29.ナリアと赤い石
町の中をナリアは一人歩いていた。
もうすっかり町での生活に慣れていて、元気に挨拶をしながら町を歩く姿はよく見かけられる。
目的は一つ、友達であるサヤと遊ぶことだった。
「サヤっ、あそぼー」
「……うんっ」
サヤの家の近くで、いつも通り待ち合わせをしていた。
二人の少女が手をつないで町中を歩く。
最近、サヤの体調はよくなっていた。
ナリアと一緒にいて外で遊ぶ機会も増えたのがよかったのかもしれない。
父であるフリッツがいつも近くで見守っていたが、最近ではあまり家から離れていないところならば遊んでいいことになっている。
町にいる人々もサヤのことを気にかけてくれているところも大きい。
今日は町の中でもかなり大きな木の木陰で休みながら、二人は話をしていた。
最近あったことを共有したり、したいことを話したり、やることはいつも他愛のないことだ。
それでも二人にとっては大切な時間だった。
「それ、なに?」
「これ? お守りだって! 話す石らしいんだけど、わたしには声聞こえないの」
「話す石……?」
「うん、サヤも声かけてみてっ」
「こ、こんにちは」
当然、赤い石は反応を示さない。
サヤが興味を示したのは、ナリアが首から下げている赤い石だった。
それはナリアがモーゼフからもらった石だった。
お守りとして普段から首から下げるようにしている。
「なにか、いいこととかあったの?」
「うーん、怪我はしにくくなったかも?」
「そうなんだ」
怪我をしにくくなったというほどではないが、たとえばナリアが草の葉で手を切ってしまったときに、血がすぐに止まったりするようにはなっていた。
特段不思議に思うことではなかったが、ナリアでも少し気づく程度には変化があった。
赤い石が何で出来ているか――それをナリアは知らない。
実際、それを知っているのはモーゼフだけだった。
宝石のように輝いているが、何かが違う。
時折自ら輝きを発するように赤く光るように見えることもある不思議な石だった。
「サヤもお守りとかもってるの?」
「あるよ、これ」
そう言って、サヤは懐から一つの瓶を取り出した。
もしも不安を感じたときはこれを開けるようにと言われているという。
フリッツから渡されているものだということだ。
「開けたらどうなるの?」
「うん。なんか、いい匂いがするの」
中には人の心を落ち着かせるという効果のあるハーブが刻んで袋に包まれている。
体調が悪くなったときにもそれで落ち着くようにしているとのことだった。
ただ、ナリアと一緒にいるときはあまり体調が悪くなったことはない。
だから、サヤもそれを見せたことはなかった。
ナリアも赤い石以外に大事にしているものがある。
カバンに入った『ゆーふく』の証――モーゼフの骨だ。
それはあまり人には見せないようにエリシアからもモーゼフからも言われていた。
早い話、モーゼフの遺骨であるのだから、見る人が見れば骨であることは分かってしまう。
もちろん、遺骨を持ち歩くという風習がある場所はあるので特別おかしな話になるわけではないのだが、変な同情を買ったりすることがないようにするための配慮だった。
ナリアはそれを守っている。
「あ、ちょっとまって……」
サヤはふと、その瓶を開けて匂いを嗅ぐ。
小さく深呼吸をして、胸に手を当てていた。
少しだけ体調が悪くなったのだ。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫」
そう答えるサヤの表情は少しつらそうだった。
だから、ナリアは手をつないで今日は家に帰すことにした。
けれど、サヤはそれを聞いて少し悲しそうな表情をする。
せっかく、今日は体調がよかったから外で遊んでいたのに、すぐに家に戻るのが嫌だったのだろう。
ナリアは少し考えて、
「そうだっ! 何かサヤのお守りになるもの、わたしからもあげるっ」
「ほんと?」
調子が悪いときは家から出られないサヤに、ナリアからも何か渡したいという気持ちがあった。
お守りになるようなもの――それはモーゼフからもらったものではなく、自分自身で手に入れたものがいいとナリアは考えた。
「じゃあ、また元気になったらね。お守り用意しておくからっ」
「……うん、ありがと」
家までサヤを送った後、ナリアは一人で町の中を散策していた。
けれど、そんな簡単に町中で珍しいものが見つかるわけもない。
しばらくは色々なところを見て回ったが、特別成果があるわけではなかった。
畑の方にならば何かあるかも――そう考えたが、普段からサヤと遊ぶときはフリッツと共に行くこともある場所だ。
特別何かが見つかるというわけではないだろう。
(……よしっ)
ナリアは一つの決意をした。
エリシアにもモーゼフにも、町の外には一人では出ないようにと言われている。
それは当然、危ないからという理由があり、ナリアも少なからずそれを理解している。
それでも、友達であるサヤを元気づけあれるようなものがあれば、とナリアは町から少し出てみることにした。
森で暮らしていたときも、危険な場所にはいかないように暮らしていたのに、こうして一人で町の外に出て何かを探そうとするとは、ナリア自身も思わなかったことだ。
町から出る時、ちらりと門番がナリアを見た。
ナリアはそそくさと門を抜けていく。
基本的には出入り自由――とはいえ、子供一人を黙って通すというわけにはいかない。
「君、ちょっと待ちなさい」
案の定、抜けたところですぐに門番の男に声をかけられる。
ナリアは振り返って大きな声で答える。
「待ち合わせしてるからだいじょうぶっ!」
「あっ、こら――」
そのままナリアは走り去っていく。
門番も止めようとしたが、
「ん、約束……? あの二人か」
いつも一緒に町を出ていく冒険者――エリシアとモーゼフ。
町のそばにある森の方でよく依頼をこなしている。
この付近で約束しているのならば問題ないだろう、と門番は判断した。
実際、このあたりでは森に行くまでは強力な魔物が出てくることはない。
ただ、それはあくまで子供が一人で歩いていることを想定はしていない。
上空から一羽の魔物が町から出ていくナリアを見ていた。
《ランドホーク》というどこにでも現れる鳥の魔物がいた。
光る宝石などを好んで集める習性はあるが、人にはあまり近づこうとはしない。
あくまで、隙をついて狙っていくだけだ。
しかし、相手はとても小さな子供――まったくもって脅威には感じない。
ランドホークはその赤く輝く石を狙うことにした。
まずは、石の持ち主を狙って滑空し、怯ませたあとに石を奪う――静かにランドホークは滑空する。
気付かずに走っていくナリアに向かって真っすぐ急降下する。
そのとき――赤い宝石から感じたのは、まるで自身が殺されるかのような幻覚を見るほどの強力な殺意のようなものだった。
ランドホークは慌てて反転し、すぐにその場から逃げ出す。
「あれ、また何か光ったような……?」
ナリアが足を止めて赤い石を見る。
だが、特に変化はなかった。
不思議に思いながらも、ナリアは目的であるサヤへのお守りを探すためにまた駆け出す。
森の方までは危ないからと行くつもりはなかった。
だから、町から少し離れたところで一人、サヤのためのお守りとなるものを探し始める。
自身に迫っていた危険に気付くことのないまま、それは退けられたのだった。
ナリアはしばらく町の外を散策して、珍しい形をした石を発見するまで町の外にいることになり、結局エリシアとモーゼフに町の外にいるところを見つかることになったのだった。




