2.リッチになりまして
モーゼフはゆっくりと立ち上がった。
パラパラと被っていた落ち葉が身体から剥がれていく。
椅子は黒ずんでいるところをみると、その過程は想像しないほうがいいだろう。
まずは身体を動かしてみる。
老体だったモーゼフの身体は動かすのすら億劫だったが、
「おお、軽いのぅ」
驚くべきほどに動かしやすかった。
腰の部分がややパキパキとうるさいのはぎっくり腰にでもなる予兆かとでも思ったが、特に問題はない。
それどころか、走ることもまったく問題がなく、疲れを感じない。
「ほほほ、意外に悪くないの」
次に感覚だ。
動かした時点である程度分かったが、痛覚に近い何かはある。
けれど、痛みというレベルには達しない。
あくまで何か掴んでいるのが分かるとか、そのレベルだった。
モーゼフはそのまま、魔力の方を調べる。
体内を流れるイメージと魔力はよく言われるが、いまのモーゼフにそれはない。
それでも、骨の芯を伝って流れていくのが分かる。
胸の中心部に、魔力の核となる部分が存在してきた。
モーゼフの命の代わりであり、魂そのものであるといえる。
ためしに火の魔法を放つ。
初級魔法、《フレイム・ショット》。
初級であるにも拘らず、周辺の温度が上昇し、燃え盛るようになるのはモーゼフが大賢者と言われる証だ。
初級ですら、そこらの魔導師に比べれば上級魔法に匹敵する。
魔法の方も問題はない。
「しかし、しまらんのぅ」
――満足して逝った。
そのはずだったのに、アンデッドとして甦ることになるとは思わなかった。
ましてや自我をはっきりと持ち、通常と変わらないレベルの魔法を扱えるとなると、それはアンデッドの王とも言える存在に該当する。
「リッチか……」
モーゼフくらいの実力者ならば、確かになってもおかしくはない。
通常ならばリッチになるために色々な下準備が必要にはなるが、冒険者でも死体がアンデッドやグールと呼ばれるものになるように、魔導師も場合によってはそうなることはある。
アンデッド・ロードと呼ばれたり、ノーライフキングと呼ばれるものが存在している。
「どうせなるなら金持ちのほうがよかったがの。さて、これからどうしたものか……」
寒いギャグを言いながら、モーゼフは悩んだ。
こうしてリッチになってしまったのなら、それはそれで行動してみるのもいい。
だが、別にやりたいことがあるわけではない。
やろうと思えば、自身を浄化することも可能だ。
「さすがに自分で自分の浄化はやりたくないのぅ」
モーゼフの答えはすぐに出た。
とりあえず身体も軽くなったし、普段通り生活してみよう、と。
ただ、アンデッドは食事を取る必要がない。
一応アンデッドの食事に該当するものといえば、生命力を吸収するドレインはあるが、それは別に楽しみではない。
やるにしても魔物の研究か釣りでキャッチ&リリースを繰り返すくらいか。
キノコの栽培なんかもいいが、自身の身体に菌がついて生えてくるのは嫌だった。
「というか、生えてるしの」
頭から一本のキノコを抜き取る。
それなりに大きかったが、そのまま崖に投げ捨てた。
さらに下半身にも一つ。
「ここはいかんじゃろ」
ポンッと抜いた。
極めたと思っている魔法をさらに探求し、自らを蘇生させるレベルまで引き上げるか。
純粋に四大魔法から光と闇の二属性、それに結界魔法などの無属性魔法までおおよそ使用できる。
死者の蘇生というのはある種多くの魔導師が目指す頂の一つではあるが、モーゼフはそれに興味はない。
しばらく悩んでいたが、
「ま、適当に過ごすかの」
別段慌てるとこもなく、モーゼフは歩き始めた。
いつでも消えようと思えば消えられる。
モーゼフは軽くなった身体でテンションだけは少しあがっていた。
そんなモーゼフのことを、草むらの陰から覗く一人の少女がいた。
「あの骸骨さん……動くんだっ」
驚きとともに警戒をしながら、銀髪のエルフの少女はその様子を眺めている。
そのことに、モーゼフもすでに気づいていた。