25.守護者
ウィンガルという吸血鬼の襲撃から一週間が経過した。
タタルの村の方には吸血鬼が現れたという報告が王都の方にも届いており、近々数名の騎士と宮廷魔導師が訪れる予定となっているとのことだ。
目的は被害の調査だけでなく、そもそも吸血鬼を討伐したという魔導師の存在――それが気になっているのだろう。
実際には討伐したわけでもなく、吸血鬼は封印されている状態なのだが、この事実を知っている人物は少ない。
ウェルフは王都から騎士がやってくるということで、村から姿を消したとのことだった。
ただ、それはあくまでも報告であり、ウェルフが騎士に会いたくないという事情を察して村人が匿っているのではないかとモーゼフは考えていた。
そもそも、タタルの村人たちはウェルフがどういう人物か詳しく知っているわけではない。
何か事情があって騎士や宮廷魔導師と出会いたくないというのなら、それを手伝うというのが村人たちの考えだろう。
そもそもウェルフがやってきたことは許されるようなことではないかもしれないが、彼が吸血鬼から人々を救っていたのも事実である。
モーゼフ自身、これからのウェルフが真っ当に生きていくのならば、それはそれでいいことだと考えていた。
「みて、お花っ!」
「おお、綺麗じゃの」
「モーゼフに花飾り作ってあげるっ」
「ほっほ、そうじゃな。立派な王冠にしておくれ」
「うんっ」
そう言って、ナリアは草原で花を集め始めた。
いつものように、フラフの町から少し離れたところで三人は一緒にいた。
エリシアは魔法の訓練を続けており、ようやく魔法による矢を完成させることに成功していた。
ただ、まだ安定感があるわけではない。
持続時間なども考え、今はその矢を長く具現化できるよう訓練を積んでいる。
同じ程度の魔力を均一に、維持し続ける。
言葉にすれば単純なことだが、エリシアにとっては難しい話だった。
「……っ」
魔力で作った矢が崩れていく。
息を切らしたエリシアを見て、モーゼフが声をかけようとしたが、再びエリシアは矢を作り出した。
非常に高い集中力を誇っている――今までもエリシアは魔法の訓練では真面目に取り組み、加減をするようなことはなかった。
それが焦りにも見えていたが、一度は慌てないように教えたことで改善されつつある点だったのだ。
それがここ最近、少し焦っているように見える。
エリシア自身が魔法の訓練だけでなく冒険者としての依頼を受けたいというようなことはなくなった。
もちろん、訓練の上でモーゼフと共に向かうことはあるが、基本的にはモーゼフの指示に従っている。
いち早く冒険者として活躍してお金を稼ぐ――少し前のエリシアの焦りはそこにあったが、今は違うところにあるようだ。
(しかし……安定はしているからの)
モーゼフも少し考えた。
おそらくエリシアはナリアを自身の力で助けられなかったことから、魔法に対して一層強く取り組みたいと思ったのだろう。
誰かのためにそうした修行をすることは悪いことではないし、きっかけがあった方が人の成長も早くなる。
下手に口を出せば成長の妨げになってしまう可能性もあるところだ。
吸血鬼に襲われた、という事態がそもそも普通のことではない。
ただ、ウィンガルはエリシアとナリアの話を聞いてわざわざここまでやってきたと言っていたという。
実際、ウィンガルの狙いはエルフの姉妹二人だった。
珍しいと言っても、エルフ自体は見かけないわけではない。
おそらく銀髪のエルフというところから珍しいという風に思われたのだろうが、それがすでにここにいるという噂が広まりつつあるのが問題だった。
彼女達はまだこの辺境の町にやってきて間もない。
それなのに、二人にはすでに怖い思いをさせてしまった。
ナリアは眠っていてよく覚えていないようだが、エリシアの方はしっかりと覚えているだろう。
彼女達には森で静かに暮らすように諭すべきだったか――そんな考えもちらりと浮かぶことがある。
それはモーゼフ自身の言っていた彼女達の幸せに生きる権利を否定することにもなる。
(死んだあともこうして考えることになるとはの)
人々の英雄ではなく、二人の保護者として――モーゼフは悩んでいた。
「――フ様?」
「……」
「モーゼフ様?」
「ん、おお? どうしたんじゃ?」
「いえ、モーゼフ様が何か考え事をしていらっしゃるみたいなので……」
エリシアは少し心配そうにして近くまでやってきていた。
魔法の訓練に集中していたというのに、モーゼフのことも気にかけていたらしい。
それも、今のモーゼフは骨の姿をしている――モーゼフの雰囲気だけでそう感じたということだろう。
モーゼフの心配事は二人に関することだったが、それはエリシアに心配をかけるようなことではない。
「この歳になると色々と考えることがあってのぅ――おっと、わしはもう死んでるんじゃった」
すまんすまん、とモーゼフは笑ってみせる。
それでもエリシアはまだ心配にしていた。
せめてモーゼフ自身は二人には心配をかけまいとする。
そんなとき、
「できたよーっ」
ばふっと頭に大きな花飾りがモーゼフの頭にかぶせられる。
「こ、こらっ。いきなりなんてこと――」
そう言ってナリアに注意をしようとするエリシアだったが、乱雑に舞う花弁と骨身のモーゼフの姿が何とも言えないギャップを醸し出し、
「ふっ、ふふ」
エリシアは思わず笑ってしまった。
モーゼフがちらりとエリシアを見る。
「あ、ご、ごめんなさいっ」
「いやいや、そうやって笑っている方がお前さんは可愛いからの」
「か、かわ!? や、やめてください、モーゼフ様っ」
意趣返しのように言うモーゼフに対して、顔を赤くして頬に手を当てるエリシア。
「おねえちゃんもかわいいけど、モーゼフもかわいいよ」
花塗れになったモーゼフに対し、ナリアはそう笑顔で言った。
エリシアはこほんっと咳払いをしながら、
「花飾り、私が作り方を教えてあげる」
「うんっ」
そうして二人は花飾りを作り始める。
今日の魔法の訓練は自然と終わることになった。
(そうじゃな……そういうことに力を使うと決めたのだから――)
モーゼフはそんな二人を見て、迷うことはやめた。
その夜――モーゼフは町の上空にいた。
月明かりが町を照らしだし、星が広がる空はとても綺麗だと感じる。
そんな光景を見ながら、モーゼフは両手を合わせてある魔法を発動させた。
モーゼフを中心に、目には見えない薄い魔力の壁が広がっていく。
町どころではなく、それは隣の村であるタタルの方面も超えて広がっていく。
《大結界》――一つの国を守るためにかつてモーゼフが用いた対敵探知用の領域であり、同時にここは自身が守護し、管轄する領域であることを示す攻撃的な防衛手段。
ここにモーゼフという魔導師がいるということが、実力のある魔導師や魔族達には近づけば分かる。
その領域で何かをするというのならば、それは敵対行動であるということを現す。
誰も知らないところで、モーゼフはエリシアとナリアのためにこの地の守護者となった。




