32.薬草集め
フラフの近くにある森の魔物は、ドラゴンであるヴォルボラが棲みついてから明らかにその数は減らしている。
それでも完全にいなくなったわけではなく、たとえば草食の大人しい魔物の数が減ってそれを食糧としていたモノは減ったが、草食でも凶暴な魔物は現れる。
冒険者としての仕事も魔物の討伐だけではなく、今だからこそやりやすい仕事というのもあった。
ただ、エリシアのこれからしようとしていることは冒険者としての仕事でも何でもない。
ヴォルボラのために薬草を集めるということだった。
裂傷に効くのは《リーリ》の葉、火傷に効くのは《レッグ》の葉といった。
治りにくそうな箇所に塗るためにこれらを集める。
それから、痛み止めになる葉もあったが、煎じて飲むタイプであったため正直ドラゴンサイズとなると効くかどうか分からない。
一応、それらも持っていくことにはした。
エリシアとナリアが、背中に大きなカゴを背負って薬草を集めていく。
「おねえちゃん! これは?」
「それも、そうね。私のカゴに入れて?」
「うんっ」
エリシアとナリアの背中にはそれぞれ違うタイプの薬草を入れるようにしている。
一方、モーゼフは飲み薬となる薬草を集めていたのだが、カゴなどは持っていない。
エリシアやナリアが見つけて手渡すと、気付いた時には手に持っていない。
どこかに持っているのは確かだが、どこにもっているのかは分からなかった。
(どこに入れているのかしら……?)
エリシアがモーゼフの様子をうかがうと、ナリアが近づいていく。
「モーゼフ、はいっ!」
「うむ」
ナリアから手渡された薬草を手に持ったままのモーゼフ。
エリシアは薬草を探すふりをしながら、モーゼフの方もちらりと見ていた。
「おねえちゃん、はいっ」
「あ、ありがとう」
一瞬、ナリアに渡された薬草の方に目がいった。
次に見た時にはモーゼフはすでに薬草を持っていなかった。
「……!?」
エリシアが驚いた表情でモーゼフの方を見る。
骸骨の姿をしたモーゼフの表情をうかがうことはできない。
(ほっほっ、まだまだ甘いのぅ)
モーゼフはこういった悪戯もすることがある。
誰かを驚かせたりすることが好きなのだ。
エリシアやナリアはいつもモーゼフのすることで驚いてくれるので、モーゼフは楽しんでいた。
しばらく薬草を集めたあと、森の中で休憩をする。
「いっぱいとれたねっ」
「そうね」
「おっきなドラゴン、元気になるかな?」
「ええ、ナリアがこんなに集めてくれたもの」
「ほんと? わたしもあってみたいっ」
「元気になったら会いに行こうね」
「うんっ」
ナリアはその姿を見ていないが、エリシアから話は聞いていた。
物凄く目を輝かせてその話を聞いていた。
ドラゴンも実際に見るとなればかなり珍しい部類に入る。
好んで人里に向かう者は少ないからだ。
ヴォルボラがどうして怪我をして、人里の近くにいるのかは分かっていない。
ただ、エリシアの思っていたこととモーゼフの考えは一致していた。
(怪我の中には刃物によるものもあったからのぅ)
あのドラゴンは、遠方で討伐依頼を出されていたドラゴンである可能性は高いということだ。
もしかしたら、人里を襲った凶悪なドラゴンである可能性もあるということになる。
けれど、エリシアにはとてもそうは思えなかった。
怪我をしているとはいえ、あのドラゴンはモーゼフの結界の中で大人しくしている。
少なくとも事を大きくしようという気はまるで感じられない。
だからこそ、モーゼフも自身の《大結界》に受け入れたのだから。
しばしの休憩を終えて、再び薬草集めを始める。
森の入口近辺だけでなく、少し深く入ったところまで進み始めた。
そこまで来ると、魔物の数は少し増える。
そこで、エリシアは弓を構えた。
「……ふっ」
一呼吸。
魔力で構成された矢を放ち、魔物の首を射抜く。
こちらを狙っていた魔物の気配に、エリシアが早くに気付いた。
(ほう、見事なものじゃ)
エリシアの修行も兼ねて魔物のいるところまでやってきたのだが、エリシアは見事に魔法で作り出した矢で攻撃できるまでになっていた。
まだ短時間で出せる数は少ないが、以前エリシアが使っていた普通の矢で射抜くのと何ら遜色のないほどになっている。
魔力の弓の良いところはまだ出せていない。
今後は、さらに派生した使い方も学ばせていくつもりであったが、一先ずはエリシアの成長をモーゼフは喜ぶ。
エリシアの頭を優しく撫でてやる。
「あ、モーゼフ様」
「うむ、よくやったの」
少し頬を赤く染めて、嬉しそうな表情をするエリシア。
エリシア自身、褒められるためにやっているわけではないが、モーゼフに褒められることを最近は喜びに感じていた。
褒められて伸びるタイプというものだ。
実際、エリシアはよくやっていた。
ちなみに、ナリアもそれなりに魔法は使えるようになっていた。
もちろん、使えるといっても火を出せる程度のものだが、まともに訓練すればきちんとした魔法も扱えるようになるだろう。
ナリアにその気があればだが。
(再来週……いや、来週くらいには少し応用したものも教えてみるかの)
魔力を武器とした場合には、様々な応用が効く。
形状を変えることで用途を合わせられるということだ。
ただ、それにはより魔力のコントロールが重要となる。
まだ少し教えるには早いかもしれないが、エリシアならばできるだろうとモーゼフは踏んでいた。
エリシアは魔物を警戒しながらも、薬草集めは怠らない。
休憩、狩り、薬草集めを繰り返していると、気付けば日が暮れる時間になっていた。
「そろそろ戻るとしようかの」
「はいっ」
ナリアは眠くなってしまい、気付けばモーゼフがカゴを背負ってナリアを抱えていた。
エリシアは申し訳なさそうな表情をするが、それもいつものことだとモーゼフは笑って流す。
大体、遊びに出たときも夕方に差し掛かる頃には眠くなってしまうらしい。
遊びに出たナリアをエリシアやモーゼフが迎えにいくのはもうよくあることだった。
安心したように眠るナリアに対し、ナリアの首から下げている赤い石は小さく光っていた。
「あの、モーゼフ様」
「む?」
「ナリアの首から下げている石は……?」
以前から少し気になっていたことをエリシアが口にする。
モーゼフは特に迷うことなく、
「お守りみたいなものじゃな。意思のある石、じゃよ」
「意思のある石……?」
「ほっほっ、シャレておるじゃろ?」
モーゼフは笑いながらそんなことを言う。
エリシアもそう言われると納得するしかなかった。
モーゼフがそういうのなら、きっとナリアのためになる石なのだろう、と。
よく寝る前にもナリアが石に話しかけているのを見ると、だんだんと気になってくるものだったが、エリシアが今気にすべきことは別にあった。
三人は森を抜けていく。
今日のところはそのまま帰るが、明日にはヴォルボラのところへと向かってまずは話してみるところからまた始めよう――エリシアはそう決意していた。




