35.外の者達
対ドラゴン討伐隊として編成された冒険者達は、数日間はフラフの町に滞在していた。
その後いくつかの部隊に分かれ、ギルドを連絡網としてタタルの町にも配備を広げたりもしていた。
タタルにはモーゼフが連絡を取れる魔導師――ウェルフがいたのでその同行は分かる。
相も変わらず身を隠しているらしいが、村では上手く生活できているらしい。
そちらの動向も加味すると、捜索はやはり難航しているという様子だった。
森の奥地に入っての捜索も考えられたが、明らかに森の入口付近で魔物が減退しているという事実がある以上、その付近にいる可能性は高いと踏んでいるようだ。
それは間違っていない事実だが、モーゼフという魔導師によって隠されているところまでは予測できなかった。
仮に予測できていたとしても、その結界を見破ることは容易ではない。
エリシアのように直接目にして、さらにモーゼフによる許可がなければ入ることは難しいだろう。
「俺も隣の町へ行ってこようと思う。ここはあなた達現地の冒険者に任せるよ」
ユースはそう言って、他の町へと向かうことにしたようだ。
最も警戒すべき相手――オリハルコンの冒険者であるユースが町から離れる。
それだけで、エリシアは一先ず安堵していた。
そして、早々にヴォルボラの治療の続きを始めたいと思っていた。
(また明日って言われたのに、もう数日も経ってる……)
「あの、モーゼフ様……」
「うむ、そろそろ結界の方に向かうとしようかの」
ユース達が町を出たのを確認すると、モーゼフとエリシアは二人で結界の方へと向かう。
ナリアは町で留守番という形になった。
いざというときのためとモーゼフは言っていた。
相変わらず、森の入口付近にある結界はモーゼフがいなければまったく分からないほどだ。
「わしは結界を補強してくるからの。ヴォルボラのところへ行ってやりなさい」
「はいっ」
エリシアは頷き、駆け出した。
森の中を抜けていくと、身体を丸めて深く寝息を立てるヴォルボラの姿があった。
数日前見た時よりも、怪我の様子は大分良くなっているようだ。
「よかった……」
「エリシアか。もうそろそろ飛び立とうかと思っていたところだったぞ」
ヴォルボラはそんなことを言いつつも、動くような様子はなかった。
外の状況については分かっていないのだろうか、そんな風にエリシアが考えていると、
「これは……」
「……?」
ヴォルボラが身体を起こす。
大きな瞳を細めて、エリシアの方を睨んだ。
いや、さらにその先にいる者を見ているようだった。
「結局、そうなるのだな」
「い、一体何を――」
「見つけたぞ、赤竜」
エリシアの背後から、男の声がした。
エリシアも驚いて振り返る。
すでに剣を抜いた状態で、ユースがヴォルボラを見据えていた。
「な、どうしてここに……!?」
「君達が多くの薬草を使えるように調合していたという話は町で聞いていた。どこで使っているかも分からないというのは、少しおかしな話だと思ってね」
「……っ」
町の人々はただ、聞かれた事実を答えただけだ。
エリシア達も、わざわざそれを隠そうとはしていなかった。
それが仇となった。
ユースは始めから、ヴォルボラが誰かに匿われている可能性というのを考えていたのだ。
出ていった振りをして、結界の場所を見つけ出すつもりだったのだろう。
ヴォルボラの目は少し悲しそうだった。
エリシアも、治療する振りをしてこの冒険者が来るのを待っていたと思っているのだ。
だが、エリシアは言い訳をするよりもまず、ユースを止めることにした。
「ま、待ってください」
今にも駆け出しそうなユースの前に、エリシアが立つ。
町で見た雰囲気とはまったく異なり、今にもエリシアを切り伏せてでもヴォルボラの元へと向かうほどの凄みがあった。
「退け。本来ならばドラゴンを庇い立てした時点でお前は敵だ。だが、幸いにもこのドラゴンはまだ何もしていない。今、邪魔をしなければすべて不問にする」
「ヴォルボラ様は何もしていないんですよ!? こちらから何もしなければ大丈夫ですから!」
「ヴォルボラ……? そのドラゴンの名か? なぜドラゴンの名など……」
「グゥオオオオ……」
そのとき、ヴォルボラは低い声で鳴き始める。
ヴォルボラが翼を広げ、尻尾を振るう。
初めてその巨躯を目の当たりにした。
赤い色のドラゴンはまっすぐにこちらを見据えている。
戦う意思はないはずだと思った。
けれど、そんなことはない。
命を狙われているのならば、ヴォルボラも臨戦態勢に入る。
「ま、待ってくださいっ」
「退いていろ――」
動こうとするユースに対し、エリシアは咄嗟に弓を構える。
ほとんど反射的に動いていた。
エリシア自身も驚く。
「エリシア……」
その姿を見て、ヴォルボラは動きを止めた。
動向を見守るように、ヴォルボラは二人を見つめる。
エリシアは裏切ったわけではない。
その覚悟をヴォルボラは見守ろうとしていた。
「そうまでしてドラゴンを守るのか」
「私は……そうすると決めたんです」
迷っているわけではない。
けれど、魔物以外に弓を向けたのは初めてだった。
弓を構える手が震える。
それでも、弓は下ろさない。
「やめておけ。それでは無理だ」
「……動けば、打ちます」
「その覚悟があるのか? やるというのなら、俺はお前を斬る」
魔力によって弓矢を作り出す。
ユースに対して、その矢を向ける。
だが、どこを狙えばいいのか分からない。
もしも、当たり所か悪かったら――
「遅い」
「あっ……」
それは一瞬だった。
エリシアが迷わずとも、どのみち矢がユースに当たることはなかった。
ヴォルボラの方へとユースは駆ける。
弓で狙おうにも、それを捉えることはできない。
ヴォルボラに対して剣が振るわれた。
赤い鱗は本来相当な強度を誇る。
だが、それを軽々と斬り裂いた。
「グオオオオオオ……」
ヴォルボラは斬られても、抵抗することはなかった。
ただ、振るわれる剣を受けるだけだった。
ユースもそれを見て驚く。
ドラゴンが何もせずに攻撃を受けるだけだということに。
(抵抗しないだと?)
以前、戦ったときもあまり抵抗をしなかった。
だが、今度はそれ以上だ。
攻撃をするという意思を感じない。
それを見ても、ユースは迷わない。
「ヴォルボラ様っ!」
ヴォルボラはエリシアを見る。
エリシアがヴォルボラを庇おうとしたのは分かった。
ここでヴォルボラが動けば、その覚悟もすべてなかったことになるからだ。
(結局、私は何も……)
ユースが剣を振るう。
今が好機と確実に屠るための一撃だ。
ヒュンッと風を切る音と共に聞こえたのは、
「覚悟は十分に伝わったぞ」
「な、に?」
そこに現れたのはローブに身を包んだ老人。
ユースが目を見開く。
目の前の出来事が信じられなかった。
ユースの振るった剣を、モーゼフは三本の指だけで止めたのだ。
「モーゼフ、様?」
「言うたじゃろう。必要であれば、わしはお前さん達のために力を振るうと」
ユースが後方に跳び、距離を取る。
剣を素手で止められたのは、初めての経験だった。
驚いてはいたが、モーゼフの姿を見てやがて笑みを浮かべた。
「やはり、あなたがそうか」
「おや、わしを知っておるのか?」
「当たり前だ。《大賢者》――モーゼフ。俺はこの大陸の外から来たからな」
「ほっほっ、なるほどの。だから、《外の剣聖》か」
モーゼフに対して、ユースが剣を構える。
モーゼフはまだ構えない。
だが、すでに警戒はしていた。
モーゼフの結界を見ただけで突破できるだけの実力を持っている。
十分に脅威となる存在だった。
「あのドラゴンを守っているのがあなたとは驚いた」
「守っているとは少し違うがの」
モーゼフが守っているわけではない。
あくまで、エリシアが守ると決めたのだ。
モーゼフはそれを手伝っているに過ぎない。
「なぜ、あなたほどの方がドラゴンを庇う? あなたはかつてドラゴンと戦ったこともあるはずだろう」
「そうじゃの。それを言えば、わしは人とも戦ったことがある。分かり合えるかどうか、重要なことはそこにある」
「分かり合える? ドラゴンと人がか? いや、そこの娘はエルフだったな。エルフというのはそういう種族だったというわけか」
「種族など関係ない。守りたいと思うものがあるのならばな」
「はっ、綺麗事だな。だが、どのみちあなたを倒さなければそのドラゴンは倒せないということか……」
ユースの切っ先がモーゼフに向く。
一呼吸、そのあとにユースが言い放つ。
「構えろ、大賢者モーゼフ――いや、俺としては《剣士》であったときのお前と戦いたい」
ユースの言葉に、モーゼフは目を細める。
だが、すぐに地面から木の根が生えてくると、そこから出てきたのは一本の剣だった。
「モーゼフ様が剣を……?」
エリシアもその光景を見て驚く。
老人の姿をしているモーゼフは、静かに剣を構えた。




