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50.見守る者

「モーゼフ様――あ、こんなところにいらしたんですか?」


 やがてモーゼフの名を呼びながら、エリシアがやってきた。

 モーゼフは骸骨の姿ではなく、老人の姿でエリシアを出迎える。


「よくここが分かったの」

「え――あ、確かに……気付いたらこんなところに来ていました……」


 モーゼフの言葉に、エリシア自身も驚いているようだった。

 忘れ物をした、とモーゼフは言い残した。

 それならば宿の方にでも行くのが普通だろう。

 だが、エリシアは直接森の方までやってきた。

 モーゼフがここに来るとは一言も言っていないにも関わらず、だ。

 無意識のうちに、モーゼフの魔力を追うことができるようになっている――それはエリシアの魔法の修行の成果が出ているとも言えた。


「ほっほっ、そうか」

「それであの、モーゼフ様はどうしてこのようなところに?」


 エリシアの問いに、モーゼフはちらりと視線を移す。


「いやなに、お前さんの知り合いに出会ったものじゃからの」

「知り合い? ――あっ」


 エリシアも視線の先にいる少女に気付く。

 先ほど温泉で出会った聖女を名乗る少女――フィールがそこに立っていた。

 やや気まずそうにフィールは視線を逸らすが、エリシアはフィールのもとへと駆け寄り、手を握った。


「フィールさん! 偶然ですね」

「あ、いや……」


 エリシアも友人は不要と言っていたが、やはり嬉しそうにしていた。

 同じくらいの歳の子の知り合いというのは、エリシアにとって必要なものかもしれない。


「ほっほっ、ここで会ったのも何かの縁じゃ。一緒に町を見てきたらどうじゃ?」

「町を、ですか?」


 モーゼフの言葉に、フィールがはっとする。


「何を――」

「せっかくですから、一緒に行きませんか?」


 フィールの言葉を遮るように、エリシアが問いかける。

 モーゼフに対しては敵意を出していたが、エリシアに対してはできない。

 わずかに言葉を詰まらせたが、フィールは小さく深呼吸をすると、


「私は、こう見えても忙しい身なので」


 はっきりとそう答えたつもりだった。

 だが、フィールの答えにエリシアは俯き、


「あ、ごめんなさい。事情も考えずに……」


 少し暗い表情になってしまった。

 傷つけるような言い方をしてしまった――フィールはそう感じる。

 それを見たフィールはやや慌てたように付け加える。


「す、少しだけなら……」

「はいっ」


 それに、エリシアも笑顔で答えた。

 二人はきっと、すでに友達と言えるのだろう。

 エリシアが純粋に落ち込んだり、喜んだりできる相手なのだから。


「わしも後で合流するからの」


 エリシアとフィールにそう伝えて、二人を先に町へと行かせた。

 フィールはまだ何か言いたげな表情をしていたが、エリシアの前では言うつもりはなかったらしい。

 ただ、二人を見送るモーゼフに対するフィールの視線は少し恨めしそうであり、同時に照れ隠しをしているようだった。

 殲滅する――そう言っておきながらこんな形になるとはフィールは想像していなかったのだろう。

 フィールにも心を整理する時間というものは必要だ。

 しばらく経ったあと、モーゼフはふと声をかける。


「そろそろ出てきてもいいぞ」

「――よっと」


 モーゼフの言葉に合わせて、木の上からグロウが飛び降りてきた。

 グロウはばつが悪そうに頭をかく。


「悪かったな、手間を取らせて」

「なに、それが仕事じゃろう?」

「まあな。あんたみたいなお方は初めて会ったが」


 グロウにとっても驚きだったようだ。

 そもそも源泉巡りなどという常識外れなことをできる人間は早々いない。

 それができる相手に出会ったと思えば、それが人間でなかったのだから。

 確かに、人間でないのならそれができてもおかしいことは何もないのだが。


「ほっほっ、アンデッドの多くは意思の疎通はできないからの」

「ああ。だから、正直あの場であんな風な声を出すとは思わなかったぜ」


 あんな風な声――それはフィールがグロウの名を叫んだときのことだ。

 結局、グロウは斧を振るわなかった。

 防ぐつもりも避けるつもりもなかっただろうモーゼフに対して、フィールがあのとき出した答えは制止の意味の叫びだった。


「お前さんはそれでいいのか?」


 モーゼフがグロウに問うと、ひらひらと手を振りながら答える。


「構わねえさ。聖女様の選んだことを優先するのが俺の仕事だ。もっとも――本来の役割は護衛だからな。害のない相手に対して武器を振るうことは仕事じゃねえ」


 グロウにとっての騎士の仕事――それはあくまで守るのが基本だ。

 モーゼフは敵対の意思を初めから見せていなかった。

 だから、グロウとしても戦うべき相手ではないと判断していたらしい。

 最初に斧を振りかぶったとき、殺意がなかったのもそうなのだろう。

 その後、全力で振るっているように見えたそれにも、殺意がなかったように。

 グロウはモーゼフがどうしたいのか、最初に攻撃を防がれたときに気付いていたからだ。


「お前さんが本気で斧を振るっていたのなら、また対応も変わっていたかもしれないからの」

「ハッ、持ちあげなくてもいいさ。どの道本気でやり合ったとしても結果は変わらなかったと思うぜ。正直、あれで攻撃が通らない方が驚きだったからな」


 聖骸斧――武器として見れば世界でも最高峰の部類の装備だ。

 それを本気出なかったとしても、グロウが攻撃を通せなかったことには驚きを隠せなかった。


「普通の植物であったのなら、魔法で強化していたとしても切断されていたかもしれんの」

「ああ、やっぱり普通の植物じゃなかったか」


 二人の戦いに対する話はそれで終わる。

 互いにそれ以上の手の内は見せない――モーゼフとグロウはお互いの強さを理解したうえであくまでフェアであろうとした。

 それが二人にとってのある種の友情のようなものだ。


「ありがとよ」

「急にどうした?」


 グロウの感謝の言葉に、モーゼフが問い返す。

 空を見上げながら、グロウの表情は少し嬉しそうだった。


「あいつにもああやって遊べる相手がいればいいと思ってたからな」


 出会ったときにも言っていたことだ。

 モーゼフはそれを聞いて、いつものように笑いながら、


「ほっほっ、それはわしも同じじゃよ。それに、礼を言われるようなことではない」


 感謝されるようなことではない――そう答える。

 きっとあの二人は普通に友人になることができた。

 それはモーゼフが手助けをしたことではないと言うつもりだった。

 ただ、グロウにとっての感謝の言葉は、グロウにはできなかったことをモーゼフがやってくれたことに対してでもあった。


「そうかい? いや、そうだな」


 ただ、この老人はきっとその感謝の言葉も簡単には受け取らないだろう。

 だから、グロウも納得して頷いた。

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