52.変わったところ
エリシアとナリア、そしてフィールは三人で町中巡りを楽しんだ。
モーゼフが合流したのは結局、三人が宿に戻ってきたときだった。
フィールとグロウはそのまま宿を発ち、王都の方へと戻るという。
「それでは、私達は王都に戻ります」
「フィールさん、お元気で」
「ええ、エリシアさんも。それにナリアちゃんもね」
「うんっ。わたしはいつでも元気だよ!」
「そうですね」
ちらりとモーゼフの方にも視線を移し、会釈をするフィール。
その表情にはすでに敵意はなく、モーゼフも笑顔で返す。
「いずれ王都の方にいらっしゃる事があれば私が案内しますよ」
「ありがとうございます。いつか必ず行きますね」
そう二人は約束を交わし、別れを告げた。
モーゼフとグロウは特に会話をすることもなく、少し視線を合わせたくらいだった。
話すことは話している。
次に会うことがあればまた他愛のない話をする――そんな関係であれば十分だろう。
「またねーっ」
ナリアが大きく両手をあげて手を振って送る。
その姿が見えなくなるまで、モーゼフ達はそこを動かなかった。
「モーゼフ様、私にはもう友達はいらないと思っていました」
モーゼフの方を見ているわけではなく、ただ去っていったフィール達のいる方を見ている。
傍らにいるナリアの頭に手を置いて、エリシアは言葉を続ける。
「ナリアがいて、モーゼフ様と出会って、ヴォルボラ様もいてくれる――私はとても幸せだと思います。正直、それ以上のことを望んでよいのかどうかとも私は思いました」
エリシアがモーゼフの方を向く。
エリシアの表情はとても晴れやかだった。
「ごめんなさい。私、やっぱり少し我儘になったかもしれませんね。もっと色んな人と会って話してみたいとか、そんなこと考えたりしています」
「わたしも!」
エリシアに続いて、ナリアも頷いた。
モーゼフはそれを聞いて、静かに頷く。
「それは我儘とは言わんよ。ごく普通の、当たり前にしていいことじゃ。わしもしたいことをしているからのぅ。それに、我儘だったとしても、お前さんくらいの年齢ならそれくらいがちょうどいいじゃろう」
「はいっ」
少し頬を赤らめながらも、エリシアは頷いた。
「わたしもしたいことしかしてないよ?」
「ほっほっ、そうじゃのぅ。エリシアもナリアから学ぶことがあるかもしれんぞ?」
「わ、私ですか?」
「おねえちゃん、教えてあげるっ」
「なにを?」とナリアは自分で言った後にモーゼフの方を振り返る。
そんなナリアのことを抱きかかえて、モーゼフは微笑む。
「いずれ分かることじゃろうて」
「うんっ」
「さあ、そろそろ宿に戻るとするかの。ヴォルボラが待っておるぞ」
「あ、ヴォルボラ様にお土産も買ったんでしたっ」
「ほほっ、きっとあやつも喜ぶじゃろうて」
三人は宿の方へと戻っていく。
モーゼフ達のちょっとした旅行は、エリシアにとっても新しく友達のできた良い旅となっただろう、とモーゼフは確信していた。
***
王都に戻る途中――フィールはグロウと共に川辺で休憩をしていた。
エリシア達を別れてから、どこかフィールは以前と比べると丸くなっているとグロウは感じていた。
グロウも、モーゼフという新しい友人を得た。
本気で戦ったとしても勝てないだろうと思わせる相手はいつ以来だろうか。
「俺もまだまだってことかね」
「何がです?」
ちょうど水浴びを終えて戻ってきたフィールが後ろに立っていた。
聖女としての日課の一つだ。
身体を水で清めるという行為に加え、フィールは魔力から聖水を作り出すこともできる。
フィールは濡れた金髪から水を滴らせながら、グロウの用意した焚火の前に座り込んだ
「何でもねえさ。それより、急いで王都に戻る必要もねえんだぜ?」
「必要ないわけではないでしょう。私達はそもそも吸血鬼の調査を――あっ! 何て報告すればよいのでしょう……」
温泉での羽休めも相まって、長期間王都から離れていた。
フィールには調査結果を報告する義務がある。
それはグロウも同じだった。
だが、悩むフィールに対して、グロウはいつもと変わらない様子で答える。
「ま、見つからなかったでいいさ。何ならあんたの分も俺が報告しといてやるよ」
「そ、それくらい私にもできますっ。見つからなかった、と言えばいいのでしょう!?」
「いや、それを真に受けられても困るがな」
フィールも純粋な子だった。
グロウはそれをよく理解している。
年相応の態度を見せることもあるくらいだ。
ただ、聖女という役割がどこまでも彼女自身を表に出させようとしない。
王都ではフィールは敬われる存在でもあるからだ。
聖女の友人など恐れ多い――そういう考えを持つ者もいるだろう。
エリシアのような同じくらいの歳の子でもそうだ。
ナリアくらいの歳ならば純粋に仲良くしたいという子もいるようだが、そうならないように教えられているところも多い。
そして、フィールもそれが当たり前だと思っている。
周囲の人間も、フィール自身さえもそう考えているのだから、彼女自身が尊重されることなどほとんどないことだった。
グロウはそれをよしとはしない。
ただ騎士として彼女を守る――グロウの騎士としての役目だ。
それは必ずやり遂げる。
グロウがやるべきことは、フィールが人々の幸せを望むのならば、グロウはフィール自身の幸せを望むということだ。
「グロウ、あなたはモーゼフさんとはご友人ということでいいのですか?」
「ああ。少なくとも俺はそう思っているぜ」
フィールがモーゼフと出会ったときに、すでにフィールの名前を知っていたことを咎めるように見ていた。
またそれを咎めるのかとも思ったが、フィールはそれを聞いて微笑むと、
「あなたにもお友達がいたのですね」
そんなことを言い出したのだ。
「おいおい、随分失礼な言い方じゃねえか?」
「ふふっ、だってあなたいつも私の護衛ばかりして、他の人とは仕事の関係でしか見ないから」
別にそんなことはない。
グロウはよく仲間とも呑みにいくし、フィールのいないところでは色々と遊びにも行くことはある。
ただ、フィールがそういうところにも考えを向けることができるようになったのだろう、とグロウは考えた。
「だったら、今度俺の友人達を紹介してやるよ」
「……それは、私が行っても大丈夫なのですか?」
「ハッ、心配なことでもあるのかよ? 自己紹介の内容か?」
「そ、そんなこと心配してませんっ。分かりました! 聖女ジョークでしっかり掴んで見せます」
こんな風に答えることも、今までのフィールならなかっただろう。
エリシアと――そしてモーゼフとの出会いはフィールにとっては良い出会いになったとグロウも喜んだ。
そんなグロウに対し、フィールは少しだけ俯きながら、話を続ける。
「でも、私はあなたのことは――ずっと、信頼していますよ?」
「あん? なんだって?」
「な、なんでもありませんっ」
恥ずかしがりながら視線を逸らすフィールに、グロウは我慢できずに大声で笑い出した。
「あっ! き、聞こえていましたね!? 聞こえない振りをするなんてひどいですっ!」
「いやいや、本当に聞こえてなかったさ。あんたの反応が面白かっただけだ。もう一回言ってくれよ?」
「あ、う――もう言いませんっ」
少しだけ不機嫌になったフィールはそそくさと身支度を整えると、足早に先を行こうとする。
そんなフィールの後ろ姿に軽くため息をつきながら、グロウも立ち上がってフィールの後を追った。




