28.プレゼント
釣竿を扱っているというわけではないが、木材を扱っている店はあった。
エリシアとナリアはそこへ向かう。
けれど、そこではやはり家具類などは取り扱っているが、釣竿というとなかなかに難しかった。
基本、この町でも釣りを趣味にしている人は何人かいる。
大体は手作りというのが常だった。
そこで、エリシアは店主から釣竿になりそうな木材の種類を訪ねる。
「あー、この辺だと《ソフ》がいいかもね」
「ソフですか?」
「ああ、細い木なんだけど、よく撓るんだ。そのままちょっと加工すれば釣竿にできると思うよ」
「ほんとですか! ありがとうございます!」
「ありがとーっ」
「がんばってな」
店には在庫はないということで、エリシアは森の方まで取りに行こうとする。
当然、エリシアにナリアはついていこうとするが、
「わたしも行く!」
「だめよ、ナリアは宿で待っていなさい」
「でも……」
素材も含めて、ナリアがモーゼフのために集めたいという気持ちは分かる。
けれど、森の方では魔物が出る。
エリシア一人ならばまだしも、ナリアも一緒になると守り切れるかどうか分からない。
普段はモーゼフが一緒にいるから心配はなかったが、今回は別だ。
「私が木を持って帰るから、一緒に釣竿を作ろう?」
「……うん、わかったっ」
エリシアの言うことは素直に聞くナリア。
いい子に育ってくれている――そう、姉として嬉しさを感じる。
「じゃあ石さんにいっぱいお話聞かせてあげるねっ」
「ふふっ、そうね」
エリシアはナリアの話しかけている石に目をやる。
赤く光るその石は、どこか吸血鬼が封印された後のものを彷彿とされる。
モーゼフからもらったお守りとのことで、エリシアはそれほど気にはしていなかった。
そうして、エリシアは一人森の方へと向かう。
モーゼフと一緒になってからは一人で行動することはあまりなかったが、エリシアは元々森の中でも狩りをしていた。
魔法による訓練でなく、弓矢を使えばある程度の魔物までならば仕留めることができる。
ここらの森に出てくる魔物であれば、それこそ森の入口付近ならば問題ないだろう。
店主から聞いたソフの木というのも、森の入口を沿っていけば見つかるだろうとのことだった。
町を出てから数十分――時折すれ違う冒険者達と挨拶をかわしながら、エリシアは森の方までやってきた。
改めて見ると、木々に覆われたそこは、先の方まで見えることのない深緑に包まれている。
以前はこのさらに奥地で生活をしていたと考えると、この森の魔物達がそこまで脅威にならなかったことが幸いしている。
ただ、エリシアにはどことなく違和感のようなものがあった。
(魔物がいない……?)
すれ違った冒険者達も、依頼を受けたはずの魔物達がほとんどいなかったと戻ってきたらしい。
いなくなったのならば、それはそれで問題はないことなのだが、どうにも数が少ないということだった。
そういえば、平原の方でもナリアの好きな可愛い魔物の数は少なかった。
(どうしたのかしら……?)
不思議には思いながらも、魔物がいないなら今はむしろ好機だった。
あくまで警戒は怠らないが、森を沿って移動していく間にエリシアは目的のものを発見した。
細長く、しなるように揺れる木々。
尖ったナイフように見える垂れた葉は、この森の中に住む魔物の餌にもなるという。
ソフの木が、生い茂る森の入口で揺れていた。
エリシアは短刀を持っていたが、今回は別の方法で切ることにした。
自主的に魔法の訓練にも励むこと――エリシアもそれを一つの目的としていた。
矢ではなく、短刀をイメージして自身の掌に魔力を集中する。
やがてそれは、刃の形となって現れた。
魔力の刃――用途の様々で、魔法を使えるものならば使う基礎的な魔法の一つだが、応用のきくそれをエリシアも自ら使えるようになっていた。
「こんな、感じかなっ」
ぶんっ、とそれを振るってみる。
やや鈍いが、風の切る音が耳に届いた。
そして、振るった後に周囲を確認する。
何もないところで魔力の刃を振るうことを、今になって少し恥ずかしく感じたからだ。
(私ったら……)
強くなった自分を見てもらいたい――そんな感情は誰にでもあるものだが、修行中のところを見られるのは恥ずかしい。
エリシアの感じたものはまさにそれだった。
頬を少し赤く染めながら、改めて魔力の刃でその木を切ることにする。
高さはそれなりにあるが、細いおかげで重さはあまりない。
エリシアの力でも十分に揺らすことができ、魔力で作った刃でそれを切ることができた。
「やったっ」
喜びの声をあげながら、木を回収する。
両手で抱えて、まるで旗でも振るような形だ。
(ちょっと目立つかな……)
モーゼフには見つからないように部屋に持っていきたいところだった。
おそらくまだ川の方で釣りをしているはず――エリシアはそう考えて足早に宿へと戻ることした。
「――」
「……?」
そのとき、わずかだが耳に鳴き声のようなものが届いた。
魔物か何かかと思って振り返るが、そこには何もいない。
誰かの名前を呼んでいるかのような、そんな感じだった。
(なんだろう……)
エリシアは不思議には思ったが、すぐに目的を思い出す。
いまはモーゼフへのプレゼントの準備をする方が優先だった。
町の方へと、エリシアは駆けていく。
宿につくと、ナリアがエリシアの事を待っていた。
「おねえちゃんっ」
「いい子にしてた?」
「うんっ、ちゃんと待ってたよ!」
「ふふっ、偉いわね」
「んふー」と頭を撫でると喜ぶナリアに、微笑むエリシア。
そうして、二人は部屋に戻って釣竿を作る準備を始めるのだった。
***
モーゼフが宿に戻る頃、周囲は暗くなり始めていた。
食事を必要としないモーゼフには時間の感覚は空腹ではなく、周囲の変化で把握することになる。
町の子供たちはすでに家へと戻り、それぞれの家で明かりがつき始める。
今日もこの町では、変わらぬ平和な日々が過ぎようとしていた。
『ある事』をのぞけばだが、モーゼフはそれを脅威とは取っていない。
(二人はもう宿にいるかの)
宿の方まで歩いて向かう。
帰る場所に誰かがいるのは良いものだ、とモーゼフは感じていた。
過去の記憶にも、モーゼフの帰りを待つ者たちはいた。
きっと彼らは今も元気でやっていることだろう。
もの思いにふけることは、生きていても死んでいても変わらない。
部屋に戻るところで、ナリアがドアの前で待っているのが見えた。
「おや、どうしたんじゃ」
「あ、モーゼフ! こっちにきてっ」
ナリアもモーゼフに呼ばれると、すぐに裾を引っ張りながらエリシアとナリアの部屋へと誘導していく。
「おやおや」とモーゼフは何事かと思いながら部屋の中へと入っていくと、
「みてっ、釣竿!」
「ほう、これは……」
形はまさに、モーゼフが使っているものに近いものだった。
加工に粗さはあるが、糸を結びつけられるように堀が作られており、先端のほうはよりしなるように細く削られている。
「ちょっと不格好かもしれないですけど、モーゼフ様にお渡ししたくて」
「わしにか?」
「その、モーゼフ様は釣りが好きなのだと思って」
「思ったの!」
なるほど、とモーゼフは納得した。
今朝方から二人がモーゼフを尾行しているのには気づいていたが、モーゼフが何をしているのかというのを見ていたらしい。
確かに、モーゼフの趣味には釣りというのは最も当てはまる。
ボロい釣竿か自身の骨を使ったものしかなかったが、こうしてプレゼントをもらうことになるとは思わなかった。
「今日準備して、お気に召すかわかりませんが……本当はもっと綺麗になるまで作ったほうがいいかなって思ったんですけど――」
「早くモーゼフに渡したかったの!」
「ほっほっ、十分綺麗にはできておる」
エリシアは安心したように頬を綻ばせると、釣竿をモーゼフに渡す。
「ありがとうございます、モーゼフ様」
「わしはそこまでのことはしとらんよ」
「いえ、モーゼフ様がいてくれたから、こうしてナリアの町で暮らせているんです」
「『ゆーふく』のお返し!」
二人の言葉に、モーゼフは笑顔で答えると、しゃがみこんで二人を抱き寄せた。
嬉しそうにするナリアと、少し恥ずかしそうなエリシアはいつも通りのことだった。
「こうしてプレゼントをもらったんじゃ。礼を言うのはわしの方じゃよ」
モーゼフが喜んでくれている――声だけでそれが分かった二人も、それだけで嬉しかった。
「じゃあモーゼフ! 今日は一緒に寝よ?」
「ほっほっ、構わんぞ」
ナリアの言葉に、エリシアは少し恥ずかしそうに俯く。
それでも、エリシアも同じように言葉をつづけた。
「私も、今日はご一緒してもいいでしょうか?」
「もちろんじゃ。エリシアにもお話を聞かせてあげよう」
「石さんにもしてあげてっ」
「ほっほっ、いいぞ」
三人はそのまま、一緒の部屋で夜を過ごす。
モーゼフは眠ることはない。
二人が寝静まるまで見守り、眠ったあとはその寝顔をまた見守る。
(死してもなお、このようなことがあるとはの)
もらった釣竿を眺めて、モーゼフはまた喜びを感じるのであった。




