5.エルフ二人と
部屋の整理はしておいてよかった、とモーゼフは頷く。
人を迎え入れることは十分にできると思う。
モーゼフに向かい合うように、ナリアとエリシアが座っていた。
ナリアはきょろきょろと周囲を見渡し、エリシアがそれを落ち着かせようとする。
並べてみると、さすがに姉妹といったところでそっくりだ。
性格はまるで違うようだが。
「元気そうで何よりじゃ」
「モーゼフ様も、その、お元気……ですか?」
元気があれば何とやら。
思わず疑問形になってしまうエリシアに、カタカタと顎を鳴らしながらモーゼフは答える。
「この通り、死ぬ前よりも元気じゃよ」
「それならばいいのですが、なぜそのようなお姿に?」
純粋な疑問――ナリアには説明しても上手く伝わらないだろうが、エリシアには伝わるだろう。
モーゼフは簡潔に答えた。
「老衰じゃよ。そうして、目覚めたらリッチになっておった。ここを終わりの地としていたんじゃがの」
「寿命でリッチに? モーゼフ様はそれほどまでの魔導師だったということですか?」
魔導師どころか、賢者の中でも大賢者と呼ばれるほどの存在だが。
この地域では知っている者はいないだろう。
大きな町にいけばひょっとすればだが、ここはすでにモーゼフが住んでいた大陸とも異なる。
「そうじゃの。ま、幸か不幸かそうなってしまう程度の魔導師じゃ」
「私を助けてくださったときも、きっと物凄い魔導師様なのではないかと思っていました。次にお会いするときは必ずご恩を返そうと……」
それが亡くなられてしまうとは――そんな風にエリシアは続ける。
エリシアと別れてから三年の月日が流れていた。
モーゼフの魂はその間、モーゼフの意思とは関係なくリッチとなるために骨身にとどまり続けていたということだろう。
そうなってしまった以上は仕方ない、と楽観的なモーゼフに対してエリシアは真剣な表情だった。
「今からでも私にできることはありませんか?」
「わたしもおてつだいするっ」
ピンと手を伸ばすナリアに「こ、こらっ」と注意するエリシア。
なんとも微笑ましい姉妹だった。
「ほっほ、よいよい、ナリアとわしは友達になったのじゃからの」
「うんっ! モーゼフとわたしはお友達だもんねっ」
「そ、そんな。モーゼフ様、よろしいのですか?」
「当然じゃ。わしも寂しくてのぅ」
「よしよししてあげよっか?」
「おお、助かるのぅ」
エリシアにとって実力のある魔導師というのと、恩人であるモーゼフが妹の友達というのは複雑な気持ちだったのだろう。
モーゼフはうんうんと頷く。
モーゼフへ恩返しをしたいというエリシアの気持ちもあるだろうが、モーゼフがここに招き入れたのはその話をするためではない。
冒険者になるというエリシアの話だ。
「お前さんは冒険者になるという話を聞いたが」
エリシアは少し驚いた顔をして、ナリアの方を見る。
モーゼフの前だから怒らないようにしているようだが、そういう話は人前でするなとでも言いたげだ。
モーゼフは人としてカウントしていいものかは微妙なところだが。
「……はい、私とナリアはこの森で暮らしていましたが、その……私が母を亡くしてからずっと考えていたんです」
「というと?」
「妹のナリアはまだ幼く、一人では生きていけません。モーゼフ様に救われてからは十分に注意して生きてきましたが、この子にはもっと幸せに生きてもらいたいんです」
そう言って、エリシアはナリアの頭を撫でる。
「んふー」と嬉しそうなナリアに、まるで母のように微笑むエリシア。
まだエリシアもエルフとしては若く、むしろ幼い部類だというのに。
「仲間はおらんのか?」
「……はい、その、エルフにも色々ありまして」
「ああ、深くは聞かん。戻れん事情があるのじゃな」
エリシアは少し悩んだように、長い銀髪を撫でる。
モーゼフにはそれはとても美しく見えた。
エルフのことだからとエリシアは話すか迷ったが、小さくため息をつくと、
「銀髪というのはダークエルフが本来持つ物なんです」
「ダークエルフ……昔に見たことがあるの」
魔族と化したエルフのことをそう呼ぶ。
確かに、褐色の肌に銀色の髪をしていた。
エリシアやナリアは普通のエルフのようだが、その髪は銀色だ。
特徴だけで差別や偏見が生まれる――それはよくある話だ。
数の少ないエルフだったら、それが少しのことでも大きくなるのだろう。
「生まれながらの銀色の髪の子は災いをもたらす――幼かった私だけでなく、妹のナリアまで髪の色がそうでした。母は普通なんですけれど」
「それで家族で旅に出た、と」
「はい。父は村を出る前のときから、狩りの途中に亡くなったので、三人でここまで暮らしていました」
今は二人だけ――そういうことだ。
エリシアは決心したように拳を握りしめる。
「だから、私が冒険者となってこの子を育てます。不自由なく暮らせるように」
「確かに大成すれば暮らしていけるじゃろうが……ナリアはどうする?」
「そこが今の悩みの種でして……この子を連れて歩くのは危険だし、かといって置いていくわけにもいかないので……」
最終的には連れていくしかないとは思っているのだろう。
ナリアも少し怒ったように、
「わたしもおねえちゃんと行くもんっ」
「ほっほ、ナリアはお姉ちゃんのことが好きじゃのぅ」
「モーゼフのことも好きだよ! 一緒に行こ?」
ふと、ナリアはそんなことを言い出した。
慌ててエリシアはナリアを注意する。
「こらっ、モーゼフ様にご迷惑をおかけしては――」
「別に構わんぞい」
「え?」
「わしがいれば少なくとも町までの道中は心配いらんからのぅ」
エリシアは目を丸くする。
ナリアは両手をあげて喜んでいた。
「わーい! モーゼフも一緒っ!」
「で、ですが、ご恩も返せていないのにそのような……」
エリシアは律義だった。
この状況でもまだ助けられたことの恩を忘れないでいる。
今は妹のことだけを考えていればいいのだ。
「わしも骨になってしまって、そろそろ人恋しくてのぅ。二人が一緒にいてくれると助かるんじゃが」
ちらりとエリシアを見ると、エリシアも少し嬉しそうだった。
両手の指をこすり合わせながら、上目遣いでモーゼフを見る。
「その、本当にご迷惑でなければ……頼ってしまってもいいでしょうか?」
若い男であればこの時点でノックアウトされてしまうかもしれない。
頼ってしまっても――というのは、きっと寄る辺のないエリシアにとって言えると思ってはいなかった言葉なのだろう。
モーゼフはカタカタと笑い、
「もちろんじゃ。このモーゼフの名に誓ってお前さん達を守ってみせよう」
優しい声で、モーゼフは答えた。
エリシアも安堵した表情になる。
こうして、リッチとなったモーゼフは二人のエルフの保護者となったのだった。