46.聖女と騎士
フィールは待ち合わせをしているから、とエリシア達と別れて一人宿の部屋へと戻った。
しばらく待っていると、一人の男が部屋へとやってくる。
「遅いですよ、グロウ」
「いやぁ、悪いな。森の方で話し込んじまってな」
「森の方で……? あなたは源泉を浴びるとか訳のわからないことを言っていませんでしたか?」
「おう、そうなんだよ。そうしたら先客が一人いてな。いやぁ、楽しかったぜ」
わはは、と豪快に笑うグロウにフィールは小さくため息をつく。
この男――グロウこそ聖女であるフィールの護衛の騎士だ。
実力は本物だが、この性格だけはやや癖が強いと言える。
最も、温泉に入りたいというフィールの純粋な願いを聞き入れてついてきてくれているのだから、それほど文句は言えないが。
「それで、温泉の方はもう満足できたかい?」
「ええ、まあ。気持ちのいいお湯でした」
「そいつぁよかった」
「ですが、そこで少し気になることがありまして」
「気になること?」
グロウの問いに、フィールは頷く。
彼女の気になることとなると、大抵は仕事の話だった。
グロウも少しだが、真剣な表情で話を聞く。
「《死の気配》を感じる少女が二人いました」
「死の気配、か。そいつぁ確か……」
「ええ、アンデッドの本体かそれに準ずる者達、それに吸血鬼からも感じられるものです」
聖女と呼ばれるフィールが持つ特異な能力――それは感知魔法のようなものだった。
アンデッドや吸血鬼といったものの気配を感じ取ることができる能力だ。
それがあるからこそ、彼女はほぼ王都に滞在し、そういった類のものから王都を守護する役割を果たしている。
今回フィールが外に出たのは、辺境の地で吸血鬼が現れたという情報があったからだ。
タタルの村というところへフィールは向かい、そこで吸血鬼に関する調査を行った。
結論から言えば、その気配は確かにあれども、吸血鬼本体は見つけられなかった。
魔導師達によって討伐されたという情報はあったが、フィールにはどうも腑に落ちなかった。
なぜ、その魔導師達が姿を現さないのか、というところだ。
吸血鬼を討伐したともなれば、それ相応の報酬がもらえるはず。
それももらわずに、しかも吸血鬼を討伐したという証拠もなしにそれを信じろと言う方がフィールには難しかった。
ただ、現実に吸血が襲撃した痕跡はあるが、そこに吸血鬼の姿はない。
襲われた村人たちもこぞって同じように証言している。
結果的に、フィールは何も得られないまま戻ることになっていた。
いわば、今は聖女にとっての休暇期間でもあり、同時に独自の調査を行うために色々な町や村を周っていたのだった。
そんな矢先――まさかこんなところでいくつもの気配を感じることになるとはフィールも思わなかった。
「その娘さん達がアンデッドだったのか?」
「いえ、彼女達は問題なく《聖水》を飲んでいましたから。もう一人同じ年くらいの女の子もいたのですが……死の気配よりも獣のような感じといったらいいでしょうか。彼女は彼女で途轍もなく強い魔力を感じました」
「へえ、そいつがアンデッドの可能性は?」
「おそらくないでしょう。うかつに刺激しないようにと思いまして、そこまで会話はしませんでしたが」
アンデッドと長い時間共にいるものからは特にその気配を感じやすい。
短時間だとどうしても気付けないのでなかなか見つけることは難しい。
本体に出会えれば気付くことはできる。
「だから、あの子達に少し近づいてみようと思いまして……話しかけてみたんです。丁度私のお話をしていたみたいですから」
「そういうことか。せっかくなら本当に友達にでもなればよかったのに」
「何を言っているのですか。私にはそんなもの不要です。私は果たすべき務めを果たすだけですから」
「そう言いながら、こうして休暇を満喫してるじゃねえか」
「いいじゃないですか。たまにはそういうこともしたくなるんです。結果として、怪しい者達を見つけることができましたから」
「まあ、こんなときでも仕事熱心だなとは思うが――って、そういや他にあんたと同じくらいの子はいたのか?」
「いえ? 銀色の髪の子と赤髪の子くらいでしたが。銀色の子はエルフでしたね」
「銀色の髪のエルフ……そいつは珍しいが、それなら違うみたいだな」
「……? 何が違うんですか」
フィールの問いに、グロウは頭をかきながら答える。
「いやな。源泉巡りで出会ったご老人がまあ熱さに強くてよ。その人のお孫さんがこの宿にいるらしいから、ちょうどお前と同じ温泉に入っていると思ったんだが……」
「孫……そんな感じの子はいなかったですね。むしろ、そういう意味だとその三人が当てはまる――」
そこまで言いかけたところで、フィールが何かに気付く。
まさかとは思うが、目の前にいる騎士が出会った老人というのが、そうではないのかと。
「……その老人はこの宿に戻ってくるんですよね?」
「ああ、そうだとは思うが?」
「顔は分かりますね」
「もちろんだ。しっかりと握手まで交わして――って、おいおい。まさか」
「そのまさか、ですね」
フィールはそう言うと、おもむろに立ちあがった。
その場で荷物からいくつかの道具を取り出し、白を基調とした黄色の線が入った正装のローブへと着替える。
それを見たグロウも立ち上がり、首の骨をパキリと鳴らした。
「いきますよ、グロウ」
「へいへい。確かめるってことね」
聖女と騎士が動く。
彼女達の目的は一つ――タタルの村で起こった騒動の真相を探ることと、人々の平穏を脅かしながらも、隠れ潜む魔族達を滅ぼすことだ。




