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45.聖女を名乗る少女

 金色の長い髪が水に滴り、より輝きを増しているように見えた。

 白い肌に少し火照った表情をしている。

 ただ、少女が飲んでいるのはお酒ではなく――


「聖水、ですか?」


 きょとんとした表情でエリシアが首をかしげる。

 ナリアは聖水がそもそも何なのかよく分かっていないようだった。

 そんな二人の様子を見て、少女は少しの沈黙の後、


「こほん、冗談です」


 咳払いをして、少女はそう言った。

 エリシアは少し反応に戸惑ってしまう。


(冗談……? そもそも聖水って……)


 頭の中で何とか整理しようとする。

 そもそも少女へと興味を示したのは自分達だ。

 そういう交流の仕方もあるのだろう――エリシアが理解しようとしたところで、焦った表情をしたのは少女の方だった。


「せ、聖水というのは神聖な加護を得た水のことでして……! えっと、なぜここでそんなことを切りだしたかというと――」

「だ、大丈夫です! 私達が何を飲んでるのかなーって言い始めたからですよね?」


 エリシアがそう言うと、少女は何度も頷き、


「その通りです! そういうところで冗談と言いますか……! そういうのが言いたかったわけですよ! 《聖女》ジョークです!」

「せいじょ?」


 少女の言葉に今度はナリアが首をかしげた。

 聖女という言葉はエリシアも聞いたことはある。

 それはよく物語にもなる本に出てくる名前であったからだ。


「ああ、申し遅れました。私はフィール。《ルマ教会》にて聖女の役割を果たせていただいています」

「聖女様ですか?」


 エリシアの問いに、フィールは首を横に振る。


「様などとつけないでください。あくまでそう呼ばれる役職のようなものですから。フィールで構いませんよ」

「では……フィールさんと呼ばせてもらいますね」

「ふふっ、ではそれで!」


 少女――フィールはそう言って微笑んだ。

 ルマ教会というのは《女神ルマ》の教えを信仰する宗教の一つであり、この大陸においては最も有名だった。

 だが、エリシアやナリアのように辺境の地で暮らしていた二人はそうした話には疎い。

 ヴォルボラに至ってはそもそも興味のない話だ。

 むしろ、エリシアに近づく者に対してのいつも通りの警戒心をあらわにし始める。

 人によっては聖女に会えたことを喜ぶのだが、三人は特にこれといって反応することもなく、


「わたしはナリア! えっと……村人だよ!」

「村人さんですね。ふふっ、宜しくお願いしますね」

「よろしくねっ」


 何か自分も役職のようなものをつけようとして、村人という結論におさまってしまったようだった。

 エリシアもまた、自身と同じくらいの年齢の少女にはそれほど警戒心もなく答える。


「私はエリシアです。こう見えても冒険者として活動しています」

「冒険者ですか! お若いのに凄いですね!」

「いえ、私はなんかまだまだで……。いつも教えてもらいながら生活している身です」


 ちらりとフィールはもう一人の少女を見る。

 ヴォルボラは小さくため息をつくと、


「ヴォルボラだ」

「ヴォルボラさんですね」


 そう一言だけ答えた。

 聖女と名乗る少女――フィールの最初の発言にはやや警戒をしていたが、後々の会話や雰囲気から察する。

 警戒する方が疲れるタイプの人間だろう、と。

 興味なさげにそっぽを向いてしまう。


「それで、フィールは何をのんでたの?」

「ただのお水です。こういうところでは長く入るのに水はあった方がいいですから。冷たい水なんかここで飲むと最高なんです!」

「そうなんですか?」

「わたしものんでみたいっ」

「いいですよ。こちらをどうぞ!」


 そう言って、フィールは冷水を差し出す。

 よく冷えているのが入れ物からも伝わってきた。


「ありがとうございます」

「いいんですよ。エリシアさんもよければどうぞ!」

「あ、それじゃあお言葉に甘えて……」


 エリシアもそれを受け取る。

 ひやりと手に冷たい感覚が伝わった。

 フィールはヴォルボラにも尋ねるが、「必要ない」と一言だけ答えた。

 エリシアがフォローを入れておく。


「ごめんなさい。良い方なんですけど、その、人見知りというか……」


 ヴォルボラのことを何と説明していいのかは毎回悩んでいた。

 ヴォルボラにも配慮した物言いをしようとしてのことだ。

 エリシアのそんな気持ちも分かっているからか、どんな説明の仕方でもいいとヴォルボラは受け入れている。

 だから、基本的には人見知りの少女ということで通していた。


「お気になさらず。お二方に飲んでもらいたいところもありますので」

「……? そういうことなら頂きますね」

「んっ、すっごくつめたいっ!」


 すでにナリアは水を飲み干していた。

 「もういっぱい!」と遠慮することもなくフィールに要求する。


「私の半分あげるから」

「いいんですよ。水ならいくらでも用意できますから!」

「ごめんなさい。ナリア、きちんとお礼をして」

「ありがとうっ! このお水おいしいよっ」

「そう言っていただけるとこちらも安心です」

(安心……?)


 ちらちらとエリシア達のやり取りを気にしながら見ていたヴォルボラだったが、その言葉に少し違和感を覚える。

 二人の様子には特に問題はないが、フィールの言葉にはややおかしなところがあった。

 警戒をするほどではないが、気に留める程度はした方がいいだろうとヴォルボラは考えていた。

 何より、エリシアがこうして同じくらいの歳の女の子と仲良く話しているところは初めて見る。

 それはとても自然な風だった。

 友達というのならば、そちらの方が普通であると言えるくらいには。


「……ふん」

(我にも様などとつける必要はない、と最初に言ったはずなのだがな)


 ヴォルボラは心の中でそう思うが、エリシアの気持ちも理解している。

 友達といっても、ヴォルボラの正体から言えばドラゴンなのだ。

 話すにしても敬意を表すような形になってしまうのも仕方のないことであった。

 そう思いつつも、ヴォルボラは再びそっぽを向く。

 何もないはずの水面が少し不機嫌そうに揺れていた。


「あっ、本当においしいです。お水でも場所によってこんなに違うんですね」

「そうなんですよ! お水には少しこだわりがありまして……」


 なぜか水について特に熱く語るフィール。

 エリシアもそれを楽しそうに聞いていた。

 ナリアはというと、冷たい水をひとしきり味わったあとに、水面で揺れる何かと戯れていた。


「えいっ」

「……」

「わわっ、ゆれるーっ」

「……やめろ」

「いい子いい子してあげよっか?」

「やめろっ」


 なぜかナリアに慰められるような形となってしまったヴォルボラだった。

 察しのいいエリシアも、すぐにはそれに気付けていなかった。

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