39.やること
色々とあった一日だったが、終わりというものは静かだった。
夜になれば、エリシアとナリアは宿で眠りにつく。
今日からヴォルボラも一緒の部屋で寝ることになる。
エリシアは昼間も眠ってしまっていたが、夜も安心したように眠っていた。
モーゼフはいつものように、自分の部屋で外を見る。
ちょうど綺麗な三日月だった。
「少しいいか」
そこへやってきたのは、赤い髪の少女の姿をしたヴォルボラだ。
エリシアの寝巻を着たヴォルボラは、とてもドラゴンであったようには見えない。
可愛らしい少女の姿をしている。
「二人はもう眠っているかの?」
「ああ、なかなか抜け出す機会がないくらいには掴まれていた」
ヴォルボラは小さくため息をつく。
人のサイズだとエリシアやナリアに引っ付かれると動きにくい、とのことだった。
ただ、満更でもなさそうな表情をするヴォルボラに、モーゼフはカタカタと骨を鳴らす。
「ほっほっ、大変なようじゃな」
「まあ、我が選んだことだからな……」
ドラゴンの姿のままでは一緒にいる事は難しい。
そして、エリシアが信じてくれたことを証明するために、ヴォルボラは力を安易に振るわないよう抑止もしていた。
十分に、二人は分かり合えていると言える。
「それで、何用かの」
「ああ、エリシアが我の声を聞いたことを、お前は知っているな」
「うむ。それも、鳴き声の方じゃろう」
「……ああ」
モーゼフの言葉に、ヴォルボラは頷く。
ヴォルボラも何か気付いているようだった。
モーゼフはエリシアにはまだ言うつもりはなかったが、ヴォルボラには話しておこうと座るように手で促す。
「いわゆる隔世遺伝と呼ばれるものじゃな」
「隔世遺伝――祖先から受け継いだ者か」
「うむ。おそらく、エリシアの家系には魔族の血が混じっている。今はすでにエルフの血がほとんど流れているじゃろうが、エリシアとナリアの姉妹はどちらも色濃く魔族の方の影響が出たようじゃの。銀髪なのはおそらくそれが原因じゃろう」
「我の声が聞こえたのも、か」
「その通りじゃ」
魔族の一種に数えられるダークエルフ。
それに近しい特徴を持つのはそれが要因だろう。
そして、本来ドラゴンの鳴き声を『誰かを呼ぶ声』のように聞くことができない。
あくまで普通の人間は無理、という話だ。
魔族であればそれもあり得ない話ではない。
実際、魔族の部類に入るアンデッドの最上位であるリッチのモーゼフにもそれは聞こえる。
後天的に人が魔族になることも珍しい話ではない。
確信ではないが、その方が合点はいくとモーゼフは考えていた。
「まあ、だからと言って問題があるというわけではないがの。しいて言うならば、幸か不幸か魔族を呼び込みやすい体質のように感じるが」
「あの赤い石もやはり魔族か」
「ほっほっ、あれは吸血鬼じゃよ」
「……危険はないのか?」
ヴォルボラはどうやら赤い石を警戒しているようだった。
ナリアは自慢げに話していたが、分かる者には分かる。
異様な雰囲気を醸し出す石なのだ。
おそらくそれは、赤い石側からも警戒されているからなのだろう。
「今はない。そして、これからもないじゃろう。思った以上に、ナリアのことを守ってくれているようだからの」
「……それならばいいが」
赤い石はナリアのお守りとして機能している。
そこは問題ない。
ただ、吸血鬼の次はドラゴンと随分魔族や魔物で考えれば上位に位置するものばかり現れるようになった。
運が悪いともいえないが、吸血鬼は今後も何かしらやってくる可能性はある。
モーゼフが大結界を張っている状態でも油断はできない。
「……して、話はそれだけかの?」
「いや、もう一つある。あの結界はエリシアとナリアを守るために張っているのだろうが、それほどまでに大切にしているのならば、なぜ我とエリシアを引き合わせた」
ヴォルボラは疑問に思っているようだった。
モーゼフがわざとエリシアとヴォルボラを会わせたということに。
わざわざドラゴンという強大な存在に会わせる必要などなかったと言いたいらしい。
モーゼフにとってみれば、ヴォルボラは単なる脅威にしかないはずだ、と。
ヴォルボラの言葉にモーゼフは骨を鳴らして答える。
「ほっほっ、それは簡単なことじゃよ」
「なんだ?」
「わしにもドラゴンの友がおるからの。お前さんからは脅威を感じなかったから、きっと会わせても大丈夫だと思ったんじゃ」
それを聞いて、ヴォルボラは少し驚いたような表情をする。
そのあと、おかしそうに笑い始めた。
「あはははっ! ドラゴンの友ときたか。まさか、ここにもそんな物好きがいるとは」
ドラゴンのときとは違い、人の姿をしたヴォルボラは口調こそ堅いが少し感情豊かになっていた。
モーゼフはヴォルボラの言葉に頷く。
「そんなもんじゃよ。もちろん、全員が全員そうとは限らん。それは人間同士でも同じじゃからの」
「ああ、その通りだな。しかし、エリシアとナリアはとても良い経験を積んでいるようだ」
「ほっほっ、あの子達のためになればいいんじゃがの」
「なるだろう。吸血鬼とドラゴン――それにリッチときたか。本来ならば共にいることなどほぼあり得ないような面子だ」
「それが先入観というものじゃ。意外と、世界にはそういう集まりがあるかもしれんぞ」
「それはそれで見てみたい気もするが……それで、お前の友のドラゴンというのは何者なんだ?」
ドラゴン同士で知り合いという可能性もあるということだろう。
ヴォルボラの問いに、モーゼフは思い出したように答えた。
「おお、そうじゃった。わしが生前に会ったときに言っておったぞ。物を盗まれたのはお前と合わせて二回目だ、と。本当に、随分と無茶をしたものじゃ」
モーゼフの言葉に、ヴォルボラは眉をひそめる。
一瞬、ヴォルボラはモーゼフの言っていることを理解できなかった。
だが、すぐにその言葉を理解すると、ヴォルボラは驚きに目を見開いた。
目の前にいる死者は自身と似たことをしていることと同時に、戦った相手も同じだったのだから。
***
いつもと変わらない日々が戻ってきた。
ただ、変わるものもある。
エリシアとナリアに、新しく家族ができた。
赤竜のヴォルボラ――今は少女の姿をしているが、この姿でもそこらの冒険者よりは高い戦闘能力を誇る。
今はまだ療養中だった。
ナリアが遊びに行くところを見守ったり、逆にヴォルボラが部屋にいればナリアが相手をしたり――ナリアともうまくやれているようだった。
エリシアのことはいつも心配をしている。
元々、冒険者として安定した生活をして、ナリアの生活を裕福にしていきたいという願いがあった。
それをヴォルボラに言うと、「そんなことをしなくても我が何とかしてやろう」と言い始める。
ただ、ヴォルボラが何とかできると思っているのはあくまでドラゴンレベルでの話だ。
何をするのかは想像ができないとエリシアはやんわり断っている。
だから、今日も変わらずにモーゼフの師事を受けている。
「モーゼフ様、今日もよろしくお願い致しますっ」
「うむ、それじゃあ行くとしようかの」
「いってらっしゃいっ!」
ナリアが笑顔でモーゼフとエリシアを見送る。
同じように手を振って答えると、モーゼフとエリシアは森の方へと向かっていった。
ある程度戦えるようになってきたエリシアには、そろそろ冒険者としての昇格という新しい目標と、魔法の応用という壁が生まれていた。
それでも、きっとエリシアはそれを乗り越えるだろうとモーゼフは確信している。
ナリアの幸せを願う気持ちは、きっと誰よりも強いだろうから。
そんなエリシアの幸せも含めて、モーゼフは守ると誓った。
いつか別れの時が来るかもしれない――その時が来たとしても、二人が幸せでいられるように尽くす。
それが今のモーゼフの『やること』だ。
これで第一部くらいでしょうか。
一区切りという感じです。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
引き続きがんばりたいと思いますのでよろしくお願いします。




