42.温泉へ
モーゼフはとんでもなくだらけていた。
それはもう、エリシアやナリアが見たこともない姿だった。
まず、ベッドの上で寝ている――そこまでは普通だ。
問題は、骨の身体がもう繋がっていないように見える。
どよーん、とバラバラに散ってしまいそうなほどになってしまっていた。
これにはさすがに部屋までやってきたエリシアもうろたえる。
「ど、どうされたのですか? モーゼフ様」
「モーゼフ、元気ないの?」
ナリアも心配して声をかけるが、首から上だけが動いてモーゼフは答えた。
「ほっほっ、心配させてしまったかの」
二人の心配をよそにモーゼフの声はいつも通りだった。
その声を聞いて、エリシアは安堵する。
ナリアは早々にモーゼフの方に近寄っていくと、
「一つください!」
「こ、こら!」
まるでお店から物でも買うかのようにナリアが言った。
エリシアは注意しようとするが、モーゼフは「よいよい」とナリアに一つ渡した。
「ありがとっ!」
「ほっほっ、どういたしまして」
「そ、それで、モーゼフ様。その状態は一体……」
エリシアが問うと、モーゼフはその状態のまま頷く。
「これはの――研究じゃ」
「研究、ですか?」
「うむ。アンデッドが最も安らぐ格好は何か、というな」
「安らぎ?」
魔導師の研究とは魔法に関することだけではない。
人がやらないようなことも含めて研究対象に入る。
アンデッドになってから知ることも意外と多い。
だからこうして、暇があれば何かしら試していた。
エリシアやナリアと一緒にいるときはあまりしていなかったが、ヴォルボラがきてからはある程度時間もできたところだ。
モーゼフの趣味の一つだったが、エリシアやナリアはそのようなことをしていることを知らなかった。
元々、魔導師としてはすでに活動していないので研究の必要もないのだが、いわゆる性というものだった。
気になったらそれを調べる――当たり前のことではある。
「じゃあ、モーゼフから『ゆーふく』もらってるから、わたしから『やすらぎ』あげるね」
ナリアはそう言うと、モーゼフの頭をぽんぽんと優しく叩く。
傍から見れば倒れた骨を叩いているという光景だが、エリシアやナリアは慣れている。
そうして一言、
「やすらいでー」
「おお、安らいでいくぞ」
ただそれだけだったが、モーゼフはナリアの行動の後に起き上がった。
ナリアの身体を抱えてエリシアのことも呼ぶ。
「安らぎと言えば、この前いいところを見つけたぞ」
「いいところですか?」
「うむ、温泉じゃ」
「温泉……?」
モーゼフの言葉に、エリシアは少し考える。
そして、思い出したように言葉を続けた。
「本物は見たことはないですが、聞いたことはあります。温かい水が出て、色々効能があるとか」
森の奥地の方で暮らしていたエリシアだが、そういう類のものは見たことがない。
山といっても実際に沸く場所はある程度限られており、綺麗な川はあれども温泉というものは見たことはなかった。
モーゼフ自身は生前に温泉巡りでもやってみたいと思っていたが、結局行く機会はあまりなかった。
骨身になってしまったモーゼフにとって温泉に意味があるのか分からなかったが、
(骨身にしみるという言葉もあるしの)
「その通りじゃな。たまにはそういうところへ行くのもいいのではないかと思っての」
「いってみたいっ」
エリシアが答える前に、ナリアが答えた。
そして、モーゼフも続ける。
「わしもいってみたくてのぉ」
「モーゼフ様がそうおっしゃるなら、私も行ってみたいですし」
いつもなら少し迷うエリシアだが、間髪の入れないモーゼフの言葉により同意を得られた。
モーゼフがしてみたい、と言うとすんなりと受け入れられることが多い。
ただ、あくまでエリシアも行ってみたいということを前提にしたことだ。
ナリアが行きたいというのなら、エリシアも嫌がりはしないだろうが。
「決まりじゃな。ヴォルボラも誘ってみるといい」
「わたしいってくるっ」
ナリアが部屋で寝ているヴォルボラの元へと駆けていく。
誘わなくても勝手についてくるだろう、とモーゼフは思っていた。
ヴォルボラは人に寄った状態にある。
ドラゴンの姿のときでは絶対にやらないだろうこともやる。
この前は野菜をエリシアのために持ってきたが、その後はどこから狩ってきたのか魔物の肉を持ってきたこともあった。
エリシアを喜ばせたいらしいが、そのための行動を見られるのは嫌なようだ。
気がつくと姿を消していて、気がつくと戻ってきている。
「ヴォルボラも行くって!」
「眠っていたと思うけど、もうお目覚めに?」
「ううん、身体丸めてねてた。尻尾にぎって起こしたの」
「こらっ!」
ナリアは比較的早く戻ってきたと思ったら、そんな起こし方をしていた。
ドラゴンの姿のときだったらどうなったか分からないが、目覚めたヴォルボラはそこまで機嫌が悪いというわけではなかったらしい。
少し怪訝そうな顔で見られた、ということだが。
まだ眠っていたらしいヴォルボラは二つ返事で頷いたらしい。
ただ、「エリシアは行くのか?」が最初の一言だった。
エリシアのことばかり考えているように見えるが、ナリアに対してもまた同じように接している。
モーゼフに対しては、どちらかと言うとエリシアのことを守る者として対等な立場であろうとしている節が見られる。
どちらが上とか下ということもないので、友好な関係は築けていると言ってもいいだろう。
「ほっほっ、では明日にでも向かうとしようかの」
「はいっ」
「わーいっ!」
たまにはこういう時間も必要だ。
ちょっとした温泉旅行へと、モーゼフ達は向かうことにした。




