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47.休むことを学んで

 エリシア達はしばらく温泉を堪能したあとに部屋に戻った。

 ナリアが少しのぼせ気味になってしまったというところもある。


「ふう……」


 エリシアも軽くため息をつく。

 身体が火照っている。

 ヴォルボラは涼しい顔で外を眺めていた。

 お湯でのぼせるようなことはないらしい。

 全員、宿から貸し出されている長着を着用していた。

 ナリアのサイズはややブカブカで、エリシアとヴォルボラは丁度いいくらいだ。

 帯を巻くと腰の部分が締まるのでヴォルボラの尻尾が目立つのではないかと思ったが、上手く股に挟んで隠しているらしい。

 特に違和感はない格好だった。

 部屋の窓からの風が心地よく、ここまでやってくるまでに感じていた疲労感などすでになくなっていた。


「ほっほっ、楽しめたようじゃの」


 しばらくして、部屋へと戻ってきたのは老人の姿をしたモーゼフだった。

 モーゼフを見るなり、のぼせているにも関わらずナリアは身体を起こした。


「モーゼフ、やっと戻ってきた……」

「おや、少しのぼせてしまったようじゃな」

「うん……」

「どれ」


 モーゼフがナリアの頭を優しく撫でる。

 ナリアは気持ちよさそうに目を瞑る。

 しばらくすると、先ほどまでの様子が嘘のように元気になっていった。


「なんかよくなってきたっ」

「ほっほっ、それはよかったのぅ」

「モーゼフ、何かしてくれたの?」

「いや、何もしとらんよ」


 そう答えるモーゼフだが、気付かれないように魔法を使っていた。

 体温を奪うという本来ならば攻撃にも使用される魔法を極端に弱くすることで、体温調節をするという治療をしていたのだ。

 魔法に関する扱いに関して右に出る者はいない。

 本来――人の命を奪う魔法もモーゼフはそのように扱っていた。


「エリシア、お前さんは大丈夫かの」

「あ、私は大丈夫です」


 そう言いながらも、ナリアが頭を撫でられているところをエリシアはちらりと見ていた。

 ただ撫でてほしいというには少し恥ずかしいというところだ。

 モーゼフはエリシアに近づくと、頭を優しくぽんぽんと撫でる。


「ほっほっ、そろそろお腹がすいたんじゃないか? せっかくだから何か食べに行くというのはどうかの」

「いくーっ」


 ナリアはすぐに返事をする。

 エリシアもそれを見て頷くと、ヴォルボラは当たり前だというように付いていく。

 早速皆で町の方へと繰り出すことにした。

 一度元気になると、ナリアの行動は相変わらず早い。


「こっちこっちっ!」


 ぴょんぴょんと跳ねてモーゼフ達を呼ぶ。


「こらっ、走ると危ないからっ」


 そう言いながらも、エリシアもナリアを追いかけて駆けていく。

 その後方――ゆっくりと歩くのはモーゼフとヴォルボラだ。


「おい」

「ん、どうした?」

「……気付いているだろう」

「はて、何かの?」


 ヴォルボラの言葉に、モーゼフは首をかしげてとぼける。

 そうして、その視線の先に見つけたまんじゅうの方へと足を運ぶ。


「おお、温泉まんじゅうではないか。ナリア、こっちへいらっしゃい」

「なぁに?」


 モーゼフの呼ぶ声に、ナリアはすぐに戻ってきた。

 エリシアも後に続くようにやってくる。


「いらっしゃい」

「温泉まんじゅうを三つくれるかの」

「あいよ。可愛い子達連れて羨ましいねぇ」

「ほっほっ、そうじゃろう?」

「モ、モーゼフ様……」


 恥ずかしそうにするエリシアと、なんだかよく分かっていないが嬉しそうにするナリア。

 ヴォルボラは相変わらず無反応だった。

 モーゼフは店からそれを三つ購入すると、それぞれ手渡す。


「ほら、これが温泉まんじゅうじゃ」

「温泉まんじゅう?」

「うむ。温泉の蒸気から作り出されている――というものあるらしいが、まあ温泉のあるところで食べられるまんじゅうはそう呼ぶんじゃよ」

「そうなんですね」

「ふぁはふぁはだな」


 すでに口いっぱいにまんじゅうを頬張ったヴォルボラが満足そうにうなずく。


「ほっほっ、喋るか食べるかどっちかにしなさい」

「ふぃふぁだ」


 嫌だ、と言っているのだろう。

 モーゼフの言うことはあまりヴォルボラが聞くことはない。

 ただ、


「ヴォルボラ様、その、お行儀があまり良くないですよ」

「んくっ、すまない」


 エリシアの言葉には素直に従う。

 これにはモーゼフも「ほっほっ」と笑顔を浮かべる。


「おいしいっ!」


 ナリアも一口食べると、そう言って喜んでいた。

 モーゼフもそれに答えるように頷く。

 それから、四人は色々な店を回った。

 食べ物だけでなく、色々出し物もやっている店もある。

 弓で景品の書かれた的を撃ち抜くという出し物では、エリシアがほぼすべてを撃ち抜くという店泣かせなことをやっていた。

 集中していたからか、気付けば周りに人が集まっていたことにも気付かなかったらしい。

 最終的には恥ずかしそうに俯いていた。

 そんな集まってくる者達も、ヴォルボラが睨みをきかせて追い払おうとする。

 ただ、温泉地で緩んでしまっているのか、それほど効果はなかったようだった。


「モーゼフ様、ありがとうございます」

「どうしたんじゃ、急に」


 不意にエリシアがそんな風に話しかけてきた。

 モーゼフが問い返すと、エリシアは胸に手を当てて、


「なんだか、凄くリラックスできました。私、いっつも緊張してたみたいで……」

「ほっほっ、それはよかったの。どうじゃ、休むことも必要じゃろう?」

「はいっ」


 エリシアが笑顔で頷く。

 そこからしばらく他愛のない話をしながら町中をまわっていた。

 温泉では、同い年くらいの子と仲良くなれたとのことだった。

 モーゼフはそれを聞いて、一つのことを思い出し、納得したように頷いていた。


「ほっほっ、エリシアもたくさん友達ができるといいの」

「私は……ナリアやモーゼフ様もいらっしゃいますし、それにヴォルボラ様がこうして傍にいてくれますから、十分幸せです」

「むっ、そうか……」


 エリシアの言葉を聞いて、一番嬉しそうにしていたのはヴォルボラだった。

 エリシアもそうは言いながらも、きっと良い出会いがあったのだろうと思わせる表情をしている。

 モーゼフはそれを見届けてから、ふと用事を思い出したと言ってその場を去ろうとする。


「モーゼフ様、どちらに?」

「ちょっとした忘れ物じゃ。すぐに戻る」

「……」


 そう言って離れていくモーゼフを、ヴォルボラは静かに見送る。

 モーゼフは一人、森の方へと歩いていった。

 忘れ物など存在しない。

 すべて、覚えているからこそここにいるのだから。


「この辺りでよいかの」

「ハッ、やっぱり気付かれたかい」


 モーゼフの言葉に応えるように陰から出てきたのは、鎧に身を包んだ男――グロウだった。

 手には何か金属が折りたたまれたものを持っている。

 その背後――ローブに身を包んだ少女の姿が視界に入る。


「お前さんがグロウの連れの娘さんかの」

「……ええ、そういうことになりますね」


 少し怒ったような表情で少女――フィールはグロウを見る。

 グロウは肩をすくめた。

 フィールはため息をつくと、こほんっと咳払いをして再びモーゼフに向き直る。


「モーゼフさん、でよろしいでしょうか」

「うむ。わしに何か用かの?」

「……あなたは、一体なんなのですか?」


 モーゼフの問いに対して、フィールが言い放ったのはそんな純粋な疑問の言葉だった。

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