーゼフはそれを聞いただけで、それとなく察した。

 どうやら、朝からエリシアはあまり体調がよくないようだ。

 ヨロイクワガタの攻撃に対して反応が遅れていたのもそのせいなのかもしれない。


「……エリシア、無理をすることは良いことではないぞ?」

「っ、ごめん、なさい。朝から少しだけ体調が悪くて……」

「そうか……」


 モーゼフが少し注意するように言うと、エリシアは素直に頷いた。

 朝から少し喉の調子も悪かったとのことだ。

 エルフは病気に対する抵抗力が高いことでも知られている種族であったが、決してならないわけではない。

 モーゼフもそれに気付けなかったことを反省する。

 人の体温を特に感じられないモーゼフは、そうしたわずかな変化を感じ取れなくなっていたのだ。


「ほっほっ、今日はここまでとしよう。お前さんの身体の方が心配じゃ」

「いえっ、そんなご心配をかけるようなことでは……」

「そういうところが、わしの心配するところじゃよ」

「あ、う、ごめんなさい……」


 モーゼフに言われて、エリシアは反論することもやめた。

 早めに切り上げて、モーゼフとエリシアは宿の方へと戻ることにしたのだった。

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