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27.好きなこと

 いつもの朝――ナリアは元気よく宿屋の女将に挨拶をする。


「おはよー!」

「ああ、おはよう。いつも元気ねぇ」

「うんっ、わたしはいつも元気だよ!」


 いつもと同じ朝だが、いつもとは違うことがある。

 今日はエリシアの魔法の訓練はお休みだった。

 エリシアとナリアは今日、二人で過ごすことになっている。

 モーゼフも適当に今日は過ごすということだったが、ナリアはあることを決めていた。


「今日はね、モーゼフの好きなことを見つけたいの」

「モーゼフ様の?」

「そう! 『ゆーふく』いっぱいわけてもらったから、わたしも恩返し!」


 それを聞いて、エリシアも笑顔で頷く。


「そうね、私もモーゼフ様にはお世話になっているから……」


 この間の吸血鬼の件も含めて、モーゼフがいなければ今頃どうなっていたか分からない。

 そもそも、モーゼフがいなければキメラのときに命を落としていたのかもしれないのだから。

 何か役には立てないまでも、喜ぶようなことはしたい――エリシアもそう考えた。

 だが、そこでぶつかる壁と言えばモーゼフという老人そのものである。


「モーゼフ様、何が好きなのかしら……」


 普段は人の姿で隠してはいるが、骸骨の姿が本来であるモーゼフは睡眠もしなければ食事もしない。

 そういう類のものは一切必要としないとなれば、何か形あるものをプレゼントしたほうがいいだろうとエリシアは考えた。

 けれど、一緒にいてもモーゼフの趣味というものは考えてみると分からない。


(モーゼフ様から色々教わっているのに、私……モーゼフ様のこと全然知らない……)


 エリシアは俯く。

 モーゼフが二人のことを大切に思ってくれていることは、分かっている。

 けれど、エリシアとナリアもモーゼフのことを大切に思っているということを伝えたかった。

 それはきっと形ではなくてもいいのだろうが、日ごろの感謝をこめて何かプレゼントをしようということになったのだ。

 モーゼフの好きなことを調べるためにしたことは――モーゼフを尾行することだった。


「おねえちゃん、もっと伏せて!」

「こう……?」


 ナリアとエリシアは、外を歩くモーゼフを陰から眺める。

 宿を出たモーゼフはしばらく町の中を歩き回り、各所で談笑を始めては移動を繰り返すということをしていた。

 それを見て感じたことは、モーゼフは思った以上にこの町で顔が効く存在になっていた。

 いまだに冒険者としてはエリシアもモーゼフも一番下の状態のままだが、それでも町の人々には随分知られている。

 モーゼフ自身特別な活躍を進言したことも、表立って行動したこともないのだが、それでも色んな人に慕われているのは、モーゼフの性格が現れているのだろうとエリシアは感じていた。

 しばらく尾行を続けていると、モーゼフはフリッツの家までやってくる。

 何かを手渡して、フリッツが頭を下げているのが見えた。


「何してるんだろ……?」

「うーん、ここからだとよく見えないけど……」

「二人とも、どうしたの?」


 そんなエリシアとナリアの様子にすぐに気付いたのは、サヤだった。

 二人の前にひょっこりと現れて、話しかけてくる。

 慌ててサヤを壁の陰の方へと招き入れる。


「今ね、モーゼフのあとをつけてるの!」

「あとを……?」

「モーゼフ様の好きなことを見つけようと思って」

「そうなんだ……わたしも協力したい、けど……」


 サヤもモーゼフのことはよく知らない。

 当たり前のことだった。

 ありがとう、とサヤに伝えて、二人はまたモーゼフの尾行を続けることにした。

 身体の弱いサヤを勝手に連れまわすわけにもいかない。

 ナリアはまた明日遊ぶ約束をして、フリッツと別れたモーゼフのあとを追う。


「おや、二人とも……」


 当然、フリッツの目の前を通ることになるので声をかけられる。


「こんにちはっ」

「こんにちは。モーゼフさんとは一緒に歩かないのかい?」

「はい、ちょっとモーゼフ様の好きなことを見つけようとしてまして……」

「ああ、サプライズってやつかな? それなら、ちょうど近くの川で釣りをするっていう話をしていたところだよ」

「釣り、ですか」


 フリッツから得られた情報はなかなか有益だった。

 ナリアもモーゼフが釣りをしているところを見たことがあるという。

 もしかすると、モーゼフは釣りが好きなのかもしれない――エリシアとナリアは頷くとモーゼフにそのままついていくように川へと向かった。

 町から少し外れたところに、川は流れている。

 このあたりの流れはゆるやかで、水浴びにも適している場所だと言われる。

 普段から人がいるわけではなく、どちらかと言えば空いているところだった。

 モーゼフはそこまでやってくると、おもむろに釣竿を取り出した。

 木でできた今にも折れそうな釣竿だったが、それに糸を結び川へと投げる。

 ナリア曰く、以前見た時は骨で釣っていたとのことだった。

 さすがに人目がある可能性のあるここでは骨の釣竿を使うつもりはないらしい。


(釣竿……いいかも)


 エリシアはその様子を見て思った。

 川に方を見て釣りをするモーゼフはどこか落ち着いている。

 実際、いつも落ち着いているのだが、何というかリラックスしているように見えた。


「モーゼフはお魚が好きなのかな?」

「どちらかと言うと、釣りが好きなのだと思うわ」

「そうなの?」


 ナリアはお魚の方が好きらしい。

 モーゼフは魚を釣って食べるわけでもない。

 釣った魚はそのまま、川へと戻している。

 それを繰り返しているだけだったが、モーゼフは魚釣りが趣味であるということを二人は確信した。


「釣竿をプレゼントにしましょう。きっとモーゼフ様も喜んでくれるわ」

「うんっ!」


 エリシアの言葉に、ナリアも頷く。

 二人はモーゼフの尾行をやめて、一度宿の方へと戻ることにした。

 この付近で釣竿に使えそうな木材か、あるいは釣竿自体を扱っているお店を探すためである。

 そうして、二人が去ったあとをちらりと見るモーゼフがいた。


「ほっほっ、せっかくのお休みだというのに、隠れて何をしておったんじゃろうな」


 当然、モーゼフが二人の存在に気づかないわけはない。

 けれど、あえて気付かないふりをした。

 モーゼフには、エリシアとナリアの目的は分からない。

 何かしようとしているということは分かったが、モーゼフはそのまま釣りを続けることにした。

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