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44.源泉巡りと

 一方、山の奥の方までモーゼフはやってきていた。

 コポコポと泡を放ち、湯気によって周囲の視界は悪くなっていた。

 源泉から引いているというところは多く、この付近ではそのための設備がいくつか置かれていた。

 モーゼフはそれらよりもさらに奥――文字通り源泉に入るつもりでやってきていた。

 感覚の鈍いこの身体では熱い湯であった方がいいのではないか、と考えた結果だ。


「さて……」


 骨身のまま、モーゼフは源泉へと入る。

 百度を超える湯だったが、モーゼフの感覚にはちょうどよかった。


(おお、ちょうどいい――気がするの)


 湯の中に身体を沈めて、ゆったりと身を任せる。

 呼吸を必要としないモーゼフは何時間でも湯の中にいることができる。

 よく聞こえる気泡の音に耳を傾けながら、モーゼフは煮られていた。


(ふむ、アンデッドには百度くらいが丁度いいようじゃの)


 新しい発見をした――モーゼフは頷きながら納得する。

 そうして、湯というものはやはりリラックスできる。

 むしろ、水の中にいられる状態というのがある種のリラックス効果を生み出しているのではないかと考察する。


(もう少し温度の下がったところやら効能の違いの影響でも見てみるかのう)


 そうしたらエリシア達のところへと戻ろう――モーゼフはそう思いながら、身体を起こす。

 骨身から湯気が立っているのが分かる。

 芯まで温まるというのはまさにこういうことを言うのだろう。

 別の湯へと向かおうとしたとき、モーゼフはふと骨の姿から老人の姿へと変えた。

 ここにやってくる人陰に気付いたからだ。


(こんなところにも人がやってくるとはのぅ)

「おお? こんなところにも人がいるとはな」


 モーゼフの心の声とまったく同じ感想を抱いていたのは、髪を後ろに流し、無精髭を生やした男だった。

 よく鍛えられているというのは服の上からでもわかる。

 さすがにこの熱気では汗をかかずに山を登ることはできなかったようだが、湯の中でなくとも相当きつい場所だ。


「ほっほっ、ここで人に出会うとは思わなかったの」

「それはこっちの台詞だぜ。まさか、この辺の湯に入ろうってわけじゃ――あるみたいだな」


 モーゼフの姿を見て、男は納得したようだった。

 明らかに人が入る温度を逸脱している。

 生前のモーゼフでも一応、入ることはできる温度ではあるが、好んで入るようなことはないだろう。

 さすがにおかしいと思うのが普通だった。

 だが、男はにやりと笑い、


「実は俺もそうしようと思ってたんだよ。仲間が見つかるたぁ思わなかったぜ」

「ほっほっ、それはまた随分と気骨のある若者に出会ったものじゃの」

「ハッ、若者なんて呼ばれるのは久々だぜ。まあ、あんたみたいなお方からすりゃ、俺も若者みたいなもんか」


 男は笑いながら、すっと手を差し出す。


「俺はグロウ。まあ、こう見えても王国で騎士ってやつをやらせてもらってる」

「わしはモーゼフという者じゃ。こう見えても、冒険者をやっておる」

「バリバリ現役ってわけか。やるじゃねえか」

「いやいや、最近なったばかりじゃよ」

「もっとすげえな!?」


 二人は握手を交わす。

 人が寄り付くことがないような場所で、人と出会うことになるとはモーゼフも予想していなかった。

 二人はそのまま意気投合すると、およそ人が入れる温度を超えた源泉に入ることにする。

 モーゼフについてはアンデッドである以上問題はないが、グロウは普通の人間だった。

 入ってもすぐに出てしまうのではないかと思ったが、


「うおおっ、あっちぃなぁ! こりゃいいぜ」


 そんなことを言いながらも湯にしっかりと浸かっていた。

 モーゼフも思わず驚く。


「おお、なかなかやるのぅ」

「まあな。これくらいの温度は耐えるのも修行のうちってやつだ」


 モーゼフから見ても分かる。

 グロウは相当な実力者であるということだ。

 鍛えられた肉体もさることながら、モーゼフが近づかれるまで気配も感じていなかった。

 こうして熱い源泉に入っていられるのも、グロウが高い魔力で身体を保護しているからだろう。

 その状態を常に維持し続けているのが修行ということだ。

 一方、見た目だけではただの老人の姿のモーゼフのことも、グロウはただ者ではないと考えていた。

 最も――こんな場所で温泉に入ろうと考える者たちが普通なはずはないのだが、この場にはこの二人しかいない。


「しかし、修行といってもよくやるのぅ」

「こういうところに来られる機会はすくねえからな。こう見えても結構忙しい身でね。おっと、俺よりも連れの方がって意味だが」

「大変なようじゃな。わしは――まあ、孫を連れて温泉旅行といったところじゃな」

「おお、いいじゃねえの。だけどよ、孫は置いてこんなところまでやってきてんのか?」

「ほっほっ、今頃あの子達も宿の方で温泉を楽しんでおるよ」

「ああ、そんなら俺と一緒だな。元々は仕事でこっちの方に来たっていうのに、久々に出かけられるからってあちこち寄りたいとか言っちまってよ――っと悪いな。こんなところで愚痴みたいなこと」

「構わんよ」


 モーゼフもそれとなくは察する。

 それなりの実力を備えた騎士であろうグロウが守るという相手ならば、上流の貴族かあるいは国にとって重要な人物か――仕事というのならば後者の可能性が高いだろう。

 だが、モーゼフもわざわざどういう人物なのか、などと野暮なことは聞いたりしない。

 こういう場ではただ話をまずは聞いて話す。

 そういうことだけすればいいとモーゼフは考えていたからだ。

 二人は他愛のない話を続けているうちに、同じ宿をとっているということも分かった。


「今頃同じ温泉にでも入ってるかもしれねえな」

「ほっほっ、そうじゃのぅ。わしらのように仲良くなっていればよいな」

「そうだな。俺もあいつには友達ができたらいいと思ってるぜ」


 そうして、二人の男はまた移動を始める。

 熱湯のような源泉巡りという滅多に供にできる者がいない経験を感慨深く味わっていた。


   ***


 温泉には色々な種類がある。

 ナリアは特に広い場所を好んで入っていた。

 理由はとても単純だ。


「わぁい!」


 バシャバシャと音を立てて風呂の中を進む。

 広い温泉の中――泳げるということを楽しんでいたのだ。


「こら、泳がないの!」

「えー」

「えー、じゃない。ほら、周りの人は静かに入っているでしょ?」

「ほんとだっ。じゃあわたしも静かにするっ」


 ナリアはそう言ってざぶん、とその場に座り込んだ。

 エリシアもナリアの隣で落ち着こうとすると、スイッと目の前に顔の上半分だけが出ているヴォルボラが横切っていく。


「ヴォルボラ様!?」

「静かにおよいでる! わたしにも教えてっ」

「だ、だめよ。静かとか関係ないのっ」


 エリシアがナリアに注意すると、ヴォルボラもエリシアの方へと寄っていく。

 そのままヴォルボラは、


「ぼらぼんべばぼればぶぶうば」


 水の中で話し始めた。


「な、何て言っているか分からないです……っ!」

「ドラゴンではこれが普通だ」


 ようやく普通に座り込むと、ヴォルボラはそんなことを口にする。

 ドラゴンが水浴びをするとき、それはとても深い川を選ぶ。

 それこそ、全身が入れるくらいの場所だ。

 そこで静かに顔だけを出し泳ぐのがドラゴンの中では普通のことだった。

 大きなドラゴンも水の中では静かに、リラックスできる方法を模索した結果らしい。

 人の姿の状態でそれをやられると、少し怪しい人になってしまうが。

 目に見えていたら、尻尾も温泉からはみ出していただろう。

 ヴォルボラもエリシアの言葉を聞いて、静かに座って入ることにした。

 そうしてゆっくりしていると、ナリアが一人の少女に気付く。

 温泉に入りながら、木の桶に入れ物を置いて何かを飲んでいる。


「あの人なに飲んでるのかな?」

「なにかしら? お酒かも」

「酒か。お前達はまだ飲んだことはないだろう」

「ヴォルボラ様はあるんですか?」

「まあ、な。嗜む程度だが、相当な量を飲んでも酔うことはない」


 ドラゴンのサイズでの話だったが、それだけ聞くと酒豪のようだった。

 そんな三人の話を聞いてか、様子に気付いた少女が話にかけてきた。


「よろしければ飲まれますか?」

「いいの?」

「え、ですが……」


 酒だった場合はナリアにはまだまだ早い。

 エリシアでもためらわれるところだったが、少女はくすりと笑うと、


「ご心配なく。これはお酒ではありません――ただの聖水です」

「聖水?」


 少女の言葉に、思わずエリシアとナリアは首をかしげる。

 ヴォルボラだけが、そんな少女の様子を見定めるように目を細めた。

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