表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

48/115

48.相対する者たち

「なんなのか、とはまた面白い質問じゃのぅ」


 フィールの問いにモーゼフは髭を撫でる仕草をして考える。

 自分がなんなのか――そんなことを考えたのはもう数十年も前のことだ。

 だからこそ、いざ聞かれるとフィールの言葉について考えてしまった。

 だが、今フィールが問いかけていることはそういう意味ではないのだろう。


「――とはいえ、わしからは特別な答えは出んよ。わしはしがない老人じゃからの」


 モーゼフはただそう答える。

 そんなモーゼフの言葉にも、フィールの視線は変わらない。

 モーゼフに向けられているのは敵意だった。

 傍らに立つグロウも、真剣な表情でこちらを見る。


「とぼける必要はありません。私には『分かり』ますから」


 フィールの言葉を聞いて、モーゼフは少し驚いた。

 グロウの方を見ると、小さく手でジェスチャーをする。

 肯定の意味だろう。

 モーゼフもその言葉だけで言いたいことは理解できた。

 フィールはそういう特異な能力を持つ少女なのだと。


「なるほど、珍しい能力を持っているの。お前さんの連れは」


 モーゼフは幻覚の魔法を解除する。

 ローブに身を包んでいた優しげな老人の姿から一転し、表情をうかがうことのできない白骨が露わになる。

 カチャリ、と骨の音がフィール達の耳に届く。

 グロウも目を見開いて驚いた。


「まじだったか」

「ほほっ、まじなんじゃよ」


 モーゼフは笑って答える。

 そんなモーゼフとは対照的に、フィールは緊張していた。

 目の前にいるのは紛れもなく、アンデッドの最上位であるリッチだからだ。

 フィールですら目の前に立ってようやく気付けるレベルの幻覚魔法。

 普通に見ていたら普通の老人と変わらない。

 いや、むしろ変わらな過ぎることにフィールは違和感を覚えていた。

 ――目の前にいる老人は、とても楽しいそうにエリシア達といたからだ。


「リッチ……あなたがなぜあの娘達と共にいるのですか?」

「ふむ、意外と気になることのようじゃな」

「……?」


 フィールが怪訝そうに眉をひそめる。

 モーゼフの独り言だった。

 以前に出会った吸血鬼のウィンガルも同じように問いかけてきた。

 なぜ、リッチがそのようなことをするのか、と。

 ただ、モーゼフの答えは変わらない。


「わしからしてみれば、共にいることに理由が必要かという話じゃ。家族にしろ、恋人にしろ、友人にしろ――共にいたいと思えばそうすればいい。互いに受け入れられるのならばの」


 モーゼフの言葉に驚いたのはフィールの方だった。

 互いに受け入れる――それが今のモーゼフ達なのだとすれば、


「……っ! まさかエリシアさん達もあなたの正体を知っていると?」

「ほっほ、正体も何もなかろう。わしはわしじゃからの」

「ハッ、はっきり言うお方だぜ」


 モーゼフの言葉にグロウは肩をすくめる。

 グロウからはあまり敵意が感じられなかった。

 グロウ自身――骨の姿を露わにしても、モーゼフは先ほど共に源泉巡りをした老人と何ら変わらなかったからだ。


「仮に一緒いたいから、という理由があったとしてもです。リッチになるということは――あなたがこの世の理に背いているということになります」

「理、か。人はみないずれ死ぬ、そして新たな命として生まれ変わる、と」

「その通りです」


 フィールが頷く。

 これはルマ教会だけの『教え』ではない。

 人だけではなく、生物とはみな等しくそうなるべきであるという考えに基づいている。

 それに反するのが、永遠を求める一部の魔導師達ということになる。

 彼らはその教えを否定する。

 求められることを求めて何がおかしいのか、と。

 だが、モーゼフは教えを否定するようなことはしなかった。

 なぜなら、モーゼフこそ死を一度は受け入れた者なのだから。


「教え通りならばそうかもしれんの。だが、こうは考えられんか? 何事にも意味はある、と」

「意味……?」


 モーゼフの言葉にフィールが問い返す。

 モーゼフは頷くと、言葉を続けた。


「うむ。わしは自らの意思でこうなったわけではないが、アンデッドという存在自体、多くが未練を残して動く屍じゃ」


 モーゼフは気付けばアンデッドとしてこの地上で再び活動できるようになっていた。

 不死を目指す魔導師達を決定的に違う点はそこだった。


「ええ、だからこそ彼らのその未練を断ち切らなければなりません」

「そうじゃの、それはアンデッドとなってしまった者にはどうしようもできないことじゃからの」


 アンデッドの多くは意思を持たない。

 フィールの言う未練を断ち切るというのは、そんな自身では終わりを迎えられない者達を救うという意味もあるのだろう。

 聖職者とは、生きている者達を導くだけではなく、死んでいった者達が正しく終わりを迎えられるようにすることも役目なのだ。

 モーゼフも薄々と勘付いていた。

 グロウという実力のある騎士が守護する存在――そして、アンデッドであるモーゼフの存在に気付ける能力を持つ者。

 教会を代表する聖女という存在だということに。

 そんなフィールに対しても、モーゼフは変わらず穏やかな口調で話す。


「だが、そんな状況になってしまっても、やりたいことがあったとしたら?」

「……今はそんな話をしているのではありません」

「いや、そういうことじゃよ。わしはこれを天命とも受け取ることができると思っておる」


 一度死んだ自分がこうして再び動いていられることには何か理由がある。

 その理由があるとすれば、こうしてエリシアやナリアと出会い、共に過ごしている今こそがモーゼフの存在する意味なのだと。

 何もすることのない死者であったモーゼフは、今は彼女達の保護者なのだ。


「アンデッドになることが天命? そんなこと、あり得ません」

「あり得ないことなどない。色々見てきたわしからすれば、ほほっ、このくらいのことは些細なものじゃ」


 モーゼフが大賢者と呼ばれるまでには、魔法の知識だけではない。

 色々な土地や人と出会い、多くのことを学んできた。

 常識的なことだけでははかれないものはこの世に存在している。

 死んでからも、そういうことを感じるくらいなのだからこの世は面白い、とモーゼフはまた心の中で笑った。


「お前さんの言い分も理解しているぞ。死者はこの世にいてはならないものじゃ」


 そうして、モーゼフは言葉を続けた。

 モーゼフはフィールの言葉を否定するわけではない。

 その考えは正しく、本来であればそうあるべきだというフィールの言うことにも納得している。

 それでも、モーゼフはそれを理解した上で答えた。


「わしはそれでも、彼女達と共にいると決めた。たとえそれが女神の教えに背くことだとしてもじゃ。ゆえに、わしがなんなのかという答えは一つ――わしはあの子達を守る者じゃ。そのためだけに今も、動き死んでいる」


 必要であれば、女神とでも相対しよう――モーゼフはそう答えた。

 生前のモーゼフではそうまでは言わなかったかもしれない、とモーゼフもまた少し驚いた。

 モーゼフの言葉を聞いたフィールの表情は揺らいでいた。

 目の前にいる老人はリッチだ。

 この世に本来いてはならない存在の一つだ。

 だが、そうなってしまってもこの世にいたいという理由が、ただエリシア達を守るためだというのだ。

 そんなことがあり得るのか、と。


「……」


 グロウは静かに行く末を見守る。

 フィールの答えを待っていた。

 しばしの沈黙のあと、フィールの表情から迷いが消える。


「……そうだとしたら、いえ、そうだとしても、私は私の使命を貫きます」


 理解できないからそうするのではない。

 モーゼフが意思を貫くように、フィールにも譲れないものがあった。

 アンデッドという存在はどこまでも不安定なのだ。

 仮に今、エリシア達を守るというモーゼフの意思が本当だったとしても、それがどう変化するか分からない。

 共にいた者でなければ、モーゼフのことを理解するのは難しかった。


「あんたが言うならそうするさ」


 フィールの言葉に、グロウが動いた。

 手に持っていた金属片に魔力が流れ出すと、それは形状を変えた。

 一本の長いロッドの先端に大きな刃が作り出される。

 斧――その武器はそう判断できる見た目をしていた。

 グロウの動きを見て、モーゼフは笑いながら頷く。


「ほっほ、そうか」

「いくぜ」


 グロウが地面を蹴る。

 即座にモーゼフとの距離を詰め、大きく斧を振りかぶる。

 それは斧であるにも関わらず、速度としては十分だった。

 モーゼフの頭部めがけて振り下ろされたそれは――モーゼフの目の前で制止する。


「っ! なぜ避けねえ」


 グロウが意図的に止めたからだ。

 モーゼフはパキッと小さく首の骨を鳴らして答える。


「殺意のない一撃を避ける必要はあるまい?」

「参ったな、やりにくいお方だよ」

「グロウ!」


 フィールがグロウの名を呼ぶ。

 迷うな、ということだろう。

 フィールの言葉に従うと言いながらも、グロウも迷っていた。

 モーゼフと戦うべきかどうかを。

 そんなグロウに対しても、モーゼフは諭すように話しかける。


「おまえさんのやるべきことをやるといい」

「……やるべきこと、ね――それじゃ、次は本気でやらせてもらうぜ」


 再度グロウが距離を取り、構える。

 その背後ではフィールが魔力を練り始めていた。

 モーゼフは、そんな二人に対しても変わらずに構えることはなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
平穏を望む魔導師の平穏じゃない日常
書籍版1巻が11/15に発売です!
宜しくお願い致します!
2018/10/10にこちらの作品は第二巻が発売されております!
合わせて宜しくお願い致します!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ