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3.たかいたかい

 モーゼフはリッチになったにも拘らず、やることはほとんど変わらなかった。

 まず、森の中にある川で魚釣りにいく。

 おかしなところと言えば、普段は木の釣竿を使っていたが、せっかく骨なのだからと背骨と足を組み合わせて作った骨の釣竿を使っていることだ。

 腕さえあれば釣りはできる。

 ローブと上半身の一部がふよふよと浮かび、川釣りを楽しんだ。

 普通以上に獲物がかかったときの感覚が分かりやすく、これはこれで楽しい。

 まさに骨伝導だった。

 釣れた魚はそのままリリースする。


「なかなか楽しいのぅ」


 カササと、近くで草むらが揺れるのを横目で見送りながら、モーゼフは帰路についた。

 また別の日、モーゼフはガーデニングをしていた。

 家のすぐそばに花を植えて綺麗な感じというのを作ってみる。

 けれど、そういったことのセンスがないモーゼフにとってはいまいちだった。

 香りでも楽しめればと思ったが、花の香りも分からない。

 やがて近くの木々を思った通りにカットしてもみたが、それも微妙だった。


「うぅむ。センスがほしい」


 それを、また近くで見ている者がいる。

 モーゼフも特に気にすることはなく、その日は終えた。


「おおおおおっ!」


 あるとき、モーゼフは崖から飛び降りた。

 そのまま、勢いよく地面にたたきつけられて砕け散る。

 ――モーゼフは死んでしまった。


「元々死んどるわい」


 カチャカチャとバラバラになった骨が戻っていく。

 モーゼフは骨の研究として、『洞窟内にある骨はなぜ綺麗にたたまれていることがあるのか』を研究していた。

 生き物に吐き出されてたまたまと言われればそれまでだが、意外にもこうしたばかげたことは魔導師会で論文発表されることもある。

 別にもう発表などするつもりはないが、せっかくアンデッドになったのならやっても損はない。


「ふむ……やはり落下では砕け散るか……。そうなると純粋に立って死んだ? それとももう少し低めからか……」


 洞窟内での骸骨についての研究はしばらく続いた。

 モーゼフほど綺麗に死んでいた者はいないのだが、それは気にとめない。

 そのまま宙を浮かんで崖の上に戻る。

 ものの数日でアンデッドとしての生活に慣れていた。

 正直、死者の生活は悪くない。

 身体はよく動くし、食事も心配がない。

 やりたいことも大抵できる。

 ただ、純粋にこれをしようという目標が持てなかった。

 動いているだけならばアンデッドでなくてもできる。

 せっかくリッチになったのならばリッチらしいことを――そう思ったが、今となってはできることがあれば何でもいいと思い始めていた。


「そろそろかのぅ」


 家の方に戻ると、また草むらが揺れる。

 モーゼフを見て隠れたのだ。

 ちらちらと見える銀髪は、おそらく以前に出会ったことのあるエルフと同様に、この付近に住んでいるのだろう。

 それも、かなり幼い。

 隠れるつもりもあるのかというくらい粗雑だった。

 ここ数日、毎日のようにエルフはモーゼフのところへとやってくる。

 物凄く興味があるのだろうが、モーゼフがそちらの方を見ると隠れる。

 ただ、逃げて戻ってこないというわけではない。

 またすぐにやってくるのだ。

 近寄ってこないところを見ると、いまだに警戒はしていると見える。


(動く骸骨が珍しいのか……アンデッドは見たことがないらしいのぅ)


 普通の人間ならば、きっと近づくことはしないだろう。

 だが、この付近にはおそらく人間も住んでいない。

 アンデッド自体がほとんど存在しない地域なのだ。


(根競べといこうかの)


 そうして、エルフとリッチの戦いが始まった。


   ***


 草むらの影から、ひょっこりとまた銀髪のエルフが覗いた。

 人間の見た目年齢でいえば五歳程度。

 長い髪は後ろで結んで整えてある。

 翡翠色の目をぱちぱちさせて、いつもの日課になった動く骸骨を確認しにきたのだ。


「あれ、動いてない……」


 いつもなら、すでに行動を開始しているはずの骸骨が椅子に座っていた。

 ただ静かに動かず、景色を眺めるかのように静止している。


「しんじゃったの……?」


 骸骨ならばすでに死んでいて当然だが、少女はまだまだ幼く純粋だった。

 そのまま、しばらく骸骨の方を見ていたが、やがて動かないことを確認してその日は去った。

 次の日も、またその次の日も――骸骨は動かなくなっていた。


「どうしてなの……あんなに元気いっぱいだったのに」


 動く骸骨に興味があった。

 それを見て楽しんでいたのに、もう動くことはないのだろうか。

 ここで、少女エルフは初めて草むらから出た。

 モーゼフが動かなくなって三日目のことである。


「……」


 静かに、足音をたてないように少女エルフは歩く。

 時折、木の枝を踏んでパキッという音を立てては自分で驚いている。

 そうして、遂に骸骨の目の前までやってきた。

 ローブを被ったそれは崖の景色を見たまま相変わらず動かない。


「やっぱりしんじゃったのかな……」


 少女エルフがモーゼフの顔に手を近づけたそのとき、


「ほほほっ! 捕まえたぞい」


 ガバッと急にモーゼフは動きだした。

少女エルフは、それはもう驚いた声で――


「きゃああああっ!」


 甲高い叫び声が丘に響き渡る。

 モーゼフも思わず驚くほどだった。

 突然骸骨が動きだせば驚くのも当然だが、少女エルフはすでにモーゼフが動いていることを知っていて見に来ているはずである。

 話す機会があるとすれば今しかない。


「これこれ、落ち着かんか」

「やぁだ! はなしてっ」


 ぐいっと何とか抜けだそうと暴れる少女エルフ。

 モーゼフが子供のあやし方にそこまで詳しくなかったが、幼い子供の扱い方は町でも見たことがある。

 落ち着かせるためには、まずは打ち解けることだ。


「ほらっ、たかいたかーい!」

「あわわ……」


 ぐいーんとその場から空へと跳び上がっていく。

 それは本当の意味で高すぎた。

 おそらくここまで高くあげられるのはこの世でもそこまでいないだろうし、経験する子供もほとんどいない。


「た、たかいよぅ……」


 泣きそうな声になっていたので、モーゼフは慌てて地上まで戻る。

 さすがに乱暴すぎたか。

 モーゼフは反省しながら少女エルフの様子を確認する。

 涙目になりながらも、小さな声で、


「も、もっかいやって?」


 そんなことを言い出した。

 モーゼフは優しい声で答える。


「ほほっ、いいぞ」


 再びモーゼフは飛翔する。

 今度は喜ぶ少女エルフの声が周囲に響き渡った。

 自然とモーゼフと少女エルフ――ナリアは打ち解けたのだった。

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