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22.誓ったこと

 ずるりと身体に刺さった骨を抜きながら、ウィンガルはその赤い瞳でモーゼフを見る。

 吸血鬼は異常な生命力を誇る。

 肉体を貫かれようと、血液が凝固し、すぐさま再生を始める。

 モーゼフはそれが分かった上で、できる限り行動が制限される攻撃を取った。

 ナリアに渡していた骨の一部――モーゼフの身体の一部である以上、それがどこにあるかも分かる。

 ナリアがこの霧の中に入ってきたことも分かっていた。

 だから、モーゼフはすぐにここまでやって来られたのだ。

 何かあったときのための『ゆーふく』であり、リッチの証は『お守り』の役目も果たしていたのだった。


「死人……ただの死人ときたか。ははっ、見る限りではなかなかに高名な魔導師であったようだが?」

「こんなしがない老人を通り越した骨身がそう見えるかの」


 骨の状態でもモーゼフの実力をある程度はかれるらしい。

 それでもウィンガルから余裕の表情が崩れないのは、そのまま吸血鬼としての実力を如実に露わしているといってもいい。

 ナリアは特に拘束されているというわけではないが、今もウィンガルの背後で眠っている状態だ。

 エリシアは赤い宝石のようなものが手足にへばりつき、拘束されている状態にある。

 吸血鬼の使用する血液操作の類の魔法の可能性が高い。


「まさか、結界に取り込んだ者の中に紛れ込んでいようとは……あの老人か。血を吸われ過ぎて骨になったわけではないね」

「ほっほっ、老人の血などお前さん達は吸わないだろう? それでも、《眷属》にはしようとするかもしれんがの」

「ああ、老人だろうと何だろうと、私の眷属になればその価値はあるからね。それで、モーゼフと言ったか? 改めて聞くが、ここに何用かな?」


 笑顔を崩さないまま、ウィンガルはモーゼフに尋ねる。

 モーゼフも態度は変わらない。

 ほっほっ、と笑いながらゆっくりと近づく。


「知れたこと、その子達を解放しなさい」

「おや、これは驚いたね。リッチにもなってエルフの娘に興味があるのかい? まさか、エルフも同様にアンデッドにでもするつもりじゃないだろうね」


 ウィンガルの言葉に、モーゼフは首を横に振る。


「そんなことはせんよ。わしはその子達の身を預かっておるんじゃ」

「この子達の? ははっ、面白いことを言うね」


 ウィンガルはナリアの方に向き直ると、その身体を優しく撫でる。

 エリシアがそれを見て無理やりにでも動こうとするが、モーゼフはまだ動かない。


「ナリアッ!」


 ウィンガルは一度エリシアをちらりと見るが、再びモーゼフに向き直る。

 どうやらエリシアの反応を楽しんでいる節もあるようだ。

 パキッとわずかにモーゼフの骨が鳴る。


「死者であるあなたがなぜ、この子達の面倒をみる必要がある? この世界では常に生まれて、常に死が訪れる。そんな理から外れたあなたが、生者に持つ興味とは何だ? 生きている者への執着か? それとも、生への嫉妬か?」

「そんなものありはせんよ。元々、この世に未練などないからの」


 モーゼフに未練と呼べるものがあるとすれば、むしろ死んでからできたと言ってもいいだろう。


「ならば、なぜだ?」


 ウィンガルの純粋な興味だった。

 しばしの静寂のあと、モーゼフは静かに話す。


「最初は何もすることはなかったんじゃよ。ただ、わしはこの子達と出会った。そして、この子達を守ると決めたんじゃよ」


 死ぬ前に一度出会ったエリシアと再び出会い、妹であるナリアと死んでから出会った。

 きっとそれは何かの縁だろうと、モーゼフは感じていた。

 モーゼフは続ける。


「そうすると決めたことに理由などない。ただ、この子達には幸せになってもらいたいと思っただけじゃ」

「ははっ、そのためにリッチであるあなたが力を振るうと? それは正しいことなのか? 強い力を持つ者がそんな曖昧な理由で動くことが!」


 ウィンガルの問いに、モーゼフは迷うことなく答える。


「わしの行いはすべて正しいことは言いきれんよ、間違えることだってある。ただ、少なくともわしは正しいと思って動くだけじゃ。わしが協力することでこの子達が幸せになることを――わしは間違いだとは思わんよ」


 モーゼフははっきりとそう言ってのける。

 大賢者や英雄と呼ばれたことはあっても、それはモーゼフが味方に立った側からの呼び名だ。

 きっと敵対したものはそうは呼ばないだろう。

 それでもモーゼフは生きていた頃も、死んでからも変わらない。

 正しいと思ったことを貫くだけだ。

 この子達には幸せに生きる権利がある。

 それを害するというのならば、たとえ相手が吸血鬼だろうと、英雄と呼ばれる存在だろうとモーゼフは敵対するだろう。


「モーゼフ、様……」


 エリシアはモーゼフの気持ちを初めて耳にした。

 魔法を教えてくれることも、ナリアと遊んでくれることも、どれも二人を思ってのことだった。

 きっと、町で待っているようにモーゼフが言ったのも二人を思ってのことだったのだろう。

 それに気付かずに、ナリアまで危険な目に遭わせるなんて――


(私は……大馬鹿者だ)

「エリシア」


 ふと、名前を呼ばれてビクリと身体が震える。

 骨身の身体は表情をうかがうことはできないが、それでも名前を呼ぶ声はいつもと変わらず優しかった。


「少し待っていなさい。戻ったら、また魔法の訓練があるからの」

「……はいっ」


 ただ一言、エリシアは返事をすることしかできなかった。

 それを聞いて、ウィンガルは大きく笑う。


「ははははっ! 揃いも揃っておかしなことばかり言うね。返すと思っているのか? ここは私の腹の中のようなものだよ」

「返す? 返す必要などないぞ」


 モーゼフはそう言うと、ギギギと音を立てて建物が揺れ始める。

 モーゼフが何らかの魔法を発動させたのはエリシアにも分かった。

 ウィンガルがナリアに再び手を伸ばそうとすると、二人の間を遮るように巨大な木の根が出現し、ナリアを守るように立ちふさがる。


()()()()()()()。それに、お前さんはここを腹の中と言ったが――」


 カチャリと身体の骨を鳴らしながら、モーゼフはゆっくりとウィンガルに近づいていく。


「食ったものが腹の中で何をしているかなど、分からんものじゃよ」

「なんだって?」


 モーゼフの言葉の意味を、ウィンガルはすぐに理解することとなる。

 二日以上、モーゼフがここに滞在していた意味は、眷属を含めた吸血鬼をすべて逃さないためだったのだから。

 ウィンガルが合図を送っても、誰も反応することがない。

 驚きの表情でモーゼフを見る。


「……まさか、私の眷属をすべて殺ったのか?」

「殺してはおらん。ただ封印しただけじゃ」


 モーゼフが掌を広げると、赤い宝石がいくつも積まれていた。

 その一つ一つに、吸血鬼の眷属となった者たちが封印されている。


「残りはお前さんだけというわけじゃな」

「はっ、ははははははっ! いいだろう! 始めようじゃないか、死人よ!」


 その言葉を皮切りに、ウィンガルとモーゼフの戦いが始まった。

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