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31.エリシアとヴォルボラ

 眠りにつこうとしていたヴォルボラは驚いたように大きな目を見開いた。

 今、目の前にいるエルフの少女には「去れ」と言ったはず。

 そこで話は終わったと、ヴォルボラは考えた。

 そもそも、ドラゴンであるヴォルボラに対して怯えずにそのようなことを聞いてくるなど、思いもしなかったからだ。

 ヴォルボラは再びエリシアを見つめる。

 エリシアもまた、ヴォルボラを見ていた。

 心配そうに見つめる表情には、嘘偽りがない。

 ヴォルボラは小さく息をはくと、


「去れ、と言ったはずだが」

「ご、ごめんなさい。でも、気になってしまって……」


 そんな風に申し訳なさそうな表情をするエリシアに、ヴォルボラは目を細める。

 ヴォルボラのことを心配している。

 十分にそれは伝わってきた。

 ドラゴンなど、地上で考えれば上位に位置する存在だ。

 それを心配するなど、この少女はそれだけ強いのだろうか――そんなはずもない。

 ただ単純に、エリシアはヴォルボラの怪我を心配していた。

 再び身体を起こして、エリシアに向き直った。


「我を恐れぬか」

「……え?」

「いや、何でもない」


 大きな瞳にうつるエリシアは、少し震えている。

 けれど、それは恐怖によるものではなかった。

 そもそも、サイズの違いだけでも十分に恐怖の対象になるはずだが、エリシアにあったのは緊張感。

 それもエリシアは悟られないように、ヴォルボラに尋ねたのだった。

 ヴォルボラはエリシアに向かって答える。


「なぜここにいるか、だったか?」


 ――答えてやる必要もない。

 ヴォルボラはそう思っていたはずなのに、不思議と口が動いてしまった。

 ヴォルボラの言葉に、エリシアは頷く。

 口を開いてしまった以上、言わなければならない。

ヴォルボラは考えるように空を見上げる。

 結界の中に広がる空も霧がかかっていて、全容を見ることはできない。

 小さなため息も、エリシアにとってはそれなりに大きな風となる。


「……見ての通り、我は傷を負っている」


 エリシアにもそれは分かった。

 大きな身体のあちこちに出来ている傷跡――裂傷だったり、火傷だったりと様々だったが、最近傷つけられたものばかりだということは分かる。

 ドラゴンであるヴォルボラがそれだけの傷を負うできことがあったのだろう。

 それが何か分からないが。


「それをここで癒している……それだけだ」


 ヴォルボラの言うことにも嘘はない。

 傷を負って、それを癒す。

 当たり前のことであった。


「怪我……」


 エリシアはそれを聞いて、飲みこむように言葉を口にする。

 その様子を見て、ヴォルボラは頷くと、


「分かったのなら、今度こそ去れ」


 ヴォルボラは生々しい傷跡が残っている状態だったが、身体を丸めて目を瞑り、休む体制に入る。

 癒すといってもそのまま放置していて治るものではないと、エリシアは考えた。

 エリシアは再びヴォルボラに向かって声を発する。


「そのままだと治らないかもしれないです、よ?」


 ヴォルボラは片目だけまた開いた。

 「去れ」と言って、また眠る体制に入っても、エリシアは再びヴォルボラとの会話を始める。

 身体を起こすことはないが、ヴォルボラはエリシアに答える。


「……我は竜だぞ? この程度、しばらく休めばどうとでもなる」

「でも、薬草とか使えばもっと早く治るかもしれないです」


 ヴォルボラはまた、エリシアを見る。

 手を胸に当てて、はっきりとヴォルボラの方を見て話している。

 今度は震えてはいない。


「……何が言いたい?」

「私が、薬草を取ってきます」

「なぜそのようなことをする?」

「え、それは……」


 エリシアも、なぜそんなことを言い出したのか分からなかった。

 ここで初めて出会ったはずのドラゴンに、そこまでする必要はなるのか、と聞かれているのだ。


(どうしてって……)


 エリシアは自問する。

 最近あったこと、最近夢に見ること――それがここにつながっているのか分からない。

 しばしの沈黙のあと、エリシアはずっと疑問に感じていたことをそのまま言葉にすることにした。


「あなたに呼ばれた気がしたので、私が必要なのかと……」

「……! 我がお前を呼ぶわけがなかろう」


 驚いた表情にあと、先ほどよりも大きな声でエリシアの言葉を否定する。

 その勢いで、エリシアがバランスを崩すほどだった。

 ぐらりと倒れそうになるところが、エリシアは何とか踏ん張る。


「ご、ごめんなさい。けど、放っておけないんです」


 竜は通常の魔物とは異なり、モーゼフの言っていた通り非情に賢い生物だ。

 別の大陸では竜を神のように崇める地域も存在しており、その地によって扱いが異なる。

 ここでは、竜はいわゆる危険な魔物の一種としても扱われているが。


「……いらん世話だ。もうここには来るな」


 ヴォルボラは最後にそう一言だけ答えると、今度こそ眠りについた。

 エリシアはヴォルボラのことを気にかけながらも、やってきた道の方へと引き返していく。

 気がつくと、先ほどモーゼフを見失った森の前にやってきていた。


「ここは……」

「おや、こんなところでどうしたんじゃ」


 振り返ると、優しい表情の老人の姿をしたモーゼフが立っていた。

 モーゼフの姿を見て、エリシアは緊張の糸が切れたようにその場にへたり込む。


「大丈夫かの?」

「は、はい……ちょっと、色々ありすぎて……」


 そんなエリシアを、モーゼフは優しく抱える。

 今は恥ずかしがるようなことはなく、エリシアはモーゼフに身をゆだねた。


「ヴォルボラ様から、お話を聞きました。差し出がましいことを言ってしまって……」


 エリシアは包み隠さず、ヴォルボラの名前を口にする。

 モーゼフが出会ったときとぼけるように言っていても、きっとあの結界はモーゼフのものだと分かっていたからだ。

 エリシアがそう言うと、モーゼフは少し驚いた顔をする。


「ほう、あのドラゴンはヴォルボラと言うのか」

「え? モーゼフ様がお守りになられているのでは……?」


 モーゼフは少し考えてから、エリシアに答える。


「守っているという表現は正しくはないの。どちらかと言えば、あの巨体は目立つから隠しているだけに過ぎんが。そうか、お前さんには名乗ったんじゃな」


 モーゼフは嬉しそうに頷いていた。

 ドラゴン――ヴォルボラはモーゼフには名乗らなかったのだ。

 それはモーゼフ自身がこの結界を張っているという事実があること。

 それだけの実力者である以上、ヴォルボラは自身と対等かそれ以上の者であると判断し、敵対する可能性のある者に心を許さなかった。

 完全に敵意のないエリシアには、ヴォルボラというドラゴンも少し気が抜けてしまったようだ。


「わしは様子を見に来ただけだったんじゃ。お前さんがついてきているのを見てはいたが、まさかドラゴンの前にも姿を現すとは思わんかった」

「あ、あれは私の存在に気付かれたので……」


 ほっほっ、とモーゼフは笑う。

 ドラゴンに気付かれたのならば、次に取る行動は逃げる者がほとんどだろう。

 エリシアには近くにモーゼフがいるという安心感もあったのかもしれないが、それでもドラゴンと普通に話せることは十分にすごいことであることには変わりなかった。

 モーゼフは優しくエリシアの頭を撫でる。


「それで、ヴォルボラの傷を治す約束をした、と」

「……断られてしまいましたけど、私はそうしたいと思います」

「ほう、なぜそう思う?」


 ヴォルボラにも問われたことを、モーゼフにも聞かれた。

 エリシアは小さく頷き、


「ヴォルボラ様は、悪い竜じゃないと思うんです」

「思う、か」

「あっ、そんな根拠がないことじゃダメ、ですよね」

「いや、何もダメということはない。お前さんがそれを正しいと思ったのなら、それはお前さんが選んだ答えじゃ。自分で否定するようなことではないぞ」


 それを聞いて、エリシアも少し笑顔になる。

 間違っているとは言わない。けれど、正しいとも言わない。

 モーゼフの言葉には、自身で選んだ道を行けということが含まれていた。

 エリシアにもそれが分かった。


「……はいっ。私は、ヴォルボラ様の怪我を治したいと思います。でも……」


 エリシアの悩みはそこから先にあった。

 薬草の量も相当必要になると感じていた。

 この森の近辺から取り過ぎてしまえば、町の方に影響があるかもしれない。

 モーゼフはそんなエリシアのことを察する。


「ほっほっ、心配せんでもそんなに薬草の数は少なくはない。それに、完治とはいかないまでも必要なところが治せれば十分じゃろう」


 モーゼフの言葉に、エリシアは頷く。

 冒険者としての仕事ではないが、エリシア自身がそうすると決めたことだ。

 モーゼフもきっと、そうなるのではないかと思ってエリシアを結界の中に招き入れたのだが、想像以上だった。

 こうして、エリシアの薬草集めが始まるのだった。


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