41.逸材
男――カルロスはヴォルボラのことを見る。
少し前から冒険者の老人のモーゼフとエルフの姉妹と一緒に過ごすところを見かけるようになった少女だ。
人見知りなのか、あまり人前で話しているところを見たことがない。
こんな早朝に現れて突然仕事がないか、と聞かれるとは思いもしなかっただろう。
「えっと、畑の仕事はしたことは?」
「ないな」
「作物に詳しいとか?」
「よく分からん」
何しに来た――そう言われても仕方のないところだが、カルロスは少し考える。
別に誰しも始めからできるというわけではない。
経験がないから仕事をさせないというわけではないが、カルロス自身そこまで人手不足を感じたことはない。
そもそも、自身の持つ畑がそこまでの広さではないからだ。
「正直働いてもらっても、お金とか出すのは難しいよ。採れた野菜の一部を働いてもらったかわりに渡すとかならできるけど……」
「野菜か」
ヴォルボラはちらりと畑の方を見る。
主に地面に埋まっているものばかりだが、少し先の方には色のある野菜もある。
ヴォルボラは考える。
(働いて野菜をもらう。エリシアに渡す。そうしたら、喜ぶ――喜ぶか?)
野菜をもらって嬉しいかどうか、ヴォルボラには分からなかった。
ただ、ドラゴンの観点から言えば食材をもらって喜ばない者はいないと考えられる。
エリシアが喜ぶ姿を想像して、ヴォルボラは頷いた。
(うむ、いける)
わずかにお尻の部分がゆらゆらと揺れる。
感情の変化に尻尾は機敏に反応するのだった。
「……それでも構わない」
「そうかい? それじゃあ、芋ほりでもしてもらおうかな」
特に難しい話ではない。
土に埋まっている芋を掘り出すだけだ。
カルロスはヴォルボラを畑の方へ招き入れる。
まずは軽くレクチャーをする。
「大きさや深さによって掘り出しやすさが少し違うくらいで、基本的には難しくはないよ。スコップで軽く周りの土をどかしていけばいいんだ」
そう言いながら、カルロスはヴォルボラにスコップを渡す。
ヴォルボラはスコップを少し見つめたあと、
「葉の部分を引っ張ればいいのではないのか?」
「それでも採れはするけど、結構力が必要だからね。君には少し難しいんじゃないかな」
カルロスはヴォルボラの姿を見て言った。
華奢な身体つきをしている彼女には力があるようには見えない。
それはきっと、他の人から見ても同じ感想だろう。
だが、ヴォルボラはカルロスの言葉を聞いて、葉の部分を握った。
「引っ張ってもいいならそれでいい」
「あ、無理しない方が――」
ズオオォ、と勢いよく芋を引っ張りだした。
特に苦戦する様子もなくするりと採れたのを見て、カルロスも目を見開く。
「ええ? まじか……」
「これでいいのか?」
「あ、ああ。カゴに入れてってくれれば……」
「分かった」
ヴォルボラは頷くと、そのまま続けざまに芋を引っ張っていく。
しかも中々のハイペースだった。
その姿に、カルロスは唖然とする。
(もしかするととんでもない逸材に出会ってしまったかもしれない……)
その後、芋をハイペースで採ったヴォルボラはナスなど別の野菜も手伝うことになる。
ヴォルボラはナスに鼻を近づけると、
「これはまだうまそうじゃないな」
「え、分かるのかい?」
「匂いでなんとなく」
(逸材だ、これ)
カルロスの中で確定した。
初心者だったとしても匂いで分かるというのなら十分だ。
実際、カルロスは色合いや大きさで判断しているが、カルロスがいいと思うものとダメだと思うもの、それぞれがヴォルボラと一致する。
これなら任せてしまっても問題ないレベルだった。
ただ、放っておくと物凄い勢いで収穫してしまうため、カゴの八割程度までという指示などは必要であったが。
昼過ぎくらいまで予定していた作業は、ヴォルボラが加わったことにより皆が起き始める頃には終わりを迎えていた。
これでカルロスの仕事が終わるわけではないが、十分に働いてもらったと言える。
「いや、助かったよ。野菜はそこから好きなだけもっていってくれて構わないよ」
「おお、本当か」
カゴ一つを借りて、ヴォルボラは野菜を手に入れて帰路につく。
(これが働くということか)
労働の代わりに対価を得る。
初めての経験であったが、意外と何とかなるものだと感じた。
宿の部屋に戻ると、エリシアとナリアはすでに目を覚ましていた。
どうやらヴォルボラがなかなか戻ってこないので少し心配していたらしい。
「どちらに行かれていたのですか?」
「少し働いていた」
「働く……?」
「わあ、お野菜たくさん!」
背負っていた大きなカゴの野菜をナリアが確認する。
エリシアもそれを見て驚いた。
「こんなにいっぱい……畑の方ですか?」
「ああ、仕事の報酬としてもらった」
「お仕事……どうして急に?」
「むっ、それは、だな――」
穀潰しではないか、と考えたところから始まり、エリシアが喜んでくれるだろうというところまで考えた結果だった。
「……お前が喜ぶと思って……」
「え?」
それをエリシアに直接伝えるのは少し恥ずかしく、小さな声で答えた。
エリシアは聞き取れずにもう一度聞き返すが、
「ただの気まぐれだ」
今度ははっきりとそう答えた。
そうして、早々にベッドへと横になる。
エリシアはきょとんとしながらも、ナリアがヴォルボラの尻尾の部分を指差して気付く。
スカートで隠れてはいるが、ゆっくりと左右に振れている。
ヴォルボラが構ってほしいときにはそういう風になる――一緒に過ごしていて分かったことだった。
エリシアはヴォルボラの傍に座ると、
「ヴォルボラ様」
「……なんだ」
「お野菜、ありがとうございますっ」
そう言って、エリシアはヴォルボラに微笑む。
ちらりと横目でそれを確認すると、ヴォルボラは横になったまま頷く。
「別に、気まぐれだと言ったはずだ」
そう答えたヴォルボラの尻尾は先ほどよりも元気よく振れる。
目標が達成できたことに、ヴォルボラは内心喜んでいた。
それが実は尻尾に出ているということに、本人はまだ気付いていない。