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30.赤竜

「――」


 エリシアは誰かが呼んでいるような、そんな夢を見ていた。

 その声はうまく聞き取ることはできない。

 ただ、どこかで聞いたことがあるような声だった。


「誰?」


 エリシアが問いかけても、その声は答えることはない。

 何かがいるということだけは分かる。

 いつもそこで、目が覚めてしまう――


「ん……」


 朝、エリシアは眠い目をこすりながら身体を起こした。

 隣ではナリアが気持ちよさそうに眠っている。

 乱れた布団をもう一度ナリアにかけ直して、その頭を撫でて微笑む。

 思ったよりも早い時間に目が覚めてしまったようだ。

 外はまだ太陽が昇り切っていない。

 鳥達の鳴き声が静かに聞こえる程度だった。

 そんなとき――キシッ。


「……?」


 廊下の軋む音が耳に届く。

 それは下の階へと降りていくのが分かった。

 エリシアはドアを開けてその後ろ姿を確認する。


「モーゼフ様?」


 こんな朝早くから、モーゼフは出かけていた。

 ちらりとナリアの方を見ると、まだ気持ちよさそうに眠っている。

 きっと起きるにはまだまだ時間がかかるだろう。

 ふと気になって、エリシアはモーゼフのあとをつけることにした。


(これじゃあナリアのことも言えないわ……)


 プレゼントのときは仕方のないことだったが、いつも人のあとを追いかけたりすることは注意していた。

 それなのに、モーゼフがこんな朝早くから何をしに行っているのか気になってしまう。

 直接本人に聞けば教えてくれるかもしれないが、もしはぐらかされたらきっと教えてくれることはないだろう。

 そっとエリシアは足音をたてないように宿を出る。

 寝巻で出てきたため、少し肌寒いくらいだった。

 モーゼフは町の外の方へと歩いて向かっていくのが見える。


(こんな時間から外へ……?)


 町の外に朝から行くには、少し早すぎる時間だった。

 昨日から受けていた依頼でも処理しにいくのだろうかとも考えたが、それでもこんな早い時間に行くことはない。

 平原では隠れるような場所はなく、エリシアはそのままモーゼフの後を追うような形になる。

 振り返ってしまえばすぐに見つかってしまいそうだった。

 時折、草場の陰を使って身を伏せる程度のことはしている。

 モーゼフはそのまま、森の前までやってきていた。

 そこで、ぴたりと足を止める。

 エリシアも慌てて草むらに身をひそめてその様子をうかがう。


(何か悪いことをしている気分ね……)


 そういうことをした経験がほとんどないエリシアにとって、モーゼフに黙ってついていくことは何か緊張感のあるものだった。

 そして、モーゼフは少しその場に立ち止まったあと――するりとその姿を消してしまう。


「えっ?」


 エリシアは目をこすった。

 寝ぼけているのかと思ったが、森の目の前でモーゼフは姿を消したのだ。


(あ、もしかして……)


 以前にも同じようなあったことを思い出す。

 吸血鬼――ウィンガルを倒した後、ナリアを助けてくれたウェルフという魔導師の結界に入るときだ。

 するりとどこか別の空間へと入っていく奇妙な感覚。

 外から見れば消えているように見える、とモーゼフが言っていたことを思い出した。

 つまり、モーゼフは結界の中に入ったのだ。


(でも、誰のだろう……?)


 もしかしたら、またウェルフという魔導師のものかもしれないという考えが浮かぶ。

 タタルの村でそのまま暮らすという話を聞いていたが、ひょっとしたらモーゼフに会いに来たのかもしれないと。

 でも、それだとわざわざ姿を隠す理由が分からない。


(……行ってみよう)


 エリシアは立ち上がり、モーゼフが消えた付近へと歩を進める。

 一見すると、普通に森が広がっているだけだった。

 そこに何かあるようにも見えない。

 魔法の訓練を積んでいるエリシアだが、まだ他人の使う魔法など感じることもできない初心者だった。

 攻撃はできるようになっていても、防御や搦め手といった類のことは苦手としている。

 結界魔法となると、エリシアにはとても入ることなどできるはずもないところだったが――


「あれ……?」


 思わず声が漏れる。

 モーゼフの消えたところに手を伸ばすと、波打つように空間が揺れた。

 もしかすると、このまま入れるのかもしれない。

 エリシアそう考えると、意を決し中へと入っていく。

 何か温かいものに包まれるような感覚があった。

 そうして、目の前に広がる光景は同じように森の中ではあるけれど、少し広々としていた。

 ただ、後ろに広がる風景は霧に包まれていてうかがうことはできない。

 前にしか進むことができないのだ。

 エリシアはゆっくりと歩き始める。

 一応、森の中のように見える場所で警戒は怠らないことにした。

 おそらくモーゼフが近くにいるだろうが、すべてモーゼフに頼ってはいけないとエリシアは考えていたからだ。

 しばらく歩を進めると、森を抜けるように光が差し込んでいるのが見えた。


(出口、かな?)


 何も分からないまま、エリシアはそこまで歩いていくと――フシュルルル。

 大きな吐息のようなものが耳に届き、思わず歩みを止める。

 胸の鼓動が高鳴った。

 聞いたことのないほどの大きな生き物の鼓動だ。

 唾を飲み込んで、エリシアは慎重にその先の様子を確認した。


「……っ!」


 声をあげそうになるのを、手でふさいでおさえた。

 そこにいたのは――ドラゴンだった。

 赤い鱗に身を包み、大きな身体を丸めている。

 翼も折りたたんではいるが、相当大きいのが分かる。

 まだ距離はあるが、鼻息だけでもこちらに届きそうなほどに大きい。

 赤竜――そんな存在が、町のすぐそばにいるとは夢にも思わなかった。


(ど、どうしようっ)


 エリシアも冷静ではいられなかった。

 モーゼフを追っていたら、そこにドラゴンがいるとは夢にも思わなかったからだ。

 すぐ近くにモーゼフがいるはず――そんな考えも忘れて、エリシアは引き返すべきかと迷っているところに、


「人間、か」


 低く、弱々しい声が耳に届いた。

 エリシアは驚いてその声の方向を見る。

 その声の主は、赤いドラゴンだった。


(は、話せるの……?)


 以前、モーゼフがドラゴンは賢いと言っていたことを思い出す。

 どうしてこの場にいるのか分からなったが、エリシアはドラゴンの話す言葉を聞いて、なぜか安心した。

 どこかで聞いたことのあるような声だったからだ。


(夢の中で、聞いたような……)


 よく見るエリシアの夢の声。

 何を言っているのか聞こえないが、それに似ていた。

 エリシアはそっとドラゴンの方へと歩いていく。

 その姿を見たドラゴンは瞑っていた目を大きく見開き、


「……エルフ、か」


 そう言ったのだった。

 エリシアは無言でうなずく。

 少し近づくだけで、ドラゴンの凄さというのが改めて伝わってくる――だが、それ以上にエリシアが感じ取ったのは、このドラゴンが弱っているということだった。

 声からも分かることだったが、改めて見ると全身が傷だらけになっている。

 古い傷もあるようだが、真新しい傷もいくつか確認できる。

 大きな身体をゆっくりと動かしながら、赤いドラゴンはエリシアを見据えた。


「お前の名は?」


 弱々しいと言っても、エリシアにとってみれば大きなドラゴンだ。

 名前を聞かれるだけでも凄みはある。


「わ、私、ですか?」

「他に誰がいる」


 ドラゴンに見つめられて、思わず息をのむ。

 エリシアは小さく深呼吸をすると、ドラゴンのことをまっすぐ見つめて答えた。


「エリシア、と言います」

「エリシア……」


 名前を聞いて、ドラゴンは静かに頷いた。

 しばしの沈黙の後、ドラゴンは深く息を吐き、


「我が名は……ヴォルボラ」

「ヴォルボラ、様?」

「様などと、つける必要はない。我はお前達が最も恐れる竜の一体なのだ」


 そう言うヴォルボラだったが、エリシアは不思議と恐怖を感じなかった。

 敵意というものがまるで感じられなかったからだ。

 赤い竜でふと、エリシアは思い出す。

 ギルドの方に、遠方の依頼で赤竜の討伐というものがあったことを。


(同じドラゴン……?)


 一瞬そんな考えが浮かんだ。

 ドラゴンはしばらくエリシアを見た後にまた身体を丸めるようにして動きを止める。


「ここから去れ、娘」


 ヴォルボラはエリシアを名前では呼ばずに、一言だけそう言い放った。

 普通の人間なら、ここで一目散に逃げ出すのかもしれない。

 けれど、エリシアはどこかこのドラゴンのことが気になっていた。

 以前、森で聞いた誰かを呼ぶ声を思い出していたからだ。


「あの……ヴォルボラ様はどうしてここにいるのですか?」


 エリシアはそうして、恐れることなくドラゴンであるヴォルボラに問いかけた。

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