26.お話
ナリアはモーゼフの部屋へと向かっていた。
最近、夜になるとモーゼフの部屋へと向かうのが日課になりつつある。
夜に聞かせてくれるお話があるから、それをナリアは楽しみにしていた。
モーゼフが隣の町にいっていたときはエリシアと二人――この宿で過ごしていた。
姉であるエリシアがいるから寂しくはないと強がってはいたが、今のナリアにとってはモーゼフも欠かせない存在になっている。
そのことにモーゼフ自身が気付けているかどうか――それはモーゼフにしか分からない。
ナリアがいつものように部屋の前まで行くと、
「――」
(あれ、誰かとお話してる?)
夜中――モーゼフの部屋を訪れるのはナリアくらいのはずだが、モーゼフの部屋から話声のようなものが聞こえた。
ナリアはドアに対して聞く耳を立てる。
「――」
(よく聞こえない……)
何を言っているか分からないが、少なくとも誰か他にいるようだ。
ナリアは不思議に思いながら、静かに部屋のドアを開ける。
「モーゼフ……?」
部屋の中では、いつものように窓際に腰かけるモーゼフがいた。
骸骨の顔では表情はうかがえないが、きっと微笑んでいる。
ナリアが聞いたはずの話し声は部屋から聞こえたのだが、そこにいるのはモーゼフ一人だった。
「ほっほっ、よく来たのぅ」
モーゼフが笑いながらナリアの方を見る。
やはり、他には誰もいない。
ナリアは周囲を見渡しながら、モーゼフの元へと近寄っていく。
「どうした?」
「モーゼフ、誰かとお話してなかった?」
ナリアが問いかけると、モーゼフはナリアを抱き寄せて話し始める。
「歳を取ると寂しくてのぅ」
「大丈夫?」
モーゼフのことを心配したナリアは、モーゼフを見上げて問いかける。
心配そうに見つめるナリアだが、モーゼフの表情はやはり分からない。
そして、モーゼフの頭を撫でようとするナリアに、モーゼフは笑って答える。
「ほっほっ、大丈夫じゃよ。実はこの石と話をしていたんじゃよ」
「石?」
そう言って、モーゼフは一つの赤い石を取り出した。
まるで宝石のように輝くそれは、見ているとだんだん吸い込まれそうな気分になってくる。
ナリアはそれを見て呟く。
「わぁ、綺麗……」
そして、石に対して耳を澄ませる。
だが、ナリアには石の声は聞こえない。
「何も聞こえないよ?」
ナリアが首をかしげてモーゼフに尋ねると、モーゼフは静かに頷き答える。
「聞こうとして聞けるものではないかもしれんの」
「そうなの?」
「うむ。だが、石の方はナリアの声が聞こえるかもしれんの」
「そうなんだっ!」
ナリアに赤い石を持たせると、大事そうに手に持って語りかける。
「石さん、元気?」
赤い宝石のような石は、小さく光ったように見えた。
モーゼフはそれを見て、ナリアの頭を撫でながら言う。
「その石はお守りとして持っておくといい。首から下げられるようにしてあげよう」
「いいの?」
「うむ。その石もきっと、色々なことを知りたいじゃろう」
モーゼフは持っていた金具に石を装着すると、ひもを通して首飾りのようにした。
それをナリアの首にかける。
「ありがとっ!」
「ほっほっ、それと……破けていたカバンを直しておいたぞ」
「わぁい!」
モーゼフの骨が入っていたカバンだ。
ウィンガルとの戦いのときに、破って骨を取り出したので、カバンは壊れてしまっていた。
ナリアが中を確認すると、少しだけ数が増えていた。
「『ゆーふく』増えてる!」
「おや、本当じゃ。良かったのぅ」
「うんっ」
モーゼフが入れる以外はあり得ないのだが、ナリアは嬉しそう頷いていた。
そして、今日も目的であるモーゼフのお話を聞こうとするが、
「今日はその石にナリアのお話を聞かせてあげなさい」
「わたしの?」
「そうじゃ。エリシアとの思い出でも何でもいいぞ」
「思い出……うーん」
ナリアは難しそうな顔で考え始める。
だが、すぐに何か思いついたように顔をあげた。
「じゃあ、おかあさんのお話!」
「ほっほっ、そうか。それはわしも聞きたいのぅ」
「うんっ、モーゼフにも聞かせてあげる。えっとね――」
拙いながらも、ナリアは記憶をたどって家族の話を始めた。
きっと少ししかなかっただろうわずかな思い出だが、それでもナリアは一生懸命に話した。
そして、とても楽しそうであった。
モーゼフはその話を、何度も頷きながら静かに聞く。
赤い石もまた、反応することなく静かに輝きを発していた。
***
空を舞う巨体がいた。
翼を振るうたびに周辺の木々が揺れるほどの風が起こる。
だが、その飛び方はどこか弱々しい。
赤い鱗を持つ竜は、赤い血を流しながら空を飛び続ける。
前足は短く、後ろ足は太い。
尻尾はさらに太く、先の方は棘のようなものが生えている。
翼は横に広げればその巨体よりも広く、首はやや細いが、頭部はしっかりとしている。
赤い瞳が地上を見下ろし、いくつも生えた牙が見え隠れする。
「オォ……」
その巨躯に反して、竜は小さな声で鳴いた。
手負いのまま、視線の先に見つけたのは《結界》だった。
だが、赤い竜は迷うことなくその中へと入っていく。
何がいるか――竜には分からないが、少なくともここに入ることにはそれなりの危険が伴うことは分かっていた。
それでも竜は、自らの意思でその結界の中へと入っていく。
その竜の姿は、きっと地上にいる何人にも目撃されていることだろう。
竜にはそんなことは関係なかった。
もう、この地に目的のものはなかったのだから。
けれど、この結界の中になら、もしかしたら求めるものがあるのかもしれない。
赤い竜はそうして、まっすぐに飛び続けた。
やがて、森の方へと落下していく。
ズズン、と大きな音を立てて、森の木々が倒されていく。
その音は、近くの町にまで聞こえていた。
こんな感じになってますが次からしばらくはほのぼの路線かと思います。




