表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

51/115

51.純粋な気持ち

 エリシアに連れられて、フィールは町の方へと戻ってきていた。

 一緒にいた二人とは近くで待ち合わせしていたということだが、その場にいたのはナリアだけだった。


「あっ、おねえちゃん!」

「ごめんね、待たせて――って、一人?」

「ううん? ヴォルボラが一緒に――あれ、いないっ」


 先ほどまでは一緒にいたらしいヴォルボラの姿はそこにはない。

 周囲を見渡してみるが、そこには近くにはいないようだった。

 モーゼフの次はヴォルボラが姿を消してしまう。

 またエリシアが探しに行こうか悩んでいると、


「あ、そういえばさっきお昼寝したいっていってたよ」

「お昼寝? なら宿の方に戻られたのかしら」

「私は宿に戻っても構わないですが」

「いえ、せっかくですからこのまま町を周りましょう。ヴォルボラ様が眠られるなら邪魔しては悪いですし」

「そう、ですか」


 何か理由をつけて離れようとしたフィールだったが、そのまま町を周ることになった。

 突き放して離れるようなことは、フィールの性格ではできなかった。

 それは聖女としての彼女ではなく、彼女自身の性格だ。


(私はこんなことをしている場合では……)


 そう真剣に悩むフィールのことを、じっと見つめているナリアの姿が目に入った。


「……ど、どうかしましたか?」

「フィール、元気?」


 突然の質問に、フィールは困惑する。

 その質問にきっと大きな意味はないだろう。

 ただ、ナリアがそう感じたから聞いてきただけだ。

 今のフィールは、ナリアには元気がないように見えるのだろう。

 フィールはできるだけ優しい表情で答える。


「え、ええ。元気ですよ。どうしてですか?」

「うん、少し元気なさそうだったから」

「そう言われると少し顔の色が悪いかもしれないです。ごめんなさい、無理に連れてきてしまって……」

「あ、いえっ! 本当に大丈夫ですからっ」


 エリシアにも心配されて、フィールは慌てて返事をする。

 元気がないわけではない。

 ただ、心に迷いがあった。

 目の前にいる二人は、モーゼフのことをアンデッドの最上位であるリッチだと知っているはず。

 それを知った上で、彼女達はモーゼフと一緒にいるのだろう。

 モーゼフと話していたエリシアはとても嬉しそうにしていた。

 ナリアも同じだ。

 モーゼフのことを追跡していたとき――そのときからモーゼフには気付かれていたのだろう。

 だが、この二人はフィール達には気づいていなかった。

 彼女達は本当にモーゼフのことを慕っている――フィールはそれが信じられなかった。


(アンデッドは変質するもの……どうしてそれを信じられるというの?)


 それはフィールが一番よく知っていることだった。

 フィールの両親がそうであったように。


「どこに行こっか?」

「まだ見てないところいっぱいあるよっ」

「フィールさんはどこか行きたいところはありますか?」

「あの、その前に一つ聞いてもいいですか?」

「はいっ、何でしょう?」

「なぁに?」


 どこに向かうか談義しているエリシア達に、フィールは率直な疑問をぶつけることにした。


「エリシアさん達は、モーゼフさんとはどこで出会われたのですか?」

「モーゼフ様ですか? えっと、何て言ったらいいんでしょう。森の中で、でしょうか」

「森の中……また凄いところで出会ったんですね」

「はいっ。でも、モーゼフ様はお会いしたときからとてもお優しい方でして、こうして私達二人と一緒にいてくれて……」

「『ゆーふく』も分けてくれるんだよ」

「裕福?」

「うんっ。あっ、でもおねえちゃんもモーゼフも見せたり言ったりしちゃダメだって――あっ! いっちゃった!」

「ナ、ナリア……」

「しーっ、だよ?」


 ナリアが指を立ててジェスチャーをする。

 エリシアも少し慌てているような様子だった。

 フィールにはナリアの言う裕福というものが何か分からなかったが、エリシア曰くお守りのようなものだという。

 彼女達は純粋だった。

 純粋に、モーゼフのことを慕っている。

 それはきっと強制されているものでもない。

 あの老人は――アンデッドになってしまってもそのまま生前と変わらなかったのだろう。

 なろうと思ってなったわけではないとモーゼフは言っていた。

 仮にそのタイプのアンデッドならば、理性が残っているのはフィールも初めて見る。

 それが嘘だったとして、リッチに自らなったアンデッドだとしたら、モーゼフにも何か野望があってそうなったのではないかと疑った。


(結局、私が認められなかっただけってことですか)


 フィールにはその光景が信じられなかっただけだった。

 モーゼフがただ彼女達を守るためにこの世に残っているということが。

 それが本当だとしても、フィールは自身の役目を貫こうとした。

 聖女の役目だから、そうすると常に言い聞かせてきたからだ。


「フィールさん?」

「どうしたの?」

「いえ――行きたいところを考えていました」


 エリシア達がまた心配そうに問いかけてきたのに対し、フィールは先ほどとは違い、自然な笑顔で答える。

 すぐにモーゼフの言うことすべてを鵜呑みにするつもりはない。

 けれど、少なくとも今は目の前にいる彼女達を信じることにしよう。

 そう思うと、不思議とフィールの心から迷いは消えていた。


   ***


 町の中を仲睦まじく歩く三人の少女を見守るように、赤い髪を風になびかせたヴォルボラは目を細める。

 やや山側のところにある建物の上からは町の方がよく見渡せる。

 様子を見るなら一番良いところだった。


「お前さんは行かんのか?」

「……我が行くとどうしても態度に出るからな」


 そんなヴォルボラの下へモーゼフがやってくる。

 ヴォルボラも自覚はしているようだった。

 エリシアに対しては特に過保護な傾向にあるヴォルボラは、フィールのことを警戒していた。

 今もその警戒を解くことはできないから、一緒にいても空気を悪くしてしまう。

 それを理解したうえで自ら離れることができる――少し無理はしているが。


「エリシアは誰にでも優しくなれる奴だ。我に対してでもそうなるのだからな」

「ほっほっ、そうじゃの。だが、ああ見えてナリアの幸せばかり考えて動く子じゃからな」

「ああ見えて? そうにしか見えない」

「おっと、そうじゃったか」

「ふん、妹を想う気持ちはわかる。我もナリアのことは好いているからな。だが、エリシアは自分のことは考えないことが問題だ」

「そうじゃの。だから、同い年くらいの友達も必要かと思っての」


 モーゼフの言葉に、ヴォルボラは少しだけ不機嫌そうに尻尾を振った。


「わざわざあんな珍しいものを友に選ぶとはな」

「お前さんを友達と呼ぶくらいじゃからのぅ」

「我が友ではおかしいか?」

「いやいや、すまん。そういう意味ではなかったのじゃが。だが、エリシアは友と呼べるのはお前さんだけでもいいと言っておったくらいじゃから、少し心配だっただけじゃ」

「むっ、そうなのか」


 モーゼフが心配していると言ったことに対し、ヴォルボラは少しだけ声のトーンが高くなる。

 少し嬉しそうにしているのが露骨に分かるくらいだった。


「しかし、お前さんにも少し面倒をかけてしまったからの。温泉まんじゅうでも食うか?」

「餌付けのつもりか? そんなもので我の機嫌が取れると思うなよ」


 そんなことを言いながらも、ヴォルボラはモーゼフから与えられた温泉まんじゅうを頬張りながらエリシア達を見守っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
平穏を望む魔導師の平穏じゃない日常
書籍版1巻が11/15に発売です!
宜しくお願い致します!
2018/10/10にこちらの作品は第二巻が発売されております!
合わせて宜しくお願い致します!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ