4.再会
「モーゼフっ! あーそぼっ!」
「ほっほ、よく来たの」
ナリアはそれから、毎日のようにモーゼフの元へとやってきた。
骸骨だとかそういうのは関係なく、ナリアにとってモーゼフは遊んでくれる優しい人だったのだ。
あまり深く話をすることもなく、モーゼフはナリアを連れて森の中を散歩したり、宙を飛びまわったり――とにかくナリアは好奇心旺盛だった。
モーゼフのことがとても気になるらしく、遊びながらいつもモーゼフのことを気にしていた。
「モーゼフはどうして骸骨さんなの?」
「難しいことを聞くのぅ」
実際には気づいたらリッチになっていただけでそれ以上でもそれ以下でもない。
モーゼフははぐらかせるように答える。
「わしくらいになると骸骨になるんじゃ」
「ええ、ほんとっ?」
「実際にそうじゃろう」
「じゃあ、わたしも骸骨になっちゃうの?」
「ほほほっ、エルフは長命だから、なったとしても数百年はかかるかもしれんがの」
ナリアは嫌がるかと思いきや、「たのしみっ」と乗り気だった。
今はナリアがモーゼフの上に座るようにしている。
こうしてゆっくり話そうとするのは今日が初めてだった。
「ナリアは毎日ここに来るが、友達とは遊ばんのか?」
「友達? わたしとおねえちゃんはこの森で二人暮らしだからいないよ」
「二人じゃと?」
それは予想外のことだった。
ナリアの言う『おねえちゃん』というのは、きっと以前モーゼフが助けたエリシアのことだろう。
彼女とたった二人でこの森の中で暮らしているというのか。
「他にはおらんのか。エルフの仲間とか」
「前はおかあさんも一緒だったけど、旅に出たんだって」
「旅、か」
それはきっと、亡くなったということなのだろう。
幼い子を残してこの世を去った母親もつらかったろうが、エリシアとナリアもたった二人――ここで暮らしているとは。
あのとき、薬草を持っていたエリシアについていってやるべきだったかと少し後悔した。
行ったところで、モーゼフにどうにかできたかは分からないが。
「わたしはさびしくないよ。おねえちゃんもいるし、モーゼフもいるもん」
「ほほっ、それはうれしいことを言ってくれるの」
「……でも、もうすぐおねえちゃんも旅に出るんだって」
「なんじゃと?」
それはまさか、エリシアも病気か何かということだろうか。
モーゼフは心配したが、ナリアの言葉を聞いてそれが違うということが分かった。
「もうすこし『ゆーふく』な暮らしをするために、冒険者になるんだって」
「冒険者か」
確かに、それは旅に出るということで間違いはない。
ただ、冒険者になったところで決して裕福になれるとは限らない。
実力主義のようなところが特に強く、当然強ければ強いほど稼げるが、弱い者ではできることなど毎日を生きる賃金を稼ぐ程度だ。
「『ゆーふく』ってどういうことなんだろうね」
「リッチになるということじゃ」
「リッチ?」
「ほほほっ、わしのことじゃよ」
「ええー!? おねえちゃんも骸骨さん目指してるの!?」
「だったら一部ちょうだいっ」とナリアが言うので腕の骨を一本あげた。
そんな微笑ましいやり取りをよそに、モーゼフは考える。
それでも今の暮らしよりはいいというのならばいいが、ここで暮らしているよりも命かけになるだろう。
この姿では話を聞いてくれるか分からなかったが、エリシアとも少し話しておくべきだろうか。
「ナリア、お前さんの姉はどこにおるんじゃ?」
「うん? いつもこの付近で狩りしてるよ」
この付近で狩り――それを聞いたとき、モーゼフはふといつもよりナリアがここにいる時間が長くなっていることに気づいた。
もうすでに、エリシアがすぐそこまで来ているということにも。
――ヒュンと風を切る音が聞こえる。
モーゼフは飛んできた弓矢を指二本でとめた。
魔法の効果もない純粋な物理攻撃――頭を狙うのは悪くないが、それだけしか持っていないということだろう。
エルフは魔法が得意な種族だと聞いたことはあるが、それを使わないということは誰にも教えてもらっていないのだろう。
「ナリア、離れなさいっ!」
そうして奥から姿を現したのは、以前に出会った時よりも大人びた雰囲気となったエリシアであった。
さらさらの髪も伸びて、顔立ちも整っている。
ただ、その目は明らかな敵意があった。
ナリアはというと、姉が来たことにただ喜んでいる様子だった。
「あっ、おねえちゃん!」
「ナリア! 早くこっちにきて!」
エリシアの焦りも分かる。
傍から見れば、アンデッドの近くに自分の妹がいるのだ。
それが正常な反応と言える。
ナリアもその状態も見て、不安そうな表情になる。
「ど、どうしたの? おねえちゃん」
「いいからっ! はやくこっちに!」
エリシアの様子を見れば分かる。
普段から遊びに行っていることを伝えていないのだろう。
ナリアの性格から察すると、すぐにでもモーゼフの存在を話しそうなものだが、姉を驚かせたかったといったところか。
「ほほほっ、慌てなくてもよい」
「アンデッドが何を喋って――え、しゃべ……って?」
エリシアの顔は急に青ざめる。
自我を持つアンデッド――その存在がどういうものか理解した様子だった。
駆け出しの冒険者どころか冒険者ですらないエリシアにとって、それは絶望的な相手だったと言える。
最も、リッチに単独で勝てる冒険者などこの世に何人もいないだろう。
それだけその存在は異形であると言えた。
エリシアはそれでも、震える指で弓を構える。
「い、妹には手を出さないで」
そう言って、構えを解いた。
かわりに自身はどうなってもいい――そういうことだろう。
妹思いの優しい子だ。
ただ、別にナリアにどうこうするつもりなど毛頭ない。
一緒に遊んでいるくらいなのだから。
「そんなに警戒せんでもええ――っと言っても難しいじゃろうなぁ」
モーゼフがそう言うと、エリシアは怪訝そうな顔をする。
何か記憶の底にあるものを呼び起こそうとしているような、そんな感じだった。
気付いたかのように、驚愕に満ちた表情でこちらを見る。
「その、声……まさか、モーゼフ様、ですか?」
「おお、覚えていてくれたとは嬉しいのぉ」
エリシアにとってはきっと数年振りで、モーゼフにとっては数日振りの再会だった。